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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

幸せへのプロローグ

作者: めりーさん

俺の人生は確かに幸せだった。


楽しい時も辛い時もそばにいてくれた嫁。そして、俺達の元に生まれてきてくれた娘と息子。


日々を共に過ごし、共有してきた家族が、目の前で食い殺されるその日までは。


集団で行動する狼の魔物『バーサークウルフ』が、俺たちの住む村を襲ったのだ。全村民合わせて30人ほどの小さな村。みなが親戚の様なものだった。


そんな大事な人達が、目の前で血しぶきをあげた。


「ぎゃぁぁぁぁ!!」


喉が張り裂けてしまいそうな程の絶叫があがる。そんな叫びも食料を美味いものへと昇華するスパイスだと言わんばかりにバーサークウルフは低く唸りながら咀嚼音をたてる。


「来ないでっ!来ないでっ!!」


村唯一の雑貨屋を営んでいた奥さんが必死に逃げ回っている。そんな光景を視界に入れた俺は。


(助けに行かないと)


そう思いはしたけれど


「あ、あぁ……」


行動に移すことは出来ず、無様に意味の無い音を漏らした。


バーサークウルフが鋭利な爪で奥さんの背を引き裂き、そこから噴出した血を浴びながら、頬の無い口でかぶりつく。


上がる悲鳴。


だが、そんな悲鳴をかき消す程の、助けを呼ぶ声。


何を考えるでもなく、立ち尽くす。手足が動かない。目は開いている筈なのに、景色を映していない。頭の中は真っ白で、傍観する第三者であるかのよう。


俺が呆然と突っ立っている間に、雑貨屋の奥さんは肉塊へと変わっていた。


何も映らなかった、瞳に鮮明に映る肉塊。紅くドロっとしたジャムの様な血が、肉塊とバーサークウルフの口元にベットリと付着している。


先程まで人間の足であったであろう肉塊(もの)が、未だにピクリピクリと痙攣を繰り返す。


「う"ぼぇ!!!」


胃からせりあがり、口から強制的に吐き出される嘔吐物。だが、普段なら感じるはずの気持ち悪さや嫌悪感などこれっぽっちも湧いてこない。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


息が荒くなる。目に涙が溜まり視界がボヤける。食道の焼け付くような痛みや、止まらない手足の震え。速まる鼓動。体は、脳は、恐怖を全身で感じていた。


それでも。


逃げないと。逃げないと死んでしまう。


本能が叫ぶままに、この場から少しでも離れるために体を動かす。


1歩。1歩。1歩。


数時間歩いたかのような錯覚と、疲労感を感じ、後ろを振り返れば、何も変わっちゃいない。歩いた歩数は3歩だけ。


無理だ。無理だろう。


そんな諦めが頭を過ぎる。未だ鳴り止まぬ絶望の叫びが、そんな思いをより加速させてゆく。


だが、そんな叫びも一瞬で消し飛ぶ。


「やめてっ!ごめんなさいっ!あなたっ!」


その悲鳴は、間違いなく嫁のものだった。


「ママっ!」


これは息子の声だ。


「嫌だよぉ……」


これは娘の声。


ああ、俺はまだ死ねないじゃないか。愛する者達が、今そこで窮地に追いやられているのだ。


俺の大切な、愛した3人を死なせはしない。


「う"おぉぉぉぉぉ!!!」


己の中の恐怖を紛らわせるために叫ぶ。それでも恐怖がなくなることは無いが、体は動いた。


全速力で走る。悲鳴の聞こえた方向は我が家の方向と一緒。


この角を曲がれば直ぐだ。


ほら、もう見えた。大丈夫。まだ大丈夫。大丈夫はずだ。10秒も経ってないだろ?大丈夫、大丈夫だ。


破壊されている我が家のドアをくぐると、そこには、頭を齧られた嫁の死体があった。


「あ"、あ"、あ"ぁぁぁがぁがぁあガガガがぁがあギャがァァア!!!!!!」


立てかけてあった農作業用の鍬を手に取り、振り回す。戦い方なんて知らない。だからめちゃくちゃに振り回す。


俺の頭は何も考えられない程の怒りでいっぱいだった。


鍬で空気を斬り裂いていく。


死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!………………………………あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ。


あ?


