魔法庁に登録(仮)
4.
私たちはお父様に連れられて王城の一角にある、魔法庁へと来ていた。
本当は、クリスだけで良かったのだけど、王城へ行くのは初めてだったので、ぜひ私も行きたいとお願いしたのだ。
王城は、王都の北側にある。山を背に建てられていて、王都はそこから東西と南に向かって広がっている。王都の南端には、関門があり、王城の門と関門をつなぐ広い通りが、一番の目抜き通りとして賑わっている。道には平らな石畳が敷かれ、馬車が行き交う。中心には広場もあり、祭の時など、屋台が出て、大道芸など行われる。
王城は、王都のどこからでも望むことができる。
遠くから見ると一つの建物に見えた王城は、正確には、建物群といえそうだ。大体が白っぽく塗られたレンガと青っぽい屋根で統一されている。陽を浴びて白く輝くお城は遠目にもとても綺麗だった。
もちろん王家の皆さまが暮らしていらっしゃるが、王家の生活の場というだけでなく、政治、社交、軍事の中心でもある。城門の内側に住む者も多いのだとか。食堂もある。
目当ての各省庁の窓口は、比較的門の近くに配備されていた。
各省庁の受付窓口が衝立で区切られて一列に並んでいた。結婚や出産の届け出をするところは、窓口も複数あり、賑わっていた。
魔法庁の受付窓口は右端に一つだけで、閑散としていた。
綺麗に禿げ上がった頭に鼻の下にだけ黒いヒゲを蓄えた男性が1人、暇そうに座っていた。
「こんにちは。魔法使いの登録に来ました」
お父様が、快活に挨拶する。受付の人は、羽ペンと用紙を差し出した。
「では、こちらに記入を」
お父様は、ペンをインク壺につけて、何箇所か悩みながらもさらさらと記入して行く。
「これでよろしいかな」
お父様から用紙を受け取った受付の人は、用紙を一瞥して「ん?」とお父様に怪訝な目を向けた。
「この、キラキラ魔法というのは、何ですかな?」
「息子が昨日発動した魔法です。私は初めて目にしましたが、もしかしたら、魔法庁には類似の例があるかもしれないと思いまして。……やって見せても?」
受付の人は眉根を寄せ、少し考えると、用紙に目を落とした。
「シャルル宝飾店のアーサー氏でしたな。身分証を拝見しても?」
お父様は、商業ギルドの組合員証を提示した。
もちろん偽造はゼロではないが、再発行にとても手間とお金のかかる信頼性の高い身分証だ。
「では、こちらへ」
受付の人は、隣の別の窓口の人に声をかけると、「退席中、ご用の方は隣へ」の札を立てかけ、私たちを奥へと誘った。
「魔法庁研究室」とプレートのかかった部屋には、10人くらいの人たちがいた。それぞれ忙しそうに書類を書いたり読んだり、不思議な器具を使って何事か実験したりしていた。
部屋に入った一瞬、こちらを見たものの、また興味なさそうにそれぞれの作業に戻っていった。
「お姉ちゃん、魔法使いって、ローブに杖じゃないんだね」
ひそひそとクリスが耳打ちした。
「うん。絵本とは違うね」
男性は、お父様みたいなシャツとズボン、女性はふくらはぎまでのワンピースだったり、ブラウスとスカートだったりと、ごく普通だった。
「冬ならまだしも、ローブは暑いし、長いゆったりした袖は作業の邪魔になるんだよ」
聞こえてたらしい受付の人ーーカールさんというそうだーーは、自分のローブを脱ぎながら振り返った。
「受付では、わかりやすいように着ているのさ。今の時期は、ちょっと蒸すので、中はこんな格好で失礼する」
下は、下町でも着るようなとてもラフな襟のないシャツだった。
「あなたがたを疑うわけではないのだが、魔法が暴走することも考えられるので、王城内で所構わず、魔法を使わせるわけにはいかないのだ。ここなら、いろいろ対策が取られているのでな」
私達はどうぞ、と勧められて深緑色のソファに腰を下ろした。ローテーブルを挟んで向こうにカールさん、こちら側にお父様、クリス、私の順に一列に並ぶ。お父様が大きいので少し窮屈だ。
「では、改めて、ご子息のクリスは5歳。誤って宝石を食べたところ、魔法が発動したと」
カールさんが注意深く尋ねる。
「はい。子供たちの手の届くところに宝石を置いてしまっていたところ、飴と間違えたらしい」
お父様は、私をかばって無理な言い訳をしてくれたようだった。
「食べるというのは?」
「文字通りです。口に含むと溶けるそうです。綿飴よりもふわふわしゅわっとして美味しいとか」
お父様は、ポケットから、白いハンカチに包んだ宝石を2つ取り出して、テーブルに置く。
1つは、飴玉くらいのレッドスピネル。もう一つは、5mmほどのペリドットだ。どちらも昨日、クリスが食べたものとよく似ている。
