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第7話 凛黒の救世主

 

 時間は少し遡り、フィリス視点――


「……ィー! フィー! 目を覚まして、お願いだから目を覚まして

くださいですよぅ! 貴女がいなくなったら私は、私は――」


「ん……」


 お腹の上に何かが乗っているような感じと全身に包み込まれるような暖かさを感じて目が醒める。

 目を開けると私の目の前には顔くしゃくしゃにし、目を真っ赤に腫らしたベルが座っていた。


「……あ、れ? ベル、どうしたの? そんなに泣いていたらせっかくの可愛い顔が台無しだよ?」


「フィー!? 気が付いたんだ、よかったですよぉ!」


「……ん、あぁ、そっか。私はゴブリンに斬られて……。なんとか生きているみたいだね。ベルお得意のウォーターライフで治してくれたの?」


 ベルはゆっくりと首を左右に振り、私の手を掴み上半身だけ引き起こしてくれる。


「ううん、私じゃないですよ。……たぶんあの人です。あの人が怪我をしていたフィーをここまで連れて来てくれたんですよ。私はフィーが早く目を覚ますように回復魔法をかけていただけなのです」


 そう言ってベルは少し離れた所で戦場と化した広場を駆け巡っている一人の男性を指差す。


「お姫様抱っこされたフィーがこっちに近づいてきてるのがみえて、よく見ればフィーの服が血まみれでね、私は大急ぎで駆け寄ったの。それであの人からフィーを預かって、すぐに怪我の具合を確認したんだけど、私が見た時には怪我はもう治っていたのですよ。ううん、違うな、傷痕すら無かった(・・・・・・・・)の」


「はい? それってどういう事? 確かに私はゴブリンから肩に一撃を――」

「見た方が早いですよ? ほら」


 左の肩口から袈裟斬りにされて血痕で汚れた服をベルにめくられるがそこには傷ひとつ見当たらなかった。


「あ、あれ? 私、さっき確かに斬られて? 出血が多くて? 意識が朦朧として……あれ? どうなってるの? ベルは何か聞いてな――」


 再び視線をベルに向けると遠くを見て驚愕の表情で固まっていた。


「べ、ベル? 何で固まってるの? いったいな――」


 ベルと同じ方向、例の男の人に視線を向けて私も驚愕のあまり思考が一瞬止まってしまった。


「な、な、なんであの人片目がかがやいてんの!? てか、強っ! 何、あの動き!」


 男の人が魔物を一匹また一匹と倒していく。


 動く度にその瞳は赤い光の軌跡を描き、溶けるように空中に消えていく。赤い光に(いざな)われた魔物達はまるで狂信者の様に群がるものの一匹としてその光を散らすことが出来ないまま、己の命を散らしていく。


 幼い頃、副騎士団長だった父さんと騎士団長の模擬戦を見せてもらった事がある。二人とも若い時にこの国の正式な剣術、何とか流を王都まで行って習ってきたのだとか。


 その二人の戦い方と比べるとまったく洗練されておらず、見ているこちらがハラハラするような危うさを感じざるを得ない戦い方だ。


 魔物の攻撃が当たるか否かと言ったギリギリのところで身を翻し、攻勢に転じる。

 上半身を狙ったオークの横凪ぎの棍棒の攻撃を仰け反って無理矢理躱し、起き上がり様自分の上を通り過ぎていった棍棒を追い掛けるように攻撃したり、三方向から攻撃が飛んできても一番早く届いた攻撃を弧を描くように身を屈めて躱して起き上がりざまに反撃、次の攻撃も反対回りで弧を描いて躱し反撃。まるで数字の8を横にしたような動き。

 それらの攻防一体の動きはとても人間業とは思えなかった。


 武器は見るからに持ってない……よね? 素手で殴り殺していることから考えられるとすれば、もしかしてアクセサリー系の高ランクの特具(エクストラ)を持っている、とか?


