幸せな日常が終了しましたどうしますか?
「・・・はっ!」
ベッドで寝ていた青年が勢いよく起き上がる。
「何か嫌な夢を見ていたような気がする」
青年━━日野聖也は額に手を置き、考え込むようにして夢の内容を思い出そうとしていた。
ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ
目覚まし時計の音が鳴り響く。夢の内容を必死に思い出そうとしている聖也を横目に目覚まし時計の騒音は鳴り響く。次第に、聖也は目覚まし時計の騒音にイライラし、
「うっせーんだよ!この、騒音機が!」
ピピピピ、ピ・・・
聖也は目覚まし時計のスイッチをオンからオフにした。ふー、ふーと息を荒立てながらも、聖也はこれで夢の内容に集中出来ると思っていた。
自分の部屋のドアをノックする音が聞こえてくるまでは。
コンコン
「お兄ちゃんどうしたのー?」
(まずい!夏夜だ!)
夏夜こと、日野夏夜は聖也の妹で料理は上手く、家事はでき、面倒見も良く、いつも聖也の事を気遣ってくれる、まさに最高の妹なのだが・・・
聖也は少し焦った表情をして布団をかぶり黙った。
「・・・お兄ちゃん?何かあったの?」
夏夜が心配そうに部屋の中にいる聖也に聞いてくる。
「・・・何もないの?」
(頼む、そのまま何事も無かったのようにリビングに戻ってくれ!)
「・・・」
ペタペタペタ・・・
(リビングに戻ったか?)
聖也がゆっくりと布団から顔を出し部屋の扉を見る。すると、
ダッダッダッダッ
(いっ!)
足音が勢いよく部屋の前に近づいてくる。
カチャカチャ
扉の鍵を開けようとする音が聞こえる。
(大丈夫だ、鍵は俺しか持っていない。夏夜が部屋に入ってくることはないだろう。)
聖也は心の中で安心していた。扉の鍵が解錠される音を聞くまでは、
カチャカチャ・・・カチャン
ギィィィィ
部屋の扉が開く。
(嘘だろー!!!)
聖也は焦った。何故、自分が所有している鍵でしか扉を開けることが出来ないのに、夏夜は普通に開けることが出来たのか。
「お兄ちゃん、大きな声を上げていたけど大丈夫?何かあったの?」
まるで何事も無かったかのように聖也に質問してくる夏夜。夏夜は、ベッドで寝ている聖也に近づき、
「お兄ちゃん、もしかして寝言?」
ベッドで横たわっている聖也に問いかける。
(そうだ、だから早くリビングに戻ってくれー!なるべくお前とは関わりたくないんだ!)
聖也が夏夜の事を避ける理由それは、
「お兄ちゃん、寝てるならいいけどそろそろ時間だから起きてほしいなー。じゃないと・・・」
バサッ
聖也が被さっている布団を夏夜が剥ぎ、聖也の耳元で夏夜が甘ったるい声で囁く。
「・・・襲っちゃうよ♪」
「やめて下さい、今すぐ起きます。」
聖也が勢いよくベッドから起き上がる。夏夜は残念そうにため息を吐き部屋から出ようとする。夏夜は、聖也に背を向けながら聖也に忠告する。
「じゃあ、早く着替えて一緒に朝ご飯食べよ。先にリビングにいるから、もしも来るのが遅かったら・・・」
夏夜が聖也の方に振り向きにっこりと微笑みながら、
「無理やりお兄ちゃんを襲うからね♪」
「それだけは止めてくれ」
聖也は顔を引き攣らせながら夏夜に返事をした。
聖也が夏夜の事を避ける理由は、夏夜がブラコンだからだ。それも重度のものだ。
夏夜がブラコンになったのも理由がある。現在、日野家には聖也と夏夜の2人しかいない。2人の父親は交通事故で亡くなり、母親は父親の後を追うように病気で命を落とした。両親を無くした2人はまだ中学生で、お金もなく、母親の実家に引き取られた。高校生になり元の両親と一緒にいた、実家に2人は帰ってきて、聖也と夏夜は2人暮らしを始めた。両親のことが好きだった夏夜は、両親が亡くなり、周りには頼れる人が聖也しかいなかった。いつの日か、夏夜は聖也に依存するようになり、夏夜は聖也の事が好きになっていった。そして、高校生になってからは夏夜のスキンシップが激しくなった。最近では聖也の事を見る目が変わっていき、家族ではなく、1人の男性として見るようになっていた。
「依存するのはいいんだけどなー、あそこまでいくとなー・・・」
