第9話 相談
村長からの指示の下、私は炊き出しを手伝い、負傷者の手当や残念ながら亡くなってしまった人の葬いを取り急ぎ簡潔ではあるが行った。
正式な葬儀は合同で後日行うそうだ。
そのあと、村長に予め連絡して集めてもらっておいたこの村にいる全員の武具の耐久値のチェックを行う。
それらを見れると予想通りと言うかなんというか、実に危うい武具ばかりだった。
一見すると普通に使えそうな武具でも私の武具鑑定で調べると耐久値は限界に来ている、もしくは近づいているものがほとんどだった。
もし、もう少しキョーヤが来るのが遅かったら村のみんなの武具が順次壊れていって戦線が崩壊、村は魔物達に蹂躙されていたかもしれない。
想像すると今更ながらゾッとする。
「武具を『観』て結果を書き出すだけとは言え、さすがにこれだけの量があると思っていた以上に魔力を消費するし、疲れるなぁ。これなら少しくらい費用を貰う交渉すれば良かったかな? ……いやいや、こっちは命を守って貰ったんだ、これくらいは文句言わずにやらなきゃね」
最後の武具鑑定を済ませて、ん〜、と伸びをする。
いつもなら有償で行なっている作業とは言え、多くても十個弱程度の数しか一度に行う事はない。ここまでまとまった数の鑑定を一気に行うのは初めてだった。
「さ〜て、私がやれる事はだいたい終わったかなっと。そろそろ村長さんのところへ行ってみますか」
外に出る前にフードを被る。
村長の執務室は村の中心に位置している役場の中にある。私のお店からも比較的近い。
でも役場へ行く前にちょっと寄り道。
「おーじさーん、武具の鑑定終わったよ。後で私のお店まで預かっている武具、取りに来て。私一人じゃあ、とてもあんな数は運びきれないよ」
「おおぅ、フィリスか。あの量の鑑定をもう終わらせたって? うちの店はまだ開いたばかりだぞ。……さてはお前、もしかして寝てないんじゃないのか? ほら、顔に疲れが出ているぞ」
「ん〜まあ、ね。さすがにあんな事があった直後に寝るなんて出来ないよ……。だから気を紛らわすと言うか集中して作業が出来たのは私にとっても有り難かった、かな?」
「……そうか。だけどあんまり無理すんなよ! 辛くなったら誰でもいい、周りにいる大人を頼れ。お前はもうこの村の一員なんだから。いいな?」
「ん、わかったよ、おじさん。……ありがとね」
おじさんにお礼を言って村にある唯一の武具屋を後にする。
そう、今は完全にお日様が昇っている。
おじさんに言われた様に昨夜、と言ってもある程度やらないといけない事を終わらせたら明け方だったのだが、昨夜はいろんな事があり、とても寝れるような気分ではなかったので武具の鑑定を一気に終わらせたのだ。
「……そんなに疲れた顔してるのかな?」
むにむにと自身の顔を触ってみるが確かめる術は無い。
世の中のお金持ちや貴族には『鏡』という自分をそっくり写し見る道具があるみたいだがこんな辺境の村にはそんな高価な物はない。
せいぜい水に写った自分を見るくらいしかない。
そんな事を考えていたら役場に到着した。
受付の人に村長から呼ばれている事を伝えると執務室まで案内してくれた。
案内してくれた人に礼を言い、執務室の扉をノックする。
「フィリスです。時間が出来たのでやって来ました」
すぐに扉の中から『入りたまえ』と許可の声が聞こえて来たので『失礼します』と一声して入室した。
「……思っていたより早く来たな。昼を過ぎるかと思っていたぞ」
「村長から呼び出されているですから後回しにも出来ないですよ。それで、私に聞きたい事って何ですか? って、まあだいたい想像は付いてますけど」
執務室の正面奥の執務机に村長が座っていたが、私が入ると同時に席を立ち、部屋の中央に置かれている応接セットへと歩を進め、『取り敢えず座りなさい』と席を促された。
私がソファに座ったのを見て村長も対面のソファに腰掛ける。
「随分と酷い顔をしているな。休んでいないのか? そんな顔色ではこちらも疲れてくるな。ふむ……ベルニカ程ではないがこれで少しは楽になるはずだ。【ブリーズライフ】」
