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第2話 世界が変わった、瞬間

 

 私は勢いよく集会所の外に飛び出した。


 改めて辺りを見回すと外はもう薄暗くなりかけていた。襲撃が夜になることの備えとして村の中には要所要所に篝火が点在しており、現在行われている戦闘が最初から長引くと予想されていたことが伺えた。


 建物の外に出たので正門方向からより一層激しく争う音が聞こえてくる。

 戦況はどうなっているのか? 優勢? それとも劣勢? ここでは戦況がわからない。

 正門に向かって一直線に走って行きたい気持ちを抑え、私は自宅へと全力で走りだした。


 走りながら再度考える。


 特具エクストラを召喚する。

 私にはこれしかない。

 これでしか皆の力になれない。

 今までは召喚出来なかった。でも私だって諦めていたわけではない。

 こんなスキルを持っているのだから、昔一度や二度試して出来なかったと言って諦めるつもりはさらさらない。

 これまでも、そしてこれからも。


 自分の店に走って向かう途中、正門前に繋がる道を横切った。

 大人達と魔物達の激しい攻防が繰り広げられているのが遠巻きに見えた。その中にべルニカとアグネスの姿もかすかに見えた。必死になって大人達に混じり、回復や補助魔法を行っている。

 パッと見ても魔物は多数、対する大人達は少数。

 特に魔物たちの中に一際大きく、燃えるように赤い魔物がいてその魔物に数少ない冒険者たちが足止めされているようで、大人達の旗色は正直悪そうに思えた。


 あれは……オーガ! しかも希少種のフレイムオーガ!


 数が少ない冒険者、しかもこの村にいるいつもいる初心者や初級者ではあんな強敵の相手は無謀としか言いようがない。


 目を凝らし、村人達や冒険者の武具を鑑定しようとしたが見えない。やはり鑑定は近くでないと行えない。だけど遠目でも分かるくらいボロボロなことに気がついた。激戦だからだろうか、どの武具ももう少しで限界に来るのが簡単にわかってしまう。味方の武具が壊れてしまえば、早々に戦線が瓦解する。


 ある程度は武具の予備もあるだろうけど、タイムラグ無しで武器の交換はできない。どうしたって交換の際に隙が出来る。

 結局、私やこの村に残された時間は長くないということだ。

 私は一刻も早く自宅へ戻って召喚を完成させなければ、と自宅へ再度走り出した。


 もう少しで自宅に着くという正にその時、横手の路地から正門を攻めている部隊からはぐれ、こちらへ迷い混んだと思わしき1匹の薄い緑色のゴブリンと遭遇する。


 まずい!

 いくら魔物の中でも最弱クラスのゴブリンとはいえ、今の私は丸腰、武器なんて持ってない。


 ゴブリンはフードを被っているとはいえ、雰囲気から(弱者)だということを察したらしく、私の全身を下から上へと舐めるように見て、ニタァとなんとも薄気味悪い笑みを浮かべる。そして手に持っていたボロボロのショートソードを片手で構え、ジリジリとにじり寄ってくる。

 そんなゴブリンから発せられる醜悪な感情に嫌悪感と恐怖から鳥肌が立つ。


 このままゴブリンの慰みものになる気は私にはこれっぽっちもない。自宅まであと少しだというのにこんな相手、ゴブリンなんかに立ち止まってなんていられない!


 自分自身を鼓舞してふと左右を見ればすぐ近くの家の玄関横に薪割り用の小さい鉈が転がっていた。それを素早く取り、ゴブリンに向かって私は正眼に構えた。


 昔、副騎士団長をしていた父さんから受けた剣術の手ほどきと習いに行っていた剣術を思いだす。

 十七歳の小娘の非力な腕力と剣術かつ魔法が使えない私でゴブリンを無傷で倒すなんて思い上がったことはさすがに考えていない。腕の一本や足の一本を失ってでもいい、とにかく倒すつもりでゴブリンに一撃を与えてやるっ!

