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姫殿下の騎士として

「勢いに任せて飛び出しては来たものの…………修練場ってどこかしら?」


 ポテポテとした足取りで聖堂内をうろつくシャルロット。

 タナトスの付き添いを断ったからと言ってシャルロットが此処、聖堂リンデルシアに詳しいとは決まってはいないのだ。つまり、シャルロットは絶賛迷子状態なのである。

 キョロキョロと辺りを見渡すシャルロット。

 静まり返った聖堂の中、一つだけ動く影を見つけた。ピョコピョコと身体を上下させ、口を大きく開いたまま歩くアホ丸出しの姿を。


「おーい、アホ鳥!」


 シャルロットは、その影に呼びかけた。

 もうお解りであろう。その影とは、ミカサである。


「だれが、アホじゃー!」


 アホと言う単語に、即座に反応するミカサ。


「ん? シャルロットではないか!」


 ミカサは、振り向いた先に見えた人物の名を口にすると共に、小走りに近付いて来た。


「なんだ? なんのようだ? ごはんか?」


 シャルロット前に立ち、開口一番に言った台詞がこれである。

 全く残念な娘、いや神鳥であった。


「ちがうわよ! アンタ、修練場ってしってる?」


「修練場? うーん、しらん。ぐはっ!」


 瞬間、シャルロットのソバットがミカサの鳩尾にヒットした。


「なにすんじゃ、小娘ェ」


 飼い主と同じ文句を口にする神鳥様。

 それに対してシャルロットは、全く悪びれもせず半眼でミカサを見つめる。


「お家の間取りを知らないアンタが悪い!」


 それどころか、こんな事を言う始末。

 しかし、ミカサは一言も言い返す事が出来なかった。

 これは、ミカサのおつむが弱い訳では無く、いや、実際には弱いのだが…………シャルロットの言う事が正論過ぎて言い返せないのだった。


「うぐぐ」


 若干涙目で唸るミカサだが、ここで救いの主の姿がそのつぶらな瞳に映る。


「おーい、トシィ!」


「ああ?」


 ミカサの呼びかけに、トシと呼ばれた男が振り返った。

 男の名は、ヒジカタ トシゾウ。法国へと流れて来たヤマトの男達の一人である。

 歳は三十台中頃、百八十センチを僅かに超える身長に引き締まった身体。短い髪に、鋭い目つきが特徴。

 そんなヒジカタが、眼光鋭く声の主を見定める。


「何だよ、チビスケか」


 しかし、その声はどこか優しく聞こえた。


「トシ、修練場はどこだ?」


「修練場だぁ? お前の何処を今さら鍛えんだよ」


 ヒジカタはそう言って、ミカサのおでこを人差し指でトンと突いた。


「わたしじゃないの! シャルロットが行きたいといっているの!」


 ミカサは、突かれたおでこに手をあてて抗議の声を上げる。

 この一連の流れの中で、シャルロットは妙な違和感を覚えた。

 その違和感とは、ミカサの言葉遣い。

 普段の、口も行儀も悪いビクトーリアをまねしたかの様な口調では無く、まるで姿そのままの子供の様な口調で話しているのだ。

 恐らくだが、法国の日常の中でミカサの相手をしているのは、このヤマトの民達なのだろうとシャルロットは推測した。その結果、ミカサは自然と甘える様になって行ったのであろう。

