王女の秘密
一部改稿致しました。
六人の魔女と呼ばれる頂上の者が守護する世界。
その中心に位置する大陸のさらに中央に位置する国、クリスタニア王国。
国の東西南北を他国に囲まれた山間の小さな国である。
小国でありながらも、他国の貿易の中間地点として異例の発展と地位を得ていた。
国の象徴であり、その行政を取り仕切る城郭都市、王族直轄領、王都クリスタニア。その城郭の中心に、それはあった。
王城、クリスタニア城。
その城内。
国王、バーングラス・ド・クリスタニアは自室で頭を抱えていた。
「どうか致しましたか?」
王妃であるエリザベス・デュ・クリスタニアが心配する様に言葉を掛ける。何度かの呼びかけに、バーングラスはようやく気付いたのか頭を上げた。
「すまぬ。考え事をしておった」
「考え事、ですか?」
「ああ。シャルロットの事だ」
「シャーリィ、の」
現在、バーングラスの悩みの種は、クリスタニア王国第一王女にして、王位継承権第二位に付く娘、シャルロット・デュ・クリスタニアの事であった。
「あれも今年で十六歳。昨年社交界への顔見せも終わっておる」
バーングラス王の呟きに、王妃エリザベスは僅かに表情を曇らせる。
「他国が輿入れを申し込んで来ているのですね」
「うむ。だが、シャルロットの力が他国に渡れば、一気に国同士の戦力バランスが崩れる。それと、各国家との連携もな。それだけは避けねばならん」
「我が国がその国のみを選んだ、とも取られかねませんから仕方の無い事かと」
「それに、あれは世界のリミッターとしての役目もある。世界規模の有事があれば、アレは戦わなければならぬ」
「……はい」
バーングラス王の言葉に、王妃エリザベスの表情は言葉と共に重さを増して行った。
「酷い男だと思っているのだろうな」
「いいえ。王としては当然の事と」
王妃エリザベスの言葉に、バーングラスは僅かに顔の緊張を解き
「だが、親としては最低の父親だ」
自嘲するように、そう呟く。
「仕方がありません。シャーリィは六人の魔女の御一人、煉獄の王ビクトーリア様の加護を受け産まれた子。光と慈悲。そして、許しを担う宿命を持った娘でありますから」
「百年毎に産まれる加護持ちの子、か。魔女の責務を担う対価として、膨大な魔力と強力な魔道の力。そして、両性の身体。全くあの方も要らん物を授けてくれた物だ」
愚痴る事で気がわずかにでも晴れたのか、バーングラスの顔には生気が戻った様な気がした。
「おっしゃる通りで御座います。ですが、慈悲を持って他者を許し導く。それが簡単な事では無いと言う事なのでしょう。その為には、力を見せ、血を流す覚悟が必要だとビクトーリア様は言うのでしょう」
「確かに。話しあうにも、相手をテーブルに付かせる必要がある」
「誠に」
「先の戦の事もある。他国を無下にも出来ん。頭の痛い事だ」
「戦。二十年前の、勇者を信奉する者達との戦ですね」
「うむ」
バーングラス王は溜息を一つ吐くと、過去の戦よりも、娘の今後の事へと思考を切り替える。
「そう言えば、お前の祖父が治めていた地域があったな?」
「カーディナル領、でしょうか? 今は私が領主となっておりますが」
「そうなのか?」
「はい、名目上は。管理は実家の者に預けておりますが」
王妃エリザベスの言葉に、バーングラス王は一度目を瞑る。
「そこをシャルロットに任せる事は出来ぬか?」
王の問いかけに、王妃エリザベスはしばし考え答えを口にする。
「可能、かと。ですが、シャーリィの王位継承権は第二位、領主に付けるならばシャーリィにクリスタニアの名を捨てさせる必要が」
「そうだな。寂しいが仕方があるまい。とりあえずの肩書は男爵でよかろう」
「継承の有無は?」
「有りだ。ヴァネッサかイレーネとの間に子が出来れば継がせれば良い」
「良い案です。あの二人になら、シャーリィを任せられます」
