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ハゲろ

 6


 さて、突然だがクリスも私も私達だけで店や家の外に出たことはほとんどない。

 5歳のクリスはともかく、8歳の私には、過保護なんじゃないかと思っていた。


 さっきまで。


 クリスのキラキラ魔法のおまけは、お客様に好評で、連日、店はとても賑わっていた。

 それでも、ふと、波が引いたようにお客様が少なくなる時間があった。ご来店中のお客様は、お母様とお話されていて、ちょうど、私たちがお見送りしたばかりのお客様のものと思しきハンカチが店内に落ちていた。

 美しい薔薇の刺繍が施され、周囲をレースにあしらわれた上等のハンカチ。


「ソフィア様、次はいついらっしゃるかしら」


「しばらく王都を留守にされるって言ってたよ」


 私は、ハンカチを拾い上げた。


「お母様、ソフィア様の忘れ物をお届けしてきます」


 今追えば、すぐ追いつけるかもしれない。そう思って店を出たのが運の尽き。角を曲がろうとするソフィア様に声をかけようとしたところで、背後から伸びた腕に掴まれた。口元に変な布を当てられたところで、クリス共々意識を失ってしまった。


 そして目を覚ました私たちは、見知らぬ小屋にいた。クリスも私も後ろ手に縛られていた。立てなくはないけど、足も足首のところで縛られている。

 部屋は薄暗いし、時間もわからない。

 猿轡がないのは、ここが、声を上げても誰にも気づかれないような寂れた場所だからか。


 私は、芋虫のように転がって、クリスの体にぶつかる。あんまり激しくすると、起きたことが知られちゃう。誰もいない今ならチャンスだ。


「クリス、クリス」


 小さく、でも、はっきりと起きろという意思を込めて囁く。


「ん……、おねえちゃん?」


 クリスが気づいた。ウロウロと視線を彷徨わせ、体を動かそうとして、拘束にも気づく。


「クリス、私の髪飾り、ついてる?」


「ない」


 だよねー。

 おそらく営利目的と思われる誘拐で、髪飾りが無事なはずがない。

 他に宝石は……。


「クリス、お父様にもらった宝石は?」


「ポケットの革袋の中。でも、まだ入ってるかどうかは、ちょっとわからないし、取れない」


 革袋と言えば、私も首から紐で下げてる。お守りにと、小さな水晶が入ってるはずだ。服からは見えないから、取られてないかも。

 私はなんとか立ち上がり、上半身を勢いよく前に下げた。また起き上がって下げる。前に下げたまま揺らしてみる。

 紐だけ少し出て来た。


「クリス、これ、口で引っ張り出せる?」


 クリスがもぞもぞ動いて、紐を口にくわえる。

 でも、身長差があるから、私は屈んで、クリスは背伸びして、2人とも無理な体勢。おまけにくすぐったいし、どうしようもない。

 それでもお互い我慢して、なんとか、服の上に革袋を引っ張り出せたが、これは、ダメかなと思った。

非常にきちんと口を縛られた状態で、ちょっとやそっとじゃ開きそうにない。落としたり無くしたりしないようにとの配慮だろう。お転婆だし。

 情けない顔のクリスと目が合う。多分、私も同じようなものだろう。

 クリスの唇がぷるぷる震えて、決壊するように声もなくグスグス泣き出した。鼻水が出てるけど、なにせ縛られているので、拭ってやることもできない。

 クリスがお腹に体当たりするように倒れこんで来た。

 いいけどさ。私の服は、涙と鼻水まみれだ。まあ、私の顔も同じようなものだろう。


「クリス」


「おねえちゃ……」


 クリスが身体を丸めながら、全身に力を込める。ぼうっとクリスの身体が光り始めた。燐光のよう。

 そのまま、パリンと周りの空気が割れるような感じがして、クリスは、脱力した。光も消えてる。

 部屋の中には特に変化はない。

 ただクリスの息が荒い。全力疾走した後みたい。


 けれど外では何が起きたみたいだ。どよめきが聞こえ、痩せて髭を生やしたみすぼらしい男が踏み込んできた。誘拐犯の一味だろう。

 顔を隠す様子がないのが怖い。無事に返す気はないってことだから。布でも巻いとけばいいのに。


「何をした?!」


「何も」


 まだ息が整わないクリスを隠すように立ってこたえる。

 だって本当に何もしてないし。転がって泣いたくらい?


「何もってことはないだろう?小屋の上が光ってやがるんだ」


 男は、クリスの様子に気づいたようだった。


「お前か?!あれを今すぐとめろ」


 男は、大股に近寄ってくるとクリスの胸ぐらを掴み上げた。小さな足が宙に浮く。

 クリスを殴る鈍い音。


「やめて!クリスは何もしてない!!」


 飛び上がって、男に体当たりしたが、蹴り飛ばされてしまった。顎と腹を地面にぶつけて、ぐっと息がつまる。

 おのれ、乙女の顔を傷つけて。

 でも、今はそれどころではない。


 どうしよう。どうしたら。


 クリスが傷つけられるなんて、許せない。

 私は、お姉ちゃんだから、何があっても絶対にクリスを守るのだ。


 何か、力が欲しい。


 ふと思い出す。お父様がお城で言ってたお母様の曽祖母。ド……なんとか様。ドロシー様?

