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タムラと言う男

 名も知らぬ粉物商人は去って行った。

 いや、彼が本当に粉物商人だったのかも怪しい物だ。只、シャルロットが勝手にそう思っただけなのだから。


 それはさて置き、現在水車小屋の前には四つの人影があった。

 シャルロット、タムラ、薄汚れた少女、そしていつの間にかシャルロットの背後に陣取っていたイレーネである。


「ねえ、悪者」


「ああ? 悪者はねぇだろ」


「じゃあ、タムラ」


「いきなり呼び捨てかよ!」


 また怒鳴られた。 すっごくガラ悪く。


「それなら……正義の味方様」


「頼むから、止めてくんない?」


 今度はお願いされた。


「じゃあ、何て呼べば良いのよ?」


 尤もだ。あれもダメ、これもダメでは話が進まない。


「あー、もう! 良いよ良いよ。タムラで!」


 タムラが折れる形で着地する。


「あらそう。タムラ質問よ。この水車の管理は、どこがやっているのかしら?」


「水車の管理?」


 シャルロットの問いに、タムラは虚を突かれた様な、ポカンとした表情を浮かべた。


「そんな事知ってどうするつもりだよ?」


 タムラの口からは、答えでは無く疑問が発せられる。


「姫様が御聞きになっているのです。答えなさい、ゴロツキ」


 いつの間にかタムラの後ろに立っていたヴァネッサがイラ付いた様に口を開く。それと同時に、乗馬鞭でタムラの首筋をそっと撫で上げた。


「……オイ。偉く物騒じゃねぇか」


 タムラが鋭い目つきでヴァネッサを睨みつけた。

 しかし、ヴァネッサも負けて無く、タムラに冷やかな視線を向ける。

 一触即発。そんな言葉がぴったりな状態だ。


「止めなさい、ヴァネッサ」


 尖った空気を感じ取ったシャルロットが、ヴァネッサを止めた。


「しかし、姫様……」


 無礼な言葉遣いは許せない。ヴァネッサはそう続け様と口を動かすが、シャルロットの言葉が先手を打つ。


「いい? ヴァネッサ。彼は私に何もしていない。それどころか、彼女を救ったの。そんな人物に対して、無礼なのはどっちかしら?」


 シャルロットの言葉に、ヴァネッサは返す言葉を持っていなかった。

 それほどまでに、シャルロットの言葉は真実を突き、また重かったからだ。


「謝罪を」


 冷たく突き放す様な、シャルロットの言葉。

 ヴァネッサは乗馬鞭を降ろすと、丁寧に腰を折り


「申し訳ありません」


 謝罪の言葉を口にする。

 しかし、この行為に意外な反応を示したのはタムラの方だった。


「お、おい。止めて(やめて)くれよ姉さん。嬢ちゃんも止めて(とめて)くれ」


 タムラは胸の前で手を振りながら、混乱したように早口で言葉を綴る。


「大体よぉ。俺みたいな顔をしているヤツが前に居るんだぜ? 警戒するなって言う方が難しいだろ?」


 タムラは笑いながらそう言った。意味は……謝る必要は無い、と言う事だろう。

 この行動が、シャルロットの中でのタムラの好感度を一段階上げる結果となる。


「タムラ。アンタ、なかなか良い男みたいね。私の中でのアンタの評価、十三階段の頂上ぐらいまで上がったわ」


「絞首刑寸前じゃねえかぁ!」


 良い突っ込みだ。

 この心地よい間とテンポに、シャルロットはうんうんと二度ほど頷き、話を元に戻すのだった。


「それで、水車小屋の管理は、どこが行っているのかしら?」


「お、おう。それか。俺はぁ………………知らねぇなぁ」


 瞬間、タムラの膝関節が鋭い痛みと共に逆に曲がる。


「役立たずがぁ!」