 瞬く間に近場にいた十匹以上の魔物を倒し、周囲の魔物が彼を危険視し、早急に仕留めんとこれまで以上に集まってくる。

 この村にいる冒険者であれば、数十体の魔物が自分に向かって来れば一匹一匹が格下であろうと数の暴力で来られれば負ける可能性の方が高い。良くて撤退、悪くて戦意喪失だろう。だが彼は違った。


「……ふ、ふふ、ははは、はーははははははっ!」


 何故か、魔物が向かって来る様を見て額に手を当てて笑い始めた。

 最初はあまりの魔物の多さに壊れたかと思ったがすぐに違うとわかる。

 なんと彼は、


「この感じ、堪んねぇな! もっとだ! もっと来い! もっと俺を、殺しにぃ! 来いやぁぁぁぁ!!」


 目を見開き両手を広げて歓待する格好を示したかと思えば、待ちきれないとばかりに自ら魔物の集団の中の飛び込んでいった。


「はぁ!? ちょっ!? なにあれ、自殺志願者!? さすがに誰かフォローしな――」

「……ぁぁん、あの日ともか、カッコいいぃぃぃですぅぅぅ……はっ!? も、もしかして、もしかしてあの方は伝説の凛黒(りんこく)の救世主様ですか!?」


「え? ぇぇええええぇぇーー!? ちょっと、ベル本気!? 突然何言ってるのよ! つか、誰よそれ、凛なんとかって何者!?」


「はっ! そ、そうだよね、今は見惚れている場合ではくて凛黒の救世主様を応援しなきゃですよね!? がんばってくださいですぅー!」


 頬を軽く紅潮させ、とろんとした目で凛黒の救世主とやらを見つめていたベルが私の問いかけでキッとした表情に戻る。

 遠目で顔立ちはよく分からないけど、どんなに強くても嬉々として魔物の集団に飛び込んでいくようなあんな変態が良いとはまったくもって理解出来ないぞ。


 ベルはちょっとぽやぽやして身長が低めだけど胸は大きく、愛嬌のある顔をしているので、村でもトップクラスの美人さんだ。訪れる冒険者や村の若い男どもが虎視眈々と狙っているのを知っている。


 ……なのにベルは凛黒の救世主(あんなの)がいいのかぁ、はぁー、人の趣味ってわからんもんだね。


 あまりの衝撃の告白で視線がベルの横顔に奪われてしまっていたのを元に戻す。


「……えっ? なに、あれ。今度はあの人、両腕になんか黒いオーラ? をうっすらと纏っているんですけど……」


「きゅぅぅぅん、それもそれも素敵ですぅ。ハァハァ」


 ……ベルはだめだ。

 ひとりでハアハアとトリップしちゃってる。今は何を言っても肯定されそうだ。

 私はベルをジト目で眺めつつ、早々に諦めることにした。


 すでに辺りは暗く、周囲の篝火が照らす程度の明るさしかない。

 周りも暗いのでてっきり青系の暗めの色だとおもっていたが彼の髪の色はもしかして『黒』ではないだろうか? それってスキル持ちよりも更に稀少と言われる『黒属性』ってこと?


 そんな考察が頭をよぎっていると彼を取り巻く魔物の攻撃は苛烈を極めていた。この場にいる誰であろうとあの渦中に身をおいたら瞬く間にその命を落とすことだろう。


 だが彼は生きていた、生きて今も魔物を減らし続けている。よく見れば先程のようなギリギリで躱すといったことはせず、ひたすら最短距離で最適な攻撃をし続けている。つまり、ノーガード、アタックオンリー。

 そんな彼の顔に苦痛の色はない。むしろ喜色に満ちているように見える。


 ……うん、気色悪い!

 悪いこと言わないから止めときな、ベル。

 彼の趣味は特殊っぽいぞ?


 そして先ほどから両腕の黒いオーラはより一層濃くなっている。それが影響しているかわからないが明らかに彼の攻撃の手数は増えており、魔物の死骸で地面が見えなくなって来ている。


「くははは、いい、いいな! あぁ、満たされる、心が満たされていくのがわかる! まるで魂が滾たぎってくるようだ! 滾る、滾る滾る滾る滾る滾るーーー! ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 向かって来る魔物をひたすら殴殺する。

 ゴブリンもオークもフラタリーウルフ等々全て。



 ――いったい何体の魔物を彼一人で倒したのだろう。

 軽く見ても三桁は行っていると思う。

 後発組として後からこの地に訪れた魔物達はこの惨状を見るや否や尻尾を巻いて逃げ出している始末。


 つまり、今この場に残っている魔物はあのフレイムオーガだけ。

 そうした状況の中、先程最後のゴブリンを葬った彼はあれだけ俊敏だった動きを停止させている。

 まるで次の獲物を探すかのように周囲を見回し、残ったフレイムオーガに首だけを回し、視線を定める。


「……足りない、()だ足()ない! もっと()! もっと寄越()!……あぁ(アァ)、そうだ居るじゃない()、美味しそ()なのがあそこ()ぃ!」


 辺りは一面魔物の死骸だらけ。

 1匹として生きていることがないと瞬時にわかるくらい凄惨な大地。

 新たな獲物として見初めたフレイムオーガに向かってゆらりと向き直る。


「……その(ソノ)獲物()寄越()