 ご先祖様に使えたなら、きっと私も使える。


 ドクドクと心臓が忙しく動く。

 体の中を何かが流れるのがすごく強く感じられる。胸のあたりから、体の左側を回って、右側へ。めぐるたび、強く、溢れ出しそうに熱くなる。


 まずは、私たちを縛る縄。

 こんなものいらない。

 縄がオレンジ色の光に包まれて燃え溶けた。うん、ちっとも熱くない。


 次は、目の前のこの男。


「クリスを傷つけるそんな腕、燃えちゃえ!」


「うわおお?!」


 突然明るいオレンジの火が男の両腕から噴き出した。

 男が驚き、クリスを取り落とす。

 身体が焦げる異臭と表現し難い絶叫。

 男は、腕を振り回して、地面に打ち付けて火を消そうとしている。


 怯みそうになりながら震える身体を叱咤して、クリスを引っ張る。出口からは離れるけど、ぎりぎり壁際まで距離を取る。

 可哀想に。クリスの殴られたほっぺが、赤黒く晴れてる。目じゃなくてマシ?でもこれ、後から目の周りまで腫れてくるやつだ。

 口からも血が出てる。中を切ったか、歯が折れたか。

 まだ乳歯とはいえ、許せない。

 そっと手を当てるとクリスが痛そうに顔をしかめた。涙がこみ上げる。

 早くここから出て冷やしてやらなきゃ。


 不思議と炎は男の腕にまとわりついたまま、床にも壁にも燃え移らない。

 男はのたうち回り続ける。

 うるさいし、醜い。

 喉を燃やしたら、悲鳴は出せなくなるかな。

 しかしドタドタと音がする。

 手遅れだ。

 男の絶叫が聞こえたのか、他の見張りまでやってきた。5人も。

 男たちは、のたうち回る仲間の様子に、ぎょっと立ち止まり、一拍遅れて殺気立つ。

 燃えているのに、不思議と炭一つ落ちない。炎に溶け込むように、男の腕は形を失っていく。多分、もう骨が見えてる。


「お前ら、何を!?」


 男たちが目を剥く。

 だから、転がって泣いただけだってば。


「来ないで!」


 クリスを引き寄せたまま、反対側の腕を振り回すと、私達を頂点にして半円で囲むように炎の壁が出来上がる。今度は、メラメラ燃える、かまどの火みたいな色をしている。

 クリスが息を飲む。


 小屋は燃やさないで。私たちを守って。どうかお願い。


 炎が私の気持ちにこたえるように揺らめく。

 私の味方だよって言ってるみたい。

 温かくて、きれい。


 じりじりと男たちが近づいてくる。

 炎を越えようとして、あちちちと下がる。

 1人がナイフを取り出した。


「魔法か……。術者が意識を失ったら、消えるはずだが」


 どっちだ、というように私たちを見比べる。クリスが前に出ようとするのを押さえ込む。

 いいから、弟はお姉ちゃんに守られてなさい。


「溶けて!」


 叫ぶと、ナイフが炎に包まれて、柄を残して消える。男が慌てて柄を放り出した。


 男たちが怒声を上げている。

 炎の温もりは別に、身体が熱くて訳が分からなくなる。

 視界がぐるぐる回って、息が苦しい。

 肉や骨が焦げるのは嫌だ。人を殺してしまうのは怖い。

 でも私が殺されるのはもっと嫌だし、クリスが傷つけられたり殺されたりなんて問題外だ。

 縋り付くように、クリスをぎゅっと抱きしめる。


「あんたたちみんなどっか行け、ハゲ!!」


「あ」


 クリスが目を見開いて、間抜けな声を漏らす。見ると、男たちの首から上が明るいオレンジの炎に包まれていた。男たちの顔が恐怖に染まる。が、熱くはないのだろう。手でぺたぺたと顔を触ったり、上着を被ったりして何とか消そうしてしている。

 そして、男たちの髪が炎に溶けるように消えて行く。


「髪!!俺の髪が」


「ちくしょう、どうやって消すんだよ、これ」


 髪が消えてもまだ炎は頭を包んだままだった。転がるのをやめた最初の見張りの腕の炎は消えている。多分気絶しているのか動かない。その男も、頭に髪の代わりにオレンジの炎を灯していた。


 男たちは今なら隙だらけだ。それでも、私たちが横を走り抜けて逃げるのは厳しい。

 そもそも息が苦しい。

 何だか立っていられなくなり、膝をつく。

 男たちはまだ気づいてないが、私達を囲む炎の威力が弱まったように感じる。

 魔法……かけた人の意識が無くなったら消えちゃうのかな。何とか保つといいけど。


「お姉ちゃん!」


 クリスが、焦ったように私を支える。


「ごめ……逃げて……」


「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」


 意識を失う寸前、鬼の形相のお父様が小屋に飛び込んでくるのが見えた気がした。

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