そう言ってエリザベスは少女の様な笑みを浮かべる。
それにつられたのかバーングラスも笑みを浮かべた。
そして……
「シャルロットの器が男爵で収まるはずが無い。あれがどこまでのし上がるのか、わしの余生の楽しみとしよう」
「……悪い王ですこと」
そう言うエリザベス王妃だったが、思う所はバーングラスと同じだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
シャルロット・デュ・クリスタニアは、玉座の間に呼ばれていた。
衛兵の叫ぶ名乗りの言葉と共に、重々しい扉が開かれる。
開き切った事を確認し、シャルロットはゆっくりと従者二人を携え一歩を踏み出す。
黄金の髪をなびかせ、強く力を秘めた蒼い瞳で正面を見据えながら。
「国王様。王妃様。シャルロット・デュ・クリスタニア、お呼びにより参上仕りました」
言葉と共に、ドレスの裾を掴み優雅に腰を折った。
国王、バーングラス・ド・クリスタニアはそれを厳しい目で見つめながら口を開く。
「うむ、良く参った。今日はお前に伝えねばならぬ事がある」
「承知しております、国王様。ついにこの時が来たのですね」
「ああ、そうだ。クリスタニア王国第一王女、シャルロット・デュ・クリスタニア。本日、この場をもってシャルロットの王族としての権限、そして、王位継承権を剝脱する」
「承知いたしました」
そう口にするシャルロットからは、微塵も悔しさなどの感情は漏れ出ていなかった。
当然の事、と言葉通り認知していた。
しかし、部屋の両側に居並ぶ衛兵達。シャルロットの後ろに控える二人の従者。そして、国王と王妃。部屋に居たシャルロット以外の者達の表情は、暗く沈んでいた。
それを理解しているのだろうか? シャルロットはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「皆さん、そして国王様。いいえ、御父様、御母様。顔を上げて下さい。私は承知しておりますので。この身体に産まれた事を怨んではおりません。どうか、どうか」
国王は立ち上がり、急ぎシャルロットの身体を抱きしめる。僅かに遅れ、その輪に王妃も加わる。
自分達の娘を、その様な身体に産んでしまった罪からか、それとも、こう言う手順で娘を旅立たせる後悔からか、シャルロットの父母として彼らは涙を流す。
「シャルロットや。国の辺境だが領地を用意した。そこ、カーディナルに居を築くが良かろう。今日からは、男爵、カーディナル候、シャルロット・デュ・カーディナルと名乗りなさい」
「爵位、拝命致しました。感謝致します国王様」
優しく語りかける国王に、シャルロットの言葉は硬いまま。
それが別れの言葉であるとでも言う様に。
「すまぬ。すまぬシャルロット。私達には領地と爵位。お前の従者二人。そして……あの扉以外お前に持たせてはやれん。すまぬ。王である父母を許しておくれ」
さらに謝罪の言葉を口にする国王。本当ならば、何不自由無く暮らせる様に、色々な物を持たせてやりたいと。
「あら? ビスケスは頂けませんの?」
シャルロットは、ある人物の名を口にする。
「クーデリカ・ビスケスか? あの者は現在騎士団長を務めておる。何時かはお前の所にやるにしても、すぐには無理だ。勘弁しておくれ」
優しくなだめる様に、件の人物の現在を語る。
クーデリカ・ビスケス。
シャルロットの後ろに控える二人と共に、以前はシャルロット付きの騎士であった女性である。
「左様ですか。ならば、しばらくは我慢すると致しましょう」
シャルロットはそう言うと国王達から一歩後ずさり
「それでは支度もありますので本日はこれで。ご機嫌よう、国王様」
一礼して玉座の間を後にした。
主人公であるシャルロットは、良性具有の身体ですが、ベースが女の子なので娘、姫としての扱いになっております