カエルたちの晴れ間
梅雨の晴れ間はまさに地獄だ。アスファルトでは仲間が干からびてしまっている。雨の匂いにつられて外に出て行ってしまったのだろう。かく言う私も、アスファルトの端に生えてる草の上でゲコゲコ言っていた。
神に騙されたのだ。
今日の朝、目覚めた瞬間に確信した。恵の雨が降り続けていた梅雨。その一番おいしいところ。つまりはメインディッシュになりうる天候だ。湿度、雨粒の大きさ、風、そしてメシ。全てが完璧な素晴らしい日だと思っていた、が、雲は次第に少なくなり、見事な日本晴れになった。地面も乾き、乾燥した色に変わってしまっている。
「ゲコゲコ……」
今の私にはなくことしか出来ない、咽び泣くことしか。
「ゲロゲロー!」
道の反対側にある田んぼからカエルが見えた。心配して飛び跳ねて来てくれたようだが、彼も遠くからなくだけで何も出来ない。
私の上空を飛び回るハエが鬱陶しく話しかけてきた。
「おい、にくいカエル。オマエはここでなにしてるんだ?」
こんな奴に話すことなどない、無視をしていると、またもや話しかけてきた。
「おい、にくいカエル。オマエはそこからでられないんだろ?」
あぁ、鬱陶しい、もし今日が雨ならばこんな奴、飛び跳ねて食っちまうのに。
「おい、みにくいカエル。オマエをたすけてやろうか?」
お前に何が出来る?だが、もし助けてもらえるならそうしてもらいたい。干からびるよりかはだいぶマシだ。
「ゲコゲコ」
屈辱ではあったが、助けを求めた。そうするとハエは私の頭の上に移動した。
「へ、分かったよ。じゃ、ほらよ!」
ハエは私に汚らしいションベンをかけると何処かへ消えていった。いやらしい生き物だ。
鼻がツンとする臭いが消えずにイライラしていると、ナメクジがヌメヌメと這って近づいてきた。
「やぁ、カエル。なにしてるんだ。」
こいつらはまともだ、すくなくともハエよりは。
「ゲコゲコ……」
「なるほどな、それは大変だ。だがなぁ、それはどうすることも出来ないだろうなぁ。」
そんなことは分かって話しているのだ。なにかまともなことを言ってくれ。
「お、見ろよあれ、女だ。人間の。あれに田んぼまで運んでもらったらどうだ?」
歪んだ顔をさらに歪めて、ナメクジは笑いながら言った。
「ゲコゲコ」
無理な話だ。人間は馬鹿だから言葉が通じない。図体がデカいだけであんなに威張ってるんだ。
「はは、せいぜい頑張るといいさ、俺はもう行く、こんなところにいたら干からびちまうわ。ははは!」
醜く這って去っていく、あいつが言ったように女に運んでもらえたらどれだけ楽だろうな。
「ゲロゲロ!」
声が聞こえる。あぁ、まだそこに居てくれたのか、居てくれるだけで心強い、生きる気力が湧く。
人間の女が近づいてきた。私など見えないように通りすぎようとしている薄情なこいつは、 なにやら腕からぶら下げていた。届くかもしれない。
私が本気で跳べば、あれに届くかもしれない。
もう限界も近かった。ションベンは屈辱ではあったが、そのおかげでまだ意識を保っている。
跳ぶか、あいつが私の目の前にきた瞬間に。
カツカツと足音を立ててアスファルトを蹴りつける人間が私に一番近づいた時、私は不安定な草ではなくアスファルトに一度降りて、跳んだ。
後ろ足が熱で溶け、爛れてしまった。だが無駄ではなかった。ひっつくことが出来たのである。あとは田んぼに入り込むだけだ。もう一度飛び跳ねようとしたが、女が動き続けるのと、足が痛いのとで安定しない。
力が尽きたらそのまま熱々の鉄板の上だ。踏ん張っていると仲間の声が聞こえてくる。
「ゲロゲロ!」
最後までありがとう、友よ。こんなに感謝したことはない。私も最後に彼に最大限の気持ちを伝えなければならない。
「ゲコゲコ!!!」
すると女は驚いたのか、ぶら下がっていたそれを振り回した。私は生まれて初めて空を飛び、その後見事に田んぼに着地した。跳ねた水を全身から浴びると乾いた体がみるみるうちに潤い、ウザったらしいションベンの匂いもすっかりなくなった。
すぐさま友のもとに跳んでいくと抱きついた。
「ゲコゲコ……ゲコゲコ!」
「ゲロゲロ!」
こうして私たちの冒険は終わった。だが、空にはいまだにギラギラと太陽が威張っている。しかし、私には命の恩人とも言える友がいる、これ以上に大切なものが世の中にあるだろうか?
こんなに少ない言葉で分かり合える仲間がいるだろうか?