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私に魔法をかけて

 5.


 クリスと私は庭で、木の枝で打ち合って遊んでいた。


 この辺りの商家の、特に男の子は、6歳頃から道場に通うことが多い。

 一番一般的なのは、盗賊対策の護身術を中心とした体術と短剣を使うところ。隙を作って逃げる、殺されないようにすることを目的としたものだ。

 次に多いのが、騎士、もしくは衛兵を目指す人が通う、きちんとした剣術指南の道場。女の子でも、通ってる子もいるらしいけど、私は行ってない。

 うちには、お父様が実家から持ってきた立派な剣が何本かあるし、クリスがどこで何を習うことになるかわからない。お父様はお強いらしい。私たちが生まれる前、衛兵が独立の組織になる前、ギルドで持ち回りの自警団を組織していた頃には、重宝されたらしい。

 とはいえ、別に無理に使わなくても、いずれ売り払ってもいいと思う。


 女子の護身術については、年に数回、女性騎士による指導会が開かれるが、そちらは、10歳以上で、私はまだ参加できない。


 よってこれは、本当に遊んでいるだけだ。

 手頃な木の枝を剣に見立てて打ち合う。木がぶつかり合う音と衝撃が楽しい。

 けどちょっと地味なのよね。


 クリスは、お父様から宝石屑をたくさんもらっていた。

「いろいろ試してごらん」

 と。良いのかなと思ったけど「(仮)とはいえ、証明書が発行されたから、大丈夫」なんだと。


「クリス、この剣にキラキラをつけることってできる?」


「光らせるの?やってみる!」


 ポケットから石を出して「どれにしようかな〜」と歌う。


「石で味、違う?」


「んー……ほんのり?

 食べてどの石か当てろって言われても無理」


 クリスは、パクっと青い石を口に放り込んだ。

 2本の枝が淡く発光する。部屋の中と違って明るいし、あんまり虹色ははっきりしない。枝の周りにふんわりまとわりついてる感じ。キラキラしてるけど、ちょっと思ってたのと違う。


「もっとこう、まぶしつけるようにできる?」


 クリスは、パクッとさらに石を食べる。本当に金平糖を食べてるみたい。


「えいっ!」


 ぐんっとクリスの棒だけ長くなり、キラキラが増した。

 もともと私たちのひじくらいの長さしかなかったのが、今は、腕くらい。


「どうなってるの?」


 上の方をつかもうとするも何もない。よくよく見ると透けてる。


「キラキラの紙を棒に巻きつけるような感じにした。これだとカッコいい?」


「うん。勇者の剣みたい。すごい」


 絵本の勇者の剣は、魔法使いが光魔法で出したものだった。切れ味抜群で、岩でも切れたらしい。


 クリスのはハリボテだけど、お芝居をする人が見たら喜ぶかもしれない。小道具にって。


「暗いところで見たらもっと綺麗かな?」


 クリスがうっとりと言う。


「クローゼットに行ってみようか」


 移動しようとしていると、後ろからわあっと歓声があがった。


「ユリア!」


 クリスが私の後方に向かって破顔する。


「遊びに来たの?」


 クリスは、生垣から飛び出したユリアを抱きとめ、頭からそっと葉っぱを払う。私もささっとユリアのお尻の下のスカートのふくらみを払った。てんとう虫がついてた。この前は、芋虫だったから、だいぶマシだ。


 ユリアは、金色に波打つ髪と緑の瞳の美しい、お隣の女の子だ。金色のまつ毛の両端1/3ずつくらいが外向きにカールしていて、どこか猫っぽい雰囲気を醸し出してる。

 クリスと同じ5歳で、誕生日も2週間ほどユリアの方が早いだけ。背は今の所、クリスの方が少し高い。

 両家の庭は、生垣で繋がっているのだが、一部小さな子供しか通れないような隙間が開いてる。ユリアは、いつもそこを通ってくる。


 お隣は、オートクチュールだ。客層は一部被るが扱う製品が違うので、うちとの仲は良好だ。

 特に歳が同じクリスとユリアはとても仲が良くて、クリスは勝手に、将来、ユリアの店に婿入りする気でいる。

 がんばれ!