「最初に発動した時は、この、レッドスピネルと同じような石を食べたようです。その時は、娘と2人だったので。私が確認したのは、このペリドットです。大きさも種類も違う宝石ですが、効果は同じでした。時間や規模は最初の方が長く華やかでしたが、量や質によるのかどうかまではわかりません。それで」
父は少し困ったように眉を下げ、カールに宝石を示した。
「今試すにあたっては、こちらのペリドットでも構いませんか?こちらのレッドスピネルは、宝石を扱うものとしては、ためらいが」
お父様の言葉にカールさんも苦笑する。
「なるほど。宝石には詳しくありませんが、ネックレスにでもすれば、ご婦人方が大喜びしそうな美しい石ですな。私としては魔法を確認できればそれで構いません」
「じゃあ、クリス、昨日と同じような、小鳥を出してごらん」
ぱくっと、クリスがペリドットのかけらを口に含む。
ほっぺを抑えて目を細める様はとても愛らしい。そして
「なんとまあ。可愛らしいものですな」
カールさんが相好を崩す。
他の人たちも手を止めて目を丸くする。
キラキラした小鳥の輪郭が私たちの周りをくるくると飛んで、テーブルの上のレッドスピネルの横で羽を休める。
カールさんが触ろうとすると、もちろん、するりとすり抜ける。
「不思議だ。まるで質量を感じない」
小鳥は、今度は、他の職員の頭上を飛んだり、まるで肩に止まるような仕草を見せたりしている。
じーっとテーブルに載せたままのレッドスピネルを見つめるクリスに、お父様は、やや引きつりながら、そっと、石を再びハンカチに包むとポケットにしまい込んだ。
カールさんは、クリスの顔を注視する。
「クリス、気分が悪かったり、疲れたりはしないかな」
「全然ないよ。でも、もうすぐお昼だからお腹空いちゃった」
「そうか、そうか」
カールさんは、ぽんぽんとクリスの頭を撫でた。
「おそらく、宝石を媒介にしてるおかげで、体への負担が少ないのではないかと」
「お詳しいですな」
「恥ずかしながら、子供の頃、風魔法で空が飛びたいと調べたことがあるのです」
お父様が目を伏せて恥ずかしそうに告げると、カールさんは大きく頷いた。
「わかります。私は土がメインで火も多少使えますが、発動した時、どうして風じゃないんだろうと思ったものです」
2人は、気が合いそうだ。
話を聞いてると、魔法は、主に風、木、水、土の4種類のどれかに分類されるらしかった。もちろん、カールさんみたいに複数の種類を使える場合もあるらしいが、それでもだいたい、メインとなるものは、決まっていたりするらしいのだ。
それでもたまに、分類しきれないものもある。
よく知られているのは、治癒魔法。程度に差はあれど、傷を塞いだり、病気を治したりできるらしい。今この国には3人の治癒魔法師がいるらしい。
それから空間魔法の使い手。いわゆるどこにも存在しないのに、どこにでも現出させることのできる秘密の空間を持っているらしい。こちらは、2人。
絵本によくでてくる、いくらでも入るカバンのイメージだ。残念ながらカバンは現存しないらしい。魔法と遺伝の関係はまだ不明と言われているけど、今いる2人は親子だ。運送業をしているらしい。儲かりそう。
それでも、治癒魔法や空間魔法には細々とでも歴史がある。
一代限りのものとしては、何もないところから花を出すという例があった。これは、もう昔々のお話なので、おとぎ話の世界だ。
だがおとぎ話といえば、思いつくこともある。
「光魔法は?絵本に出てきたよ」
私が言うと、部屋がしんとした。
たちまち緊張に満ちた沈黙が部屋を支配してしまう。
え、光魔法、ダメ?
困惑していると、クリスの腹がぐーっと情けない音を上げた。
「僕もうお腹ペッコペコだよ」
「そうだね!私もお腹空いたな!」
「それにお姉ちゃん、絵本の勇者様は、宝石なんて食べなかったよ」
「本当、ごめん。全然違うね」
よくわからないけど同意しておく。
お父様もぽんっと手を叩くと、朗らかに立ち上がった。
「そうそう。遺伝といえば、妻の曽祖母は、ドローレスという火の魔法の使い手だったと聞いたことがある。
息子の魔法とのつながりはわからないが、おそらく魔法庁なら記録もあるのではなかろうか」
その後、カールさんとお父様は、魔法使い全員が受けなければならない講習会の日程と、その前の詳細な検査について、日程と内容を魔法庁の方で検討してから連絡するとのことになり、お開きになった。
クリスには、一枚のカードが発行された。
「魔法使い証明書(仮)
氏名: クリス=シャルル(屋号)
年齢: 5歳
魔法: キラキラの視覚効果(動きあり)
属性: その他特殊
魔法の用途: 家業の手伝いなど」