 シャルロットから辛辣な言葉が飛ぶ。そして、タムラの膝関節を蹴り曲げたのも当然シャルロットである。


「あ、あの……」


 不意にタムラの背に隠れていた少女が声を発した。


「なに?」


 何事も無かった様に、シャルロットは答える。


「こ、この水車小屋は……商業ギルドが管理している物です」


「商業ギルド? そんなんこの街にあったっけ?」


「はい。確かに存在します」


 ヴァネッサが疑問に答える。

 だが、ここでシャルロットの脳裏に疑問が浮かぶ。

 そう、商業ギルドが存在したならば、何故先日のお馬鹿さん騒動に参加しなかったのか? と言う事である。


「なーんか裏がありそうよねぇ」


 シャルロットの瞳がジトリと半分閉じられた。

 だが、それも一瞬。すぐに何時ものシャルロットへと帰還を果たす。


「は、それはそれとして……あなた、名前は?」


 シャルロットが少女に問いかけた。


「マ、マリアベル、です」


「マリアベル。良い名前ね。じゃあ、マリアベル。また会いましょう」


 そう言ってシャルロットは水車小屋に背を向けた。


「あ、あの、シャルロットさんは、どこに行かれるのでしょうか?」


 マリアベルが、素直な疑問を口にする。


「ああ? どこって……あっちの方角には……」


 呑気に眺めていたタムラの表情が、一瞬にして引き攣った。


「わ、悪い。嬢ちゃん、俺、用事を思い出したわ! じゃ、じゃあな!」


「は、はい。ありがとう御座いました」


 言葉と共に、マリアベルは丁寧に頭を下げた。

 それを後ろ目で見ながら、タムラは急ぎシャルロット達が乗り込もうとしている馬車の下へと走り出す。


「オ、オイ。ちょっと待ってくれよ」


「なに? なんか用?」


 追って来たタムラに、不思議そうに首を傾げるシャルロット。


「ああ、ちょっと聞きたいんだが、あんたら何処へ行くんだ?」


「行き先? ちょっとお馬鹿さん達に用があるのよ。悪い?」


「お、お馬鹿さん? そりゃぁ、東から流れて来たって言う……」


「そうよ。そのお馬鹿さん達」


「悪い事は言わねえぇ。止めときな。な」


 必死になって、シャルロットとお馬鹿さん達の出会いを阻止しようとするタムラ。だが、この必死さが逆にシャルロットに疑問を抱かせる。


「なんで、そんなに、必死、なの?」


 短く言葉を切りながら、シャルロットはタムラに近づいて行く。

 その表情は、(ひとえ)に邪悪で、今後の展開を見通している様だった。

 いや、実際にはシャルロットには解っていた。タムラが何者なのかと言う事が。


「ん、何でもも糞もねぇよ。嬢ちゃんに、危ねぇぞって、警告してるんじゃねぇか」


 必死で繕うタムラ。


「ふーん。……ホント?」


「おっ、おう。ホントだ」


「そうなんだぁ」


 ジト目で詰め寄るシャルロット。

 方やタムラの瞳は宙を泳ぐ。

 勝負はすでに決した様な物だった。


「タムラァ」


「お、おう。何だよ」


(うち)まで送ってあげる」


 言ってシャルロットは顔に半月を張り付ける。

 姫様隊。すけべメイド二人の、言葉への反応は早かった。


 瞬間、タムラの両腕を拘束すると、素早く馬車の中へと放り込む。

 ドアを勢い良く閉めると、すかさずイレーネが、馬車に備え付けてある緊急用のスコップの柄をドアノブに刺しドアを固定した。それと同時に、ヴァネッサはシャルロットを横抱きに抱え、御者台に掛け上がると、急ぎ馬を走らせる。

 電光石火。こうしてタムラは拉致された。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 街を外れた所に、ぽっかりと整地された空間が広がっていた。