――【ブリーズライフ】
各属性共通の初級魔法【ライフ】の風魔法版。
【ライフ】は回復を行う。
風魔法の場合は疲れを回復する(精神的疲労の回復)。
火は傷や体力が少しずつ回復する、水は体力が回復する(傷は回復しない)、土は傷が回復する(体力は回復しない)、光は効果増幅、闇は傷を拡げて体力を消耗させる、金は火水風土の複合効果。
ソファに座っている私は柔らかな風に包まれる。【ブリーズライフ】のおかげで体力は回復していないけど精神的な疲れはかなりなくなってきた。
ちなみに村長の属性は風、髪の色は緑だがちょっと薄い。ベルは火と水の複合属性なので髪の色は紫だけど、お祖父さんの遺伝みたい。
「ありがとうございます。おかげで少し楽になりました。でも、私ってそんなに酷い顔してました? 武具屋のおじさんにも同じ事言われたんですけど」
「……アグネスの件は残念だったな。無理をする必要はない。ベルニカの親友だったのだ。その事を思うと私も胸が痛い。だがいつまでも悲観してばかりではいけない。アグネスの分まで我々が頑張らねばならんのだ」
「…………」
そう、昨夜炊き出しをしている最中の各戸点呼でアグネスが戦死したと知らされた。
あの時、ベルと一緒に集会所を飛び出して大人達と一緒になって前線で戦っていたアグネスだが、自宅に戻ろうとしている私を遠目に見つけたらしく、私の方に気をそらしたところに運悪く流れ矢を膝に受けて、体勢を崩した所に……。
彼女はいわゆる姉御肌で村の子供たちのリーダー的存在でベルの幼馴染で親友で、私にも優しくしてくれた。
そんな彼女が突然いなくなったのだ。私が目を覚ました時のベルの慌てようがその話を聞いて理解出来た。
うぅ、私のせいで……。
ごめん、ごめんね、アグネス……。
「……明け方頃、ヤークフから騎士団が到着したのは知っているな? とりあえず哨戒とそれまで村の者が行っていた作業を代わってもらい、村の者は今休ませている」
「随分と遅い到着でしたよね……」
「地理を考えれば、連絡を受けてから夜通し走って駆けつけてくれたことくらい、あの街から来た君なら分かるだろう? しかも騎士団長直々の出陣だ。粗末な扱いでない事はそれだけでもわかる」
「……それでキョーヤの事を聞きたい、という訳ですか」
「そうだ。彼のお蔭でこの村は存続出来ていると言っても過言ではない。そうなると村長として領主から派遣された騎士団に今回の魔物の襲撃について一部始終を報告しなければならない義務がある。そう、村を救ってくれた恩人の情報を到着が遅れ、クソの役にも立たなかった形だけの騎士団に渡さなければならないという、な」
「ふふっ、村長、さっきと言っている事が真逆で本音がダダ漏れですよ。」
村長は後半苦虫を噛み潰したような顔で語る。
この村長、堅苦しい所もあるがこうして本音をわざとこぼしてくれる所を私は気に入っている。
「おっと、いかんいかん。つい、な。騎士団の連中には内緒だぞ? だが報告の義務があるのは本当だ。で、私が見ていた限りフレイムオーガを倒したスズシゲ殿は君のところに一番に足を運んだ。君を連れて来た事といい、彼の正体には何らかの形で君が絡んでいる、彼を知る一番の近道はフィリスだろう、と考えたわけだ。どうだろう? 君が知っている事を話してもらえないだろうか? 君と彼の安全は私が出来る限り保証する」
「はぁ、あの状況を見ていた人ならやっぱりそこに辿り着きますよねぇ。正直、私だけで抱え込むには問題が大きすぎるのでどうしようかと悩んでいた所でした。私としても村長の意見を聞きたかったので渡りに船ですね。それでは私が分かっている事をお話しします」
一旦言葉を止める。
これから話す内容はどう考えも、何度考えてもこれからの私の人生を大きく変化させる内容だ。とても私だけではどうしたらいいか判断出来ないので昨夜も寝れずに悩んでいたのだ。
「……結論から言いましょう。彼、キョーヤ スズシゲの正体は、『特具』です」