いつの間にか、俺は地面にへばりついていた。


そして、聞こえてくる咀嚼音。


視線をゆっくりと下げる。じんわりと紅く染まった服が視界に入る。次いで目に入るものは──


「あがぁぁぁぁぁぁ?!」


死ぬ。痛い。死ぬ。痛い。死ぬ。痛い。


視界の端に映る、我が子達が食されていく姿。泣き叫びながら、俺に手を伸ばし助けをもとめている。


そんな光景を前に、手を差し伸べることはできず。怒りも、憎しみも、虚しさも、寂しさも、喪失感も抱くことは許されなかった。


俺の意識は闇へと消えた。





死んだはずの俺は、見知らぬ土地で3歳児として過ごしていた。


あれは夢だったのであろうか。ふと、そんなことを思う。だが、それは有り得ない。何故かは分からないが3歳児となった今、悪夢となってあの光景は蘇ってくる。


家族同然だった村のみんなの死体。愛する家族が喰われていく光景。あの時の手の震え、恐怖が、昨日のように思い出せる。


そして、安全となった今だから感じられる、魔物への憎しみ。殺したくて、ころしたくて、コロシタクテ仕方が無い。だが、そんな感情を鎮めるように現れる喪失感。


愛する者の亡き今、俺はどうしたらいいのだろうか。


そんな生きる意味の分からぬ生活は、突如終わりを迎えた。





買い物の帰り、迷い込んでしまったスラム。そんな所に3歳児が迷い込めばどうなるかは考えずとも分かる。


腐った大人に食いものにされるのだ。


目の前に現れた男は獰猛な笑みを浮かべ、俺が抵抗する間も無く縄で縛り、担ぎあげた。


そのまま売り飛ばされるだろう事は、思考だけは大人である俺には簡単に予測できることだった。


理由のわからぬ2度目の人生も、ここで終わりか。


生まれ変わって(?)数ヶ月。死を覚悟した時だった。


「この野郎っ!」


俺を担いでいた男を誰かが殴りつけたのだ。


「俺の息子を返せっ!」


怒気のこもった声が、空気を揺るがせる。


男の手から浮き上がり、地面に落ちそうになる俺を父は優しく受け止めた。


「無事でよかった……本当に……」


そんな父の安堵を邪魔するかのように、男は起き上がる。


「てめぇ…」


だが、そんな男も一目散に逃げ出した。


「無事なの?!」


母が警備兵を連れてやって来たのだ。母は俺が無事なのを確認すると、涙をボロボロと流しながら頭を撫でた。前世とは違うオレンジ色の髪の毛が、母の手の隙間から溢れる。


3歳児として目を覚ました時は、『俺では無い』と嫌ってい髪が、この時、俺は好きになった。父と母と同じこの髪色が。


そして、この事件で俺は決意する。家族を守れる力を手に入れようと。


そこからは早かった。家でできるトレーニングをコソコソと始め、6歳から両親に頼み込み近くの剣術道場へと通い始めた。同時に、冒険者とも交流を持ち始め、魔法も基礎程度だが教えて貰う様になった。



そして時は流れ、16歳。この国での成人を迎えた俺は、成人式の行われる王都へと向かっていた。


ガタゴトと激しく上下する馬車に揺られながら、王都へと着実に前進していく。20人ほど乗せられるこの馬車は満員であり、賑やかな話し声に包まれていた。


「お前は騎士になりたいのか?」


父の質問に対し、俺は首を横に振った。


「俺は父さんと母さんの跡を継ぐよ」


「ん?そうなのか。ならなんで剣術なんか習ってるんだ?」


「それは父さんと母さんを守り──」


俺が言い切る前に、馬車が急停車し御者が怒鳴るようにして言った。


「魔物がでたっ!!」


魔物っ!


俺はすぐさま腰の剣に手を掛け、外の様子を窺う。


視界に入ったのは、狼の魔物。自然と力が入る。だが、怒りで我を失っては守れるものも守れない。


深呼吸し、心を落ち着かせる。


「ワイルドウルフが20匹ほどだ!くそっ!数が多い……しかも囲まれている」


馬車の護衛として雇われていた男の声が聞こえる。護衛はCランクの冒険者1人にDランクの冒険者が3人だったはずだ。俺はDランク上位くらいの力があると冒険者のお兄さんに言われたから、Dランクの戦力は4人。俺を含めて戦えるのは5人になる。