 その場所には、カーディナル領、いや、隣国共に珍しい家屋が並んでいるのが見てとれる。

 それは、木造平屋立ての連なった家であった。

 海を隔てた極東の地。大陸の者達が、和の国と呼ぶ国家にある長屋、と呼ばれる物である。


 どこかのどかな雰囲気漂う中、それをぶち壊す様な勢いで一台の馬車が駆け込んで来た。

 まるでドリフトを決める様に車軸を軋ませ、馬車は派手な音を立てて停車する。


「何者じゃ! コラッ!」


「ブッコロスゾ!」


「此処が何所か解っとんのか!」


 引き戸を開け、三人の男が飛び出して来た。

 年の頃は三十代。タムラと同じくらいか少し下。

 そして、全員ガラが悪かった。


「やだ、怖い」


 シャルロットは身を縮めて、ヴァネッサの陰に隠れた。

 そして、僅かに顔を覗かせると


「あのね、おじちゃんに頼まれて、送って来たの」


 少女然とした態度で理由を告げた。


「おじちゃんだぁ? 誰だソレ?」


 三人組の一人、小太りで鬚面な男が代表する様に口を開く。


「お話聞いてくれるの? クマちゃん」


「誰が、クマちゃんだぁ!」


「ふざけてんのかテメェ!」


「お、おう。ふざけんじゃねぇぞ」


 いきり立つ二人に対し、小太りの男のトーンは控えめであった。


「「アニキ?!」」


 それに驚き、男達が小太りの、アニキと呼ばれた男に注目する。その表情は、良く見なければ解らないが、だらし無く緩んでいた。


「サ、サイトウのアニキ。喜んでいはるんですか?」


「ば、馬鹿言うなよ。俺も良い歳だぞ。それが、クマちゃんって呼ばれて喜ぶなんて。なぁ」


 美少女に、クマちゃんと呼ばれ嬉しそうな顔を浮かべる小太りで鬚面な男。


「で、ですがサイトウのアニキ……」


 納得いかないのか、言葉を重ねる平たい顔の男。

 だが、サイトウと呼ばれたクマちゃんも譲れはしない。


「うるせえんだよ! 少し黙ってろ、シブヤ!」


 平たい顔の男の名は、シブヤと言うらしい。


「それで? お嬢ちゃん、おじちゃんって誰だい?」


 サイトウが務めて優しく語りかける。だが、その顔は怖い。


「あのね、あのね、この中の人」


 シャルロットは幼げな言葉遣いで、馬車の扉を指し示す。


「外して良いのかな?」


 サイトウが閂を見ながら言葉を掛けた。


「うん。でも、凶暴だから気を付けてね」


 そう言ってシャルロットは、パチンとウインクで答える。

 サイトウは、ゆっくりと慎重に閂変わりのスコップを引き抜くと、勢い良く馬車のドアを開け


「ゴォラァ! 誰じゃワレェ!」


 怒声を響かせる。

 その瞬間、サイトウが背後へと大きく倒れ込んだ。


 何事かと、場の全員が馬車に注目する。

 そこには、馬車の車内から延びる右足があった。そして、その右足はゆっくりと下がり、車内から一人の人物が現れる。


「あぁ! 誰だと、テメェ! アニキに向かって何て口の利き方だぁ! ぶっ殺すぞ、サイトウ!」


 シャルロット、ヴァネッサ、イレーネ以外の三人の目が点になる。


「「タムラのアニキ!」」


 シブヤともう一人が驚きの声を上げる。

 そして、サイトウはと言うと。


「あ、アニキ? なんで?」


 事実を受け止められずにいた。


「何でもも何も、………………な」


 良い淀みつつシャルロットに視線を向ける。

 それを受け、シャルロットは一歩踏み出し


「だから言ったじゃない。おじちゃんに頼まれて、送って来たって」


 言われ、三人は「ああ」と思い出したかの様に相槌を返す。

 だが、この説明に納得が行かない者が一人いた。

 タムラである。


「おい、ちょっと待て。俺が、何時、送ってくれって頼んだ?」


「良いじゃない。言葉のあやよ。附録よ」


「そんな附録、聞いた事ねぇぞ!」


「うるさいわねぇ。小さい男は嫌われるわよ!」


「何だと、コラァ!」


「なによ!」


 睨み合う二人。

 もう、子供の喧嘩である。

 ギャーギャーと騒ぎ続けるシャルロットとタムラ。

 そして、それは周りにも広がりを見せる。

 しかし、それも一人の男の登場で収まる事になる。



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