 あれだけ騒がしかった戦場は嘘みたいに静まり返っていた。

 彼が発したその声は決して大きな声ではなかったのに不思議なほどその場によく響いた。

 その言葉を聞いてフレイムオーガを相手をしていた冒険者達は顔を青くして彼に道を譲る。

 当のフレイムオーガも異論はないようで静かに腕を上げて決戦に向けて力を溜めているようだった。


 彼が歩く。


 辺りには彼が積み上げた死骸の山。


 一歩踏み出せば、恐怖を撒き散らし、


 一歩踏み出せば、絶望をもたらし、


 一歩踏み出せば、死を運ぶ。


 フレイムオーガの間合い入ったと思った次の瞬間、静かに力を溜めていたフレイムオーガ渾身の一撃がその腕に紅蓮の炎を纏い、頭上から降り下ろされた。


「まずいっ! いくらなんでもフレイムオーガのあの一撃をまともに受けちゃ――え?」


 離れていても伝わるくらいの衝撃と音。

 巨大な拳が明らかに衝突したはずなのに目の前には想像を越える光景が広がっていた。


「うっそ!? あの攻撃って片手で受け止められるもんなの!? 特具(エクストラ)でも【中具(ミドル)】以上の防具とそれなりの腕力がないと受けることだって難しいはずなのに!」


「おいお……、……? お前…… こんな(・・・)……()!?」


 あれだけの強撃を受け止めながら苦悶の表情はおろか、汗一つかいていない。本来なら誇っていい場面なのだが、フレイムオーガに対して何か語りかけたと思ったら、彼の顔が一気に意気消沈、憮然とした面持ちになったと同時にあの黒いオーラも消えていた。


「………………や。……お前、………」


 拳を叩きつけるような姿勢で固まっていたフレイムオーガがその姿勢を彼の方へ引き寄せられるように大きく崩したと思ったら突如フレイムオーガの頭が回転し始め、勢いは弱まることなくその頭は回転に耐えきれずネジ切れた。


 見れば彼の右手が高々と空へと掲げられていた。下から上へと振り上げるように打ち抜いたのだろうか?

 それにしてはその動作がまったく見えなかった。いや、それよりも何をしたらフレイムオーガの頭をネジ切るなんて芸当が出来るのだろうか?


 通常フレイムオーガなんて弱い固体でも【中具(ミドル)】~【上具(ハイ)】の武具を持った冒険者が数人がかりで討伐するシルバークラスの魔物なのだ。

 今回はたまたま後輩育成で村に来ていた冒険者の中に【中具(ミドル)】を持っている冒険者が数名いたから倒すことはできないもののフレイムオーガの注意を惹きつけることができていたみたいだけど……。


 しかし一撃で倒せるなんて【将具(ジェネラル)】?

 いや【王具(キング)】?

 もしかして覇具(ドミナント)】とか?

 

 噂や文献、伝説でしか伝えられていないそれらの特具(エクストラ)なら可能なのだろうか?

 いくら考えたところで答えなんて出るはずがない。

 今日何度目になるかわからない衝撃な出来事に正常な思考がはっきり言ってまったく追い付かない。


 今考えるべきはどういった魔法や特具(エクストラ)でフレイムオーガを倒した、と言うことではなく、彼が何者なのか、ということ。いや、考えるまでなく確認するべきだ。ベルが先程話したときの感じからすると敵では無さそうだし――


 と、そこまで考えたところで誰かが私の目の前に立つ。考え込んでいたらいつの間にか地面と向き合っていたようだ。

 村長が皆の安否でも確認しに来たのかと思い、顔をあげると魔物の返り血でドロッドロに汚れた凛黒の救世主とやらが立っていた。


「あー、なんだ、怪我は大丈夫か? 俺は鈴重 響也ってもんだ。宜しくな。立てるか?」


 そう言って突然、私に向かって右の掌を差し出してきた。

 最初は「自己紹介? 握手?」と思ったがどうやらいまだに立ち上がっていない私を見て引っ張り上げてたたせようとしているらしい。

 しかし私はその掌を見て気付いた2つの事実に驚愕する。


「貴方ってーー」

「っりがとう、ございますぅぅぅ!!」


 私が気付いたその事実を彼に確認しようと話し掛けた瞬間、隣にいたベルが彼の胸に勢い良く飛び込んでいった――。

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