2.よろしい。ならば――
翌日。
俺はいつも通り学校へ行く。ゴールデンウィークが明けて少し気温も上がった気がする。朝はいいが昼は暑くなるからほどほどにしてほしいものだ。
校門をくぐっても教室へ入っても、誰も俺に声をかける者などいない――ハズだった。
「お、おはよう」
だから耳に入ったその声もスルーして俺は窓側の一番後ろにある自分の席についた。
ぼっちにとって窓際最後尾の席というのは最上級のポジションだ。
前と右しか人と接してないし隣を誰かが通ることも無い。さらには登下校時は教室の後ろを通って障害も無く移動できる。
「......神谷君」
そうそう、こんな風に話しかけられることだって無い——え?
隣の席から聞こえてきたのは、たしかに俺の名を呼ぶ鈴のような声。
視線だけを向けると、そこに座っているのは、如月愛衣。
――昨日、俺に告白してきた女子だ。
昨日に引き続きまだ何かあるのか?と訝しんでいると、
「おはよう?」
と挨拶を投げかけてきた。おはようってなんだっけ。
「......おはよう」
つい反射で返してしまう。
久しぶりに「おはよう」なんて発したが、うまく発音できたようだ。
「ねえねえ神谷君、今日の数学の宿題やってきた?」
......は?
なに? なんで会話が発生してるの?
先にも述べたが、俺に話しかけるどころか挨拶すらしようなんて思うヤツもいない。
俺もそれでいいと思っているし、それが俺の日常だ。
だというのに、なぜこいつは俺に挨拶をしたうえでさらに会話を続けているんだ?
「ああ」
脳内は混乱しているが、平静を装いつつ短く返事をする。
「ふふっ。さすがだね!」
そう言って微笑む如月。こいつ......一体なにを考えているんだ?
如月愛衣。
彼女は茶色がかった髪で鈴を転がすような声の持ち主。
まぎれもない美少女であり、それに加えて成績もけっこう良いらしい。
それでいてコミュ力も申し分なしで、周りにはいつもお友達が群がっている。
そんなクラスの中心人物が、「ぼっち」である俺に挨拶をしてくる時点で異常なのだ。
いつも一人でいる俺を哀れんで、という可能性もあったが、2年生になり1ヶ月も経った今更になってなぜ..........?
それに加えて昨日の告白だ。
あれはおそらくお友達との罰ゲームか、もしくは俺がOK出した途端にウソでしたー!と言って翌日以降から俺をイジるため、そのどちらかだろう。
ということはだ。
昨日の告白を台無しにされてプライドが傷ついた彼女は俺に接近して惚れさせ、俺が告白した時点でフるという俺への仕返しのつもりか?
俺とは住んでいる次元が違うともいうべき彼女が、話しかけてくる理由なんてそれくらいしか思い浮かばない。
俺はため息をついて決意する。
―――よろしい。ならば鎖国だ。
その後、時折向けられる視線を無視しながらも授業を受ける。
昼休みにスマホのバイブが着信を告げたが、表示された名前を見て顔を顰め、無視した。
授業を終え、いつもどおり誰よりも早く下校する。
自宅にたどり着くとポストに封筒が入っていた。
手紙......?と思い差出人を見て、またも顔を顰める。
そこにあった名前は、神谷幸太郎。認めたくはないが俺の父親だ。昼の着信もこの手紙に関してなのだろう。
学校から徒歩で約15分ほどの距離にあるマンションの206号室が我が家だ。
間取りは2LDK。無駄に部屋があって掃除が大変だが、角部屋でキッチンが充実していて、お風呂には追い焚機能もついている。
料理をする者にとってキッチンは大事だ。ここより狭い間取りの部屋だとコンロが1口しかなかったり、学校からかなり遠い場所にあったりと満足する物件が無かった。
以上の理由でこの部屋に決めた。
家賃?そりゃあ高いが、父親が気にしなくていいって言ったから気にしてない。
玄関から入ってキッチンを横目に進むとリビングに着き一旦手紙を置いて隣の部屋に行って着替える。
制服のまま過ごすと皺になるし料理をするときに臭いがついてしまうので、すぐに着替えるのがクセになっている。
リビングに戻ってソファにかけ、封筒から手紙を出して読む。
数分かけて読み終わると、大きくため息をついて頭を抱えた。
手紙にあった内容はこうだ。
・電話はおそらく出ないので手紙を送ったこと。
・再婚したこと。
・再婚相手に子供がいること。
ここまではまだいい。どうしようが俺の知ったことではない。問題は次だ。
・その子が俺と一緒に住むこと
意味がわからない。
手続きは父親がやるらしいが、なぜ一緒に住むことになるんだ......。
嫌々ながらも、俺はスマホを取り出して電話をかける。
数コールののち相手が応答した。
「もしもし」
聞きたくもない声がスマホごしに聞こえる。
「これはどういうことだ」
「手紙は読んでくれたか。まあ、それに書いたとおりだ」
「説明になってねえぞ。なんで俺が一緒に住むんだよ。そっちで勝手によろしくやってればいいだろうが」
「俺もそのつもりだったんだが......色々あってな」
「その色々を聞かせろってんだよ」
いちいち癇に障る言い方をするヤツだ。だから電話なんてしたくなかったのに。
「あー、その子な。今までいた学校でイジめられてたらしいんだよ。それで不登校になっちまって転校させることになったんだが、その状態で一人暮らしをさせるのも心配だしな」
「だからってなんで俺なんだよ! いつもいつもソッチの都合を俺に押し付けんなよ!」
つい怒鳴ってしまう。
「......それは本当にすまないと思ってる。だけど、あの子を助けてやって欲しい。きっとお前ならあの子を」
ブツッ。
それ以上聞きたくなくて通話を切った。
なんでこうも勝手なんだ。本当にイライラする。
さんざん好き勝手やって家庭を壊しておいて、それでもまだ足りないというのか。
アイツらの血を引いてるのかと思うと吐き気がする。
――ピンポーン。
不意にインターホンが鳴る。
時計を見ると、電話を終えてから30分近くが経っていた。
ため息をついて玄関に向かう。
覗き穴から見ると、俯いている少女が1人立っていた。
俺は再度ため息をついてドアを開けた。
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