第5話 初撃破
前方に現れたゴブリンは臨戦態勢でいつ飛び掛かってきてもおかしくなさそうだった。
この女性を抱えたままでもやれなくはないが、まだゴブリンの強さがわからない。ゲームではほぼ最弱の魔物という位置付けが多い相手だが武器を持っているし、万が一ということもある。
この世界の雰囲気からたぶん異世界は間違いない、と思う。
仮にゲームのような仮想空間だと言われてもとてもではないが信じられない。
はっきり言って死んだらおしまいだと思えるだけのリアルさがある。
だからここは慎重を期した方がいい。
今にも飛びかかってきそうなゴブリンを持ち前の悪人顔の目で牽制しながら、足元に女性をゆっくりと下ろすと同時に、地面にあった投げやすい適当な大きさの石を拾う。
そしてゴブリンとの距離は変えずに女性から少しずつ離れて様子を見る。もちろん女性に何かあればすぐにフォロー出来る範囲でだが。
ゴブリンは倒れている女性と俺を交互に見ている。どちらに襲いかかるか迷っているようだ。
適度に女性との距離が開いたところでゴブリンに向かって先程拾った石を投げつけて更に俺の方に注意を向けさせる。
案の定、ゴブリンは俺を先に始末することに決めたらしく、奇声のような雄叫びのような形容しがたい声を上げながら襲いかかってきた。
振り上げたまま、何のひねりもなく、ただ力任せに振り下ろして来た攻撃を必要最小限、ほんの僅かに身体を捻っただけの動きで躱す。
ゴブリンは全力で武器を降り下ろしたが躱されるとは思っていなかったのか、自分の武器の重さに振り回されて無様に転倒していた。
「攻撃自体は単調だったが殺気が乗った悪くない攻撃だった、な。ふっ……はは、……あははははっ」
俺は自分で押さえられないほどの感情が身体の奥底から込み上げてくるのを感じたと同時に脚が震えてくる。この感覚は覚えがある。これはそう、
――歓喜
咄嗟に腰を曲げ前傾姿勢になり、込み上げる笑いを抑えようと片手で口を塞ぎ、もう片方の手で震える膝を抑える。
多分、第三者が見れば俺はゴブリンからのいきなりの攻撃をまぐれで躱したものの震えて動けなくなっていると勘違いされるだろう。
ふと見れば、先程初撃を躱されたゴブリンが体勢を立て直してこれらの方を凝視しながら再び攻撃体制になり、またもや奇声を上げていた。
「……いいぜ。攻撃方法はともかく殺気はなかなかのもんだった。そんな殺気を放ちながら攻撃をされちまったら俺も殺るしか、ねーよなぁ!?」
震えは止まった。先ほどの体勢からゆらりとややのけ反り気味に体を起こし、ゴブリンと対峙する。そして見下すように睥睨する。
すると今まで威勢良く騒いでこちらを威嚇していたゴブリンがピタリと静かになる。
「おいおい、せっかくこっちが殺る気になったってのに止めるとか逃げるとかテンション下がるような真似はすんなよ、なぁ?」
俺が呟いたその一言でゴブリンはビクリッと一瞬震え、先程までの元気はいったいどこへ行ったのか、怯えの感情をありありと示した状態のまま再度武器を振りかぶる。今度は武器に振り回されないようにするためか両手で握っている。
そして今感じている恐怖を振り払うかのように攻撃してしていたのだった。
俺はゴブリンの攻撃にタイミングを合わせて躊躇なくその懐に飛び込む。ゴブリンが持っている武器を降り下ろすのに合わせてゴブリンの顔にカウンター気味のただのジャブをお見舞いする。
するとゴブリンの顔の骨が砕けた様な鈍い感触があったと思ったら俺の拳はまるで漫画か、と思うぐらいゴブリンの顔に深くめり込み、ゴブリンは後方に向かって派手に回転しながら吹っ飛んでいった。
「……は?」
挨拶代わりのカウンタージャブだったのに今、ありえないくらいめり込んでいたぞ?
それにあんなに吹っ飛ぶなんて一体どうなってんだ?
やっぱりゲーム同様ゴブリンって弱い魔物なのか?
もしかして異世界転生とかによくあるやつ、俺の身体能力が上がってたりするのか?
そう言えば、なんとなく昨日に比べて身体が軽いような気がしていたのは確かなんだが、そこまで劇的な違いは感じられないんだよなぁ。
うーむ、わからん。
今の力について色々検証したいとは思ったが先程の女性のこともあるのでこれは落ち着いてから確かめることにした。とりあえず今はそんなことをしている場合では無さそうだ。
吹っ飛んだゴブリンは顔を潰されたからなのかピクリともしていなかった。俺は女性のところに戻ると再び抱きかかえ、喧騒が聞こえている方へと足早に歩き始めた。
しかしなんだ、ゲームや右京から借りた異世界転生ものの小説だと魔物ってのは倒したら魔石なったり、ドロップアイテムを落としたりして死骸とか残らないはずだったのだが、さっきのゴブリンは俺が殴って吹き飛ばされた状態のまま、死んでるみたいだな……。
まあ、いいか。
その辺りのことも含めて落ち着いたらこの世界の人に色々と事情を聞いてみるしかないな。
……まずは言葉が通じるといいなぁ。
何て事を思いつつ、女性を再び抱き抱えて俺は歩きだすのだった。