 そんな覚悟で鉈を握り締める。


 ショートソードを振り上げ、その姿勢のままで私を物色する様な目で見つめるゴブリン。

私も正眼に構えたまま動かない。


 いったいどれぐらい見つめあっていただろうか?

 実際にはほんの数秒だったかもしれない。初めての戦闘、殺し合いはとてつもなく緊張して、私にはかなり長い時間そうしていた様に感じられた。


 篝火にくべられている木が爆ぜる。

 その音をきっかけとしてゴブリンが奇声をあげながら、振り上げたショートソードで袈裟斬りに襲いかかってくる。



 ――「フィリス、戦闘を恐れるな。恐れれば判断が鈍る。戦闘では一瞬の判断の遅れが致命的になる。死中に活はある。ピンチはチャンスだ。状況を見極め、相手の行動を予測しろ。どう動くのが最善なのかを常に考えろ」


 またあるときは、


 ――「剣の根元の部分は切れないわけではないがそこまで切れ味が良くない。どうしても一撃食らう可能性があるのであれば、勇気を出して出来るだけ根元で受けろ。そして肉を切らせて骨を断て!」


 そんな父の言葉がなぜかこの瞬間、思い出された。




 ゴブリンの攻撃が私に迫る。


 怖い!

 怖い怖い怖い!

 攻撃してくる方向が分かっていても相手から殺意を持って刃物を向けられるというのはこんなにも怖いものなのか。

 今すぐ背を向けて逃げ出してしまいたい。

 駄目だ!

 ここでこの恐怖に負けて諦めていたら、逃げ出していたら終わりだ。

 仮に逃げて生き延びたとしてもあとで私は絶対に後悔する。

 だからここは逃げちゃ駄目なんだ、諦めちゃ駄目なんだ!


 私に向かってくる凶刃に対し、意を決して懐へと一歩踏み込む。意表を突かれた形になったゴブリンの剣筋は、そのまま降り下ろすか、軌道修正するかで迷いが生じた、ように見えた。

 私は無我夢中で鉈の先端をゴブリンの首へと一直線に突き込んだ。


 次の瞬間、ゴキリという鈍い音と共に肉と骨が砕けたような感触が伝わって来た。首に一撃をもらったゴブリンはビクッと身を震わせた後、あり得ない方向に首を曲げてドサッと地面に倒れた。


「は、ははは、やった、私でも……魔物を倒すことができた。やったよ、父さん」


 そう思った途端、腰が抜けてヘナヘナとその場に尻餅をつく。同時に今になってドキドキと鼓動が早鐘を打ち始めた。

 だが、そこでハッと我に返る。


「駄目、まだこんな所で尻餅をついて安心している場合じゃない!」


 早くみんなのために《武具召喚》を成功させ、特具エクストラを持っていかなきゃ!


 そう思い、再度気合いを入れ直して目の前にある自宅へと駆け出して行く。


 自宅へ着き、ドアの鍵を開けようと思い、いつも鍵を入れている左のポケットに手を伸ばそうとしたが避難する時にベルニカと急いで飛び出してきたので鍵をかけていなかったことを思い出した。


 急いで右手でドアを開けて中に入る。


 私のお店は、お店と言っても基本的には《武具鑑定》しかしていないので室内に特別な商品はない。

 山で採取した薬草やら暇なときに作った御菓子等を置いている程度で店の中はどちらかというと閑散としている。


 急いでカウンターを迂回して店の奥にある自室に入り、さらに奥の魔法陣のある部屋へと向かう。


 その部屋に辿り着いた時、目的だった部屋まで来たということで心身的に一息ついたからだろうか、ふと何気無く自分の身体を見下ろした。


「えっ!?」


 見れば服は切り裂かれ、肩口からべったりと血が付いていた。

 ……私はさっきゴブリンを一撃で倒したよね?

『肉と骨が砕かれたような感触が伝わって来た』よね?

 あれってもしかして……?