 まあ、それがどうした? と言われれば、別段どおって事の無い話ではあるのだが。

 ヒジカタは、ミカサとの遊びを一段落させると、シャルロットに視線を向ける。


「あんた、シャルロット、だったか?」


「ええ、そうだけど?」


 ヒジカタは、やや硬めの声色と表情でシャルロットに話しかけた。

 だが、シャルロットはどこ吹く風、魔女を罵倒出来る胆の太さを持つ者にとって、多少の脅しなど意味を成さないのだ。


「この間、あんたが言っていた名前の事なのだが……」


 ヒジカタは、シャルロットの表情に奇妙な感覚を覚えながらも質問を投げかける。


「名前?」


 しかし、そう言われてもシャルロットにはどうもピンとは来ない。

 それはそうだろう、数日前に何て事無く口にした言葉を、誰が覚えていると言うのだ。

 言葉をオウム返しに返され、ヒジカタはやっとその事に気付く。


「すまねぇ。あんたが口にした、ヒムロとタムラと言う名前の事だ」


「あーあー、はいはい。ヒムロとタムラね」


 ヒジカタに言われ、シャルロットもやっとその事を思い出した。


「そいつらの容姿を教えて欲しいんだが?」


「なんで?」


 ヒジカタの唐突な問いかけに、シャルロットは素直に疑問を呈す。その事がヒジカタ自身にも有々と解ったのか、僅かに苦笑いを浮かべると


「知り合いかも知れないんでな」


 こんな苦し紛れの回答を提示した。

 この言葉にシャルロットは違和感しか感じなかったが、ここは現状を前に進ませる事を優先する事にする。


「そうねぇ――」


 もったいぶった言い回しの後、シャルロットはヒムロとタムラの容姿を説明した。


「どう? 納得行ったかしら?」


「ああ、本当に知り合いのだったみたいだ」


 シャルロットの問いかけに、ヒジカタは答えを口にする。

 その表情、その口調、それを観察するシャルロット。

 その末、産まれ出た結論は、“只の知り合いでは無い”と言う事だ。

 だが、シャルロットはそこを追及する事は無い。

 理由は二つ。

 ヒジカタが、本当の事を言う保証が無い事が一つ。

 そして最大の理由は、ヒムロかタムラに聞けば良いだけの事だからである。

 今、一番優先しなければいけない事柄は、修練場に行く事なのだ。


「それで? 修練場には案内して頂けるのかしら?」


「ああ、ホントにすまねぇ。つまんねえ事聞いたな。コッチだ」


 そう言ってヒジカタは、シャルロットに背を向けた。

 その後ヒジカタは、一言も発せずに黙々と歩いて行く。

 時間にして十分程、シャルロットは修練場へと辿り着いた。

 両開きのドアを開け、シャルロットはその瞳に中の現状を映す。

 まず最初に視界に収まったのは一人の騎士。剣を床に突き立て、悠然とした姿で立っていた。その者の名は、ガラハッド。

 次は枢機卿マルコ。入口の反対側に位置取り、壁を背に静かに立ち尽くしていた。

 そして、最後にシャルロットが視線を向けた先、そこには床に膝を付き、息を荒げるクーデリカの姿があった。

 シャルロットはクーデリカの姿を視界に収めたまま、無作法にもガラハッドとクーデリカの間を通りマルコの隣へと場所を移す。


「あの者は、何回膝を付きましたか?」


 シャルロットは、硬い表情を浮かべマルコへと問いかける。


「二十五回、ですね」


 マルコもシャルロット同様の表情でその問いに答えた。

 ガラハッドも同じ表情で、クーデリカを見つめている。そして……


「立たないのですか? ならば、勝負は――」

「立ちなさいクーデリカ!」


 勝負は中止と言うガラハッドの言葉は、シャルロットの怒声に遮られる。

 この声に、クーデリカはシャルロットの存在にやっと気付いたかの様に顔を上げた。


「ひ、姫様」


 クーデリカは、絞り出す様にシャルロットの名を呼んだ。

 だが、シャルロットの叱責は止まらない。


「立ち上がりなさい、クーデリカ! アンタ、二十五回膝を付いたんですって! だったら、三十回膝を付きなさい! それでもダメなら、五十回膝を付きなさい!」


「……姫様」


 クーデリカは、シャルロットの名を口にすると、その(こうべ)を下げた。恐らく、気持ちが折れているのだろう。

 そうこの場にいる全ての者が思った瞬間――


“パシーーーン!”


 修練場に破裂音が響いた。


「……ひめ、さま」


 クーデリカは痛みを覚えた右頬に手を置き、シャルロットを見つめる。


「バカじゃないの! バカじゃないの! あなたは、わたしの騎士なの! そんな人が、簡単に心を折られて、なにやってんのよ! なにやってんの、クーデリカ! バカみたいに、簡単に諦めてんじゃ無いわよ!」


 言葉と共に、シャルロットの瞳から涙が一筋流れ落ちる。

 そう、悔しい思いをしているのは、辛い心に苛まれているのはクーデリカ一人では無いのだ。


「姫様。いえ、シャルロット姫殿下、失礼致しました」


 そう言ってクーデリカはゆっくり立ち上がり、まるでシャルロットを守るかの様に位置を取った。


「すまない、ガラハッド卿。これから私は、王国聖騎士クーデリカでは無く、シャルロット姫殿下の騎士クーデリカ・ビスケスとして相手をさせてもらう」


 そう宣言したクーデリカの瞳は、強い光を湛えていた。



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