第8話 後始末
フレイムオーガを倒してから数時間が経った。
キョーヤ スズシゲと名乗った(彼の住んでいたところでは姓名を我々と逆に読むらしい)彼は現在、村の若手達と一緒に自分達が倒した魔物の後始末に奮闘している。
死んだ魔物をそのまま放置しているとアンデッド化することがある。
いわゆるゴブリンゾンビ、オークゾンビ、ウルフゾンビだ。
そうなると細切れにするか燃やし尽くさないと倒せなくなってしまうのでとても面倒になる。
なのでそうなる前に魔石と素材を剥ぎ取り、一ヶ所に固めて燃やす。そうすることでアンデッド化は防げるのだ。
主にキョーヤには剥ぎ取り終わった死骸を一ヶ所に運ぶ作業をしてもらっているみたいだ。
私は、と言うと負傷者の手当てや炊き出しの準備や配膳で村の中を動き回っていた。
そうそうキョーヤと言えば、彼に飛びかかったベルを引き剥がすのにかなり苦労した――
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彼から差し出された手を見て私が話しかけようとした矢先、ベルが彼に向かって押し倒さんばかりのダイブをかましていた。
「ちょ、やめなよ、ベル! 助けてもらったのに失礼だよ!」
「嫌ぁっ! こんな強くて素敵でかっこいい人、はじめて会ったんのですよ! 今この思いを言わなかったら私はずっと後悔するです! だ、だから、その、あの……いきなりですけど私と、け、結婚して下さい!!」
とベルが彼の胸に抱きついたまま、上目づかいで告白、いやプロボーズした。
「あぁ!? えっと、その……なんだ……」
彼はいきなり胸に飛び込んで来たベルニカに対して困惑していることがわかるような生返事する。
あちゃー、初対面で名前もわからない女の子。そして彼自身が置かれている状況もわからない中での告白というか、プロボーズ。いくら見た目が可愛い女の子だったとしても、こんな状況でプロボーズされたら引くよねぇ。
ベルの事を知っている私だって苦笑いするしかない。
引きつった笑いを浮かべながら、周囲に助けを求めるような視線を送るキョーヤ。私が引っ張ろうが説得しようがどうやってもベッタリと離れようとしないベルに対してついに天敵が現れた。
村長ことベルの父親である。
「……ベルニカ、いい加減にしなさい。村を救ってくれた御方に対してお前の態度はあまりに失礼。よく見なさい、あれだけの魔物を至近距離で屠ったのだ、彼の体は魔物の返り血で汚れたままだ。まずはお前の【ウォータークリア】で洗浄して差し上げなさい。話しはそれからだ」
「はーい、お父さん……、【ウォータークリア】!」
渋々といった感じでベルニカがキョーヤから離れ、水魔法の【ウォータークリア】を唱える。
「な、何!? うわ、がぼっぼぼがぁぼぼ…」
キョーヤが一瞬で【ウォータークリア】の水球に包まれ、体に付着していた返り血が水球によって取り除かれていく。完全に汚れが無くなったところで水球はキョーヤから離れて螺旋を描きながら地面に吸い込まれていった。
「不出来な娘が大変失礼を致しました。申し遅れました、私はこの村で村長を務めております、ハウザー・ロアッソと申します。お見知り置きを」
「ゲホゲホ、い、いったい今のはなんだ!? いきなり現れた水に取り込まれたと思ったらあれだけドロドロだった身体や服の汚れが取れてやがるぞ?」
――【ウォータークリア】
各属性共通の中級魔法【クリア】の水魔法版。
【クリア】は洗浄,掃除、処分等を行う。水魔法の場合は汚れを水で洗い流す。火は焼き払い、風は吹き散らし、土は地に埋め、光は効果増幅、闇は影に取り込む、金は消失させる。
「今のは私の娘、ベルニカ・ロアッソの水魔法 【ウォータークリア】です。対象をより清浄な状態にする魔法です」
「ま、魔法……。そ、そうか、助かった。……改めて俺の名前は鈴重 響也という。っとここの言い方だと響也 鈴鈴重になるか」
「ではスズシゲ殿、大変申し訳ないのですがまずは辺り一面に散らばっている魔物の死骸の処理を御手伝い願えないでしょうか? このまま放置しておきますとこれらの死骸がアンデッドがする恐れがあります。本来であれば我々村の者だけでやる作業ではありますが、如何せん死傷者も多く、魔物の死骸も数が数ですので今は一人でも多くの人手が欲しいのです。村を救ってくれた御方に不躾なお願いだと思いますが何卒ご協力願えないでしょうか?」
「構わねぇぜ、乗り掛かった船だ。それをしなければならないってんなら手伝うぜ。どうしたらいい? ここでの勝手がわからないから指示と案内を頼む」
「感謝致します。では、この者に付いて作業をお願い致します」
キョーヤは村長と一緒に来た若者と戦場跡地、広場の方へと歩いて行った。
「さて改めて、……お前はいったい何をしていたのだ? ベールーニーカーッ!」
「ひっ、ひぃ!? ごめんなさいです、おとーさーん!」
彼を見送った後、こっそりついていこうとしていたベルを真顔で説教する村長さん。
ま、いつもの光景ったら光景なんだけど。
……仕方ない、今日もベルに助け船を出してあげますか。
「それで? 村長、私達はどうしたらいい?」
「む、そうだな……。ふぅ、叱るのは後でも出来るか」
ベルが小声で「え? え? また後で叱られるのですか、私?」と呟き、すがるような目でこちらを見てプルプル震えていたがさすがに私もそこまでフォロー出来ないので肩を竦めるだけでスルーしておく。
「取り分け負傷者の手当てや食糧庫を開けてくれるなら炊き出ししますけど?」
私が思い付く事を提案してみる。
と言うのも魔物の襲撃は終わったとは言え、後始末が大量に残っている。怪我人も多いし、襲撃のあった時間帯が夕食時前だったのでほとんどの人が食事を満足に食べないで事に当たっていた。
「……そうだな。よし、ベルニカは負傷者の手当てだ。負傷者の優先順位を見誤るなよ。フィリスは集会所へ行き、皆に報告。その後、負傷者の手当てをする者、炊き出しを行う者をここへ連れてきてくれ。その後の判断は任せる。あと、フィリスは時間が出来たら私の執務室まで来るように。……聞きたいことがある」
「「分かりました!」」
そうして私達は魔物襲撃の後始末に奔走するのであった。