 私は恐る恐る切り裂かれた服を捲って初めて今自分の置かれている状況を認識した。


 私は先ほどのゴブリンからの一撃をどうやらもろに受けていたらしく、左の肩口からばっさり切られていた。

 ゴブリンの剣先に迷いが生じたせいか、幸い傷は浅いように見えたが気付かずに放置していたせいでとりわけ出血が酷い。

 今まで認識していなかったから全く痛みを感じていなかったようだが一度認識してしまうともうだめだ。


 一気にどうしようもないくらいの痛みが襲ってきてその場に膝をつく。膝をついた時に背後を何気なく見る。そこには(おびただ)しい量の血痕の道が出来ていた。


 ……まずい。

 視界がぼやけて来た。

 それになんとなく寒くなって来た。

 このままでは、私は何も出来ないままここで果ててしまう。せめて、せめて、今戦っている人達の為に一振りでもいいから特具エクストラを召喚したい!


 この村に来てからも独学で魔法陣を作成して《武具召喚》の成功条件を模索し、ずっとずっと何度も何度も挑戦し続けて来た。


 だけどこの一年間ずっと試しているのに一度も《武具召喚》が発動されたことはなかった。

 今から行う召喚で何度目の挑戦になるかわからない。

でも、だからといって今回もまた失敗するとは限らない。

 いや、今回こそ、必ず、召喚して、みせる!


 せっかく父さんと母さんが私に与えてくれた大事な大事な大事なスキルだ。

 私は絶対に最後まで……諦めない!

 何度だって挑戦してこの《武具召喚》を発動させてみせる!

 だから私は、ここで死ぬわけには……いかないんだ!


 霞んで来た視界、震える身体、思い通りに動かなくなってきた手足に活を入れ、一歩また一歩と部屋に入る。

 早く魔法陣のところに行きたいのに身体がいうことを聞いてくれない。長時間正座して立ち上がったときのように手足の感覚が無い。


 段差も何もないのに転ぶ。

 足に力が入らなくなってきた。

 仕方ないのでかろうじて動く右手で這って、這って、這って……やっと魔法陣まで辿り着いた。


 視界もほとんど見えなくなっている。

 目を凝らすと、かろうじて魔方陣の文字が見えた。

 どうやら魔法陣の中心付近まで来てしまったようだ。

 でも、もうそんなことはどうでもよかった。



 今、この一度、この一回だけでもいい!

 私に、私に《武具召喚》させて!

 そうでなければ私が生まれてきた意味も、こんな私を育ててくれた両親にも、私を受け入れてくれたこの村の人たちにも申し訳が立たない!

 みんなを、この村のみんなを……助けてくださいっ!

 どうか、どうか、お願いします! 


「私に……力をっ……下さいっ!!」



 先程倒れた拍子に頭を覆うフードが捲れたようで長い白髪が顔にかかっていた。

 薄れゆく意識の中、魔方陣に魔力を流しながら私は必死に願う。


 もう誰に対して願っているのかわからない。

 一年前に王都に居る特具エクストラ召喚士の人に教わった召喚の呪文なんて関係なしにただ必死に願う。

 ただ必死に魔力を流す。

 魔法陣に頬をすり寄せ、手で文字を撫でながらありったけ、渾身の全ての魔力を流し込む。魔力を流せば流すほど、私の意識は薄れ、途切れそうになる。


 自然と溢れた涙が頬を伝い、魔法陣の上に落ちた――




 ――そんな必死の願いが通じたのか魔法陣は輝き始める。

 次第に輝きは強くなり、地面に描かれていた魔法陣から幾重もの複雑な魔法陣が重ね出る。

 そして魔法陣の光が一際強く輝いた、次の瞬間――


 身体が軽くなり、とても暖かく柔らかな光に全身が包まれ、私は辛うじて繋ぎ止めていた意識を手放した――






























 後に私は気付く。


 私の持っている力が


 私の認識していた精神が


 私を取り巻く状況が


 所謂『世界が変わった瞬間』とはこの時だったのだと。


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