第4話 初邂逅
「なんだか暖かいな……」
全身が暖かい何かに包み込まれていくように覆われ、身体の部位を一つ一つ、丁寧に撫でられている……ような?
例えて言うなら自分の身体がロボットになり、その身体の各パーツを一回バラバラにして洗浄及び問題がある箇所の修復、全体的な補強を施すかのような、そんな感覚がした。
「……は!? ……なん、だ、ここは?」
気が付けば立った状態で意識を取り戻していた。
反射的に目を開いた時、そこは見知った大きな交差点でもなく、病院のベッドの上でもなく、まったく見たことのない光景が広がっていた。
拭いきれない違和感とまとわりつくような空気感を感じながら、そのまま目線だけを動かし周囲をじっくり観察する。
薄暗く木造の室内ようだが生活感がまるで無い。
物置でもない、何のための部屋なのか一見してわからない不思議な部屋だった。
どうやら身体が動かないわけではなかったが記憶の最後の場所からあまりの状況の変化にそんな行動しか瞬時に取れなかった。
「俺は朝の通学途中、あの交差点で……『アイツ』が運転するトラックに……確かに、全身がバラバラになるような感覚があった……はずなんだがな……」
両手を胸の前まで上げ、手のひらを握ったり開いたりして自分の身体を確かめる。
そのあと、身体を一通り動かしてみるがこれといって異常らしい異常はなかった。
「正直、わけがわからないな。俺、トラックに引かれた、よな? 怪我をしていたなら病院のベッドの上で目が覚めるのが普通……いや、トラックにひかれるのは普通じゃないか。だけど引かれてこうして死んでるわけでもなく五体満足、怪我をした形跡もないってことは――右京に借りた小説での定番だと異世界転生もしくは召喚ってことになるのか? 神様も女神様も不思議な存在も何も出てこなかったんだがここはいったいどこなんだ? もしかして異世界なのか?」
今まで読んだ小説では異世界へ行った後は何らかの存在が状況を説明してくれたり、チート能力を授かったりするのが定番だった。
雰囲気的にこのままここにいてもしょうがないと思い、とりあえずこの薄暗い部屋を出ようと足を一歩踏み出す。
「ぐにゅっ」と何か柔らかいものを踏んだ感触があり、慌てて足を上げ、踏んだものを確認する。
「な!? 人間、だと!?」
今までこの特異な雰囲気に飲まれてまったく気が付かなかったが足元にうつ伏せでローブ的なものを着た長髪の女性が倒れていた。
よく見れば左の肩口だけ服の色が変だ。(薄暗いからよく分からないが)全身を見てもクリーム色っぽい単色のローブなのにそこだけやけに色が濃い。
いや、これは色が濃いというよりも……まさか――
「おいおい、マジかよ。これ致死量なんじゃねーか?」
女性をうつ伏せの状態から仰向けにひっくり返す。
この状況を見た瞬間から頭によぎっていた最悪の展開が目の前に拡がる。仰向けになった女性の服は血だらけで素人でも一見して致死量と疑うくらいの出血量だった。
そして、この薄暗さにもようやく目が慣れてきて状況認識が深まる。
意識が覚めたときから感じる明らかに日本とは違う濃密な空気、その空気を吸えば吸うほど身体の奥から湧いてくる力、この部屋の床の半分以上を埋め尽くす魔方陣、そして怪我をして倒れている、いかにも魔法使い風の女性。
最初は別の人間に転生、そして覚醒した可能性も考えたがよくよく見れば俺の服装はあの朝着ていた学ランのままだった。
「こんなファンタジーの一端が垣間見える状況で学ラン……。夢でなければ異世界召喚だよなぁ、これって。しかし、倒れている人どうするかな? まさか本当に死んで――」
「んん……」
「!?」
仰向けにしていた女性が身じろぎする。
かなりの出血量だったので死んでいると思っていたらどうやらまだ息があるようだ。幸いにも今は出血していないようだがこれだけ服に血が滲んでいるんだから、早急に治せる人にみせる必要があると思う。
「ここがどこかいまだにまったくわからんが今は情報が欲しい。そうなると行動する、しかねえよな」
見渡してみるがこの部屋にはドアは一つしかなかった。
そしてドアは開いている。
ドアの向こう側から血痕が続いており、部屋に入った辺りから血痕の量が増え、這いずるように女性まで続いていた。
この女性はこれだけの流血をしながらこの部屋まで来て、そして倒れ、這ってこの魔方陣まで来たのだろう。
つまりドアの向こうには先に殺意を持った何かがいると可能性があるということだ。
「とりあえず様子を見てくるか。人を抱えたままじゃいざってときに対処出来ないしな。その前に容態は、っと。熱は――ん? いや、ないか。うん、幸い呼吸も落ち着いている、今のところ出血も止まっている、な。……よし、なら行くか」
額に手を当て、呼吸を確認した。額に手を当てた際に髪留めが気になったが取り急ぎ出血がないことは確認できたので頭の中を喧嘩モードに切り替える。
そして静かに血痕を辿る。
少し歩くとちょっとだけ広い部屋に出た。
これといって品物は見えないがカウンターがあるので何かの商売をするための部屋だというのが伺えた。
血痕はその部屋のドアの向こうへと続いている。
透明度の低い窓から注意して外の様子を伺う。
外は暗い。
電灯などはなく、道には一定間隔で篝火が焚かれている様子が見える。
耳を澄ませば、遠くの方から喧騒や金属が激しく打ち合う様な音が聞こえる。
まるでどこかで派手に喧嘩しているような、そんな感じの喧騒だった。
異世界の可能性を考慮すると戦闘かもしれない。
とりあえず目の前の道に人影はない。
さて、どうする?
もしあの喧騒が人間同士のものであれば、あの女性がどこの勢力の人間かわからない。場合によってはこちらに危険が及ぶ可能性がある。
だからと言ってあの部屋に置いていくのはこの体に染み付いた染み付いた爺さんの教えに背くことになる。
せめてあの女性の所属、身分でもわかればなんとかなりそうなんだが。戻って身体検査でもしてみるか?
そんな事を考えながら他に情報がないものかとドアを少し開けて更に周囲を伺う。
これまで続いていた血痕ほ少し行った先の地面で途切れていた。
そしてそこに横たわる緑色の塊。
RPG等でよく見るやつだ。
無言でドアを閉め、先程の女性の元へと急いで戻る。
「……なるほど、わかってきたぞ。やはりここは十中八九、異世界で間違いなさそうだ。いくらハリウッドのセットだと言われてもこの濃密な空気やあの緑の死骸の異様さや存在感までは説明がつかない。あの女性は魔方陣で何かするために戻ってくる途中、緑のやつと遭遇して倒したものの深手を負った、というところか」
女性ところまで戻り、お姫様抱っこで抱えて先程のドアから外に出る。見た目よりも傷は浅いのか、女性はすうすう寝息をたてているようだった。
「こんな派手に怪我したってのに呑気なもんだぜ、ったく。っ!!?」
先程、外に人影や気配が無かったことに加えて腕のなかにいる女性の呑気さに呆れていたことで油断していたのだろうか。
「っのタイミングで出てくるかよ!」
ドアを出て右手側、その少し先に薄緑色の魔物、ゴブリンが少し長めの武器を片手に構え、こちらに向かって臨戦態勢で待ち構えていた。