ただの5対20なら勝ち目はあるが、俺達は馬車と人を守らなければいけない。厳しい。不可能に近い。


通ってきたルートは比較的安全であり、群れる魔物なんてほとんど出ない筈だった。だから雇っている護衛が少ない。


くそっ。どれだけ不可能に近かろうが俺は決めたんだ。大切な人を守ると。


「おらァァァァ!!」


父と母の抑制を振り切り、俺は馬車を飛び出した。


既に抜き放たれている剣を振り下ろし、近くまで迫っていた1匹を両断する。


こいつらは単体じゃEランクだ。群れれば危険度Dランクはあるが、1匹ずつなら……


馬車を挟んで反対側からも、戦闘音が聞こえてくる。護衛の冒険者も戦い始めたのだろう。ならは、後ろは任せて俺は前だけに集中する。


残りは6体。いける。やってやる。


6体のワイルドウルフによる、見事な連携。右から、左から、上から、全部かわしきれたと思えば後ろから。


俺は傷を作りながらも、着実に狼を仕留めていった。



「はぁ、はぁ……」


体はボロボロだった。今すぐに崩れ落ちそうな程だが、父と母に伝えに行かなければならない。俺は無事だと。やってやったぞ、と。


フラフラとした足取りで振り返る。


「え?」


振り返った先にあったものは、俺が想像していたものでは無かった。


破壊され血に濡れた馬車。無様に倒れ伏す冒険者。そして、食い散らかされている乗客。その中に父と母の姿もあった。


「え、あ、う"、あ"?」


よたよたと歩きながら手を伸ばす。


嘘だよな?俺は……守る為に……何でだ。俺はまた…


言いようのない感情が駆け巡る。もはや涙すら出ない。この渦巻く感情はなんなんだ。怒りか憎しみか悲しみか自分に対する呆れか。


ワイルドウルフよりも一回り大きな狼が馬車の影から姿を現す。


こいつにやられたのだろう。だが、俺は何も出来なかった。いや、何もする気になれなかった。


1歩、1歩、1歩。3歩進んだところで俺は膝から崩れ落ち、完全に地面に倒れる前に喰われた。



◆◆


3度目も生を受けた。目覚めたのは5歳だった。


俺は直ぐに修行を開始し、冒険者になって強さを求める旅に出た。そしてまた、死んだ。共に旅した仲間を失い、無力さに打ちひしがれながら。


4度目は2歳だった。俺はまた強さを求める旅に出たが、仲間は作らなかった。そしてあってなく死んだ。


5度目は3歳だった。6度目は4歳だった。7度目は5歳だった。8度目も5歳だった。9度目は2歳だった。10度目は4歳だった。


我武者羅とも言えない、取り憑かれた廃人のように力を求める人生。もはや辛さすら感じず、感情すら欠け始めていた。



何度目の人生だろう。今回の目覚めは5歳。何百回も人生を繰り返してきたが、初めての出来事に遭遇した。


親がいないのだ。


目覚めたのは森の中。不気味な鳴き声と多くの気配が存在する生命の宝庫。


そして俺は気づく。


親がいない……ならば俺は何を守ればいいんだ。


そして


今までの人生は親を守るためだったのか?親から遠く離れてどうやって親を守るつもりだったんだ。


これまでが無意味な人生であったの知った俺は静かに命を絶つ──ことは出来なかった。


「俺は…俺はっ…!」


涙が止まらなかった。俺は何のために生きているんだ。なんで死ねないんだ。


逃れられぬ生に、俺は絶望した。





出会いは突然だった。



10年間森を生き抜き、さまよった挙句、ようやく森を出られたのだ。


そして出会った少女。


「あなた死んだような顔してるわよ?」


クスクスと上品に笑う少女は、太陽の陽を反射する金色の髪もあってか、とても眩しかった。


「幸せなこと思い出してみたら?少しは気分が良くなるわよ?」


幸せ……?


「あら、あなた幸せなこと無かったのかしら?勿体ないわ!人生楽しんだもの勝ちよ!幸せになる為に、自分の為に人間は生きてるんだから!」


自分の為に?


「仕方ないわね!私が幸せを体験させてあげるわ!」


それは自分の為?


「そうよ!あなたと旅することで私にも新しい幸せが見つかるかもしれないわ!さあ、行きましょう!」


差し出された手を、俺は───



行き着く先が『死』だとしても、行き着くまでは『幸』でありたい。


──俺は死を迎える為に、彼女の手を取った。








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[一言] 今のところハートフルよりハートフルボッコですね(´;ω;`) ハートフルをお願いします。
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