「何これ、綺麗!!」


 ユリアが手を伸ばすより先にクリスが枝を遠ざけるように持ち上げる。


「ユリア、僕魔法が使えるようになったの」


「じゃあ、これ魔法で出したの?触っていい?触っていい?」


 ユリアがぴょんぴょん跳ねる。


「えーとね、これ見かけだけで本当は、ただの木の枝なの。だから、触ってもいいけど、手とか服とか気をつけてね」


 ユリアは、お隣の看板娘なので、いつも非常に可愛らしい服を着ている。でも、一緒に遊ぶたびに、汚したり、ほつれたり。

 それで一時期、遊ぶのをやめさせられそうになったことがあった。

 確か、クリスとユリアがよく走るようになった2歳前後のことだ。

 けど、それを諌めたのはお母様だった。


「ダリア、ユリアをあんまり怒らないであげて。私たちも小さい頃、周りからおとなしくしていろと叱られて悲しい思いをしたじゃない?自分に娘が生まれたら、もっとのびのびさせてやりたいって、あなた言ってたでしょう」


 お隣もうち同様入り婿だ。

 つまり、ダリアおばさまとお母様は、幼馴染みの仲良しさんなのだ。


「そうね、エマ。思い出したわ。

 私、小さい頃は、汚れにくくて、ほつれにくくて、それでも優雅さや愛らしさを失わない、そういうドレスも作れるんじゃないかって思ってたんだわ。いつのまにか型にとらわれていたみたい」


 それからおばさまは、普通ドレスに使わない素材や生地も取り入れて、デザインを工夫して、どんどん丈夫な、でも優雅な子供用ドレスを作り始めた。

 まずは、ユリアに。

 けれど、ユリアが着ていれば目につくし、そのユリアが庭を駆け回っていれば、その価値に気づくお客様もいる。

 結局、需要は徐々に高まって、今やユリアのドレスは密かな人気を誇っている。

 今日のユリアは、胸から上は、首元までしっかり隠した丸襟にパフスリーブの白いブラウス風、胸から、太ももあたりが、カーテンにでも使えそうなしっかりした大きめの花柄の生地。そこから下は、淡いエメラルドグリーンのスカート。一番下のスカートのところはよく見ると二重になってる。各布の切り替え部分は濃いめの緑で縁取りされ、襟元には控えめに、腰のあたりには大きく、同じく濃いめの緑でリボンが結わえて縫い付けてある。


「あら、本当に触ると枝なのね」


 ユリアは感心したように言って、クリスに枝を返した。


「ならクリス、私に魔法をかけて」


「え?」


「このドレス、可愛いけど、少しくっきりした印象でしょう?

 アリスの枝くらいの淡い感じで、私のドレス全体をキラキラさせてくれたら、きっと、柔らかい印象になって面白いと思うの」


「いいよ」


 クリスは、パクッと黄色い石を口に放り込む。ほっぺを押さえて、幸せそうにヘニャリと笑う。


「え?あめ?」


「宝石のかけらなの。なんでか、宝石を食べると魔法が出るんだって。でも、ふつうは食べられないから真似しないでね」


 ユリアが戸惑っていたので、こっそりと耳打ちする。ユリアはこくんとうなずいた。


 ユリアに小さなオーロラのような光のカーテンが舞い降りる。

 ドレスだけじゃなくて、髪の1本1本にがキラキラ輝いている。ドレスの方は、虹で編んだ薄いレースのショールを纏っているような感じだ。

 ユリアは、クルンと回ってみせた。


「どう?」


「うん。妖精さんみたい」


 ユリアは、嬉しそうにはにかむと、「お母様に見せてくる」と、生垣の中に消えていった。


 動かないキラキラは、動くキラキラより長く保つみたいで、枝のキラキラも、ユリアのドレスも結局、夕飯前くらいまで消えなかった。


 その日、ダリアおばさまとお母様の間で、交渉が行われた。

 ドレスを買った人にキラキラ魔法を施すというサービスをするというものだ。ただし一日5人まで。

 うちはうちでサービスするし、人数的にはそのくらいが限界かなと。

 結果的にお隣のお客様をうちの店を紹介してもらうことになるので、クリスの労力を割かれるという以外、うちのメリットも大きい。

 でも、2人の交渉は怖かった。


「もっとお安くしてよ」


「あらダメよ。適正価格よ」


 みたいな、狐と狸の化かし合い。


 私も将来ちゃんと交渉できるようにがんばらなきゃ。

 あれ?でも、もし、クリスが婿入りしたら、私が、お隣と交渉する時の相手ってクリス?

 絶対勝てる気がしない。


 ……。


 大丈夫!きっとクリスなら、双方の益になるちょうどいいところを提案してくれるはずだから。うん、きっと。


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