夏夜が聖也に依存することは別によかった。聖也もこれ以上、家族を失いたくもないし家族を悲しませたくない。聖也にとっても夏夜は心の支えになっている。しかし、一ヶ月前の夏夜の誕生日の時に聖也が夏夜に欲しいものは何かないかと聞いた時、夏夜は、聖也の面と向かって、
「私は、お兄ちゃんとの子供が欲しい」
と、言われ流石に家族の間では無理といい、その日の夏夜の誕生日は、一緒にケーキを食べて夏夜には、聖也が首にかけているネックレスと同じペアルックのものをプレゼントしてあげた。
あの日以来、ことある事に聖也を夏夜は襲おうとしている。
「さてと着替えも終わったし朝飯食いに行くか!」
着替えが終わった聖也はリビングに向かった。リビングに着き、椅子に座ると、すでにテーブルの上には朝ご飯が置かれていた。夏夜も自分の場所に座り、聖也達は手を合わせ、
「「いただきます!」」
合掌して朝ご飯に手をつける。今日の朝ご飯は、白米に味噌汁、焼き鯖に玉子焼き。一般的な食卓だった。聖也と夏夜はちょいちょい小話を挟みながら朝食を進めていった。
「ごちそうさん」
聖也は朝食をすませると食器をキッチンに持ってき、食器を洗っていく。
「ごちそうさまでした」
夏夜も朝食をすまし食器をキッチンに持っていく。
「食器洗うよ」
聖也が夏夜の食器を受け取ろうとする。
「別にいいよお兄ちゃん。自分のは自分で洗うから」
「いや、今日はちょっと遅れてしまったんでな、罰として自分が洗うよ」
「それじゃあお言葉に甘えて♪」
夏夜が聖也に食器を渡す。聖也はせっせと、食器を洗い、食器を拭き、食器棚に移す。その間に夏夜は歯を磨き、学校へ行く準備をする。
「お兄ちゃーん、準備終わったよー」
「そうかー、俺も歯を磨いて、鞄とか持ってくるから外で待っててくれー」
「分かったよー」
聖也は急いで歯を磨き、自分の部屋から鞄を持ってきて、玄関へ向かった。靴を履き、玄関の扉を開ける。外へ出て、玄関の鍵を閉める。外にいた夏夜がにっこりと笑いながらこちらを振り向き、
「それじゃあ、学校に行こ、お兄ちゃん」
「ああ」
夏夜が聖也の隣に付きながら学校へ向かう。
これが聖也達のいつもの日常である。
登校している途中、横断歩道の前に立つ。信号は赤く表示されており車は、止まらず車道を走っている。そんな中、前にいた1人のおばあちゃんが車道を通ろうとする。おばあちゃんは信号を見ていないのか、信号はまだ赤く表示されている。それを見た聖也は、おばあちゃんを歩道に戻そうと1歩走り出す。
「おばあちゃん危ねぇ!」
おばあちゃんの横からトラックが突っ込みそうになる。聖也は急いで走り、おばあちゃんの前に立ち、歩道の方に軽く突き飛ばした。夏夜はおばあちゃんを受け止め、聖也の方を向いて叫んだ。
「お兄ちゃん!!!」
聖也が気づいた時には遅かった。
キキー!!!
トラックから聞こえるブレーキ音。聖也は時間の感覚が遅く感じた。
(ああ、俺死ぬのか、呆気なかったな。また、家族を夏夜を悲しませてしまうのか。)
ドゴン!
無慈悲な音がなり、トラックが聖也に衝突する。聖也は遠くに跳ねられアスファルトに強く体が叩きつけられる。
(痛てぇ、呼吸ができねぇ、目の前が赤く塗りつぶされて何も見えねぇ、なんだ?耳だけはちゃんと聞こえる。誰かが近づいてくる。)
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
跳ねられた聖也の元に夏夜が叫びながら走り寄ってくる。
(ああ、夏夜か、声で分かる。ごめんな夏夜、もう一緒いる事が出来ないかもしれない)
「お兄ちゃん!お願い!死なないで!」
夏夜が聖也の顔元で泣き叫ぶ。夏夜の顔からは涙がボロボロ出ており、聖也の顔に涙が落ちる。
(夏夜、泣いているのか、ごめんな夏夜、もう意識が・・・)
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
ひたすら夏夜は泣き叫んだ。もう助からないと知っていながらも、聖也には生きて欲しいと願った。
「お願いだよお兄ちゃん!生きて!お兄ちゃんがいないと私は誰を信じて生きていけば・・・」
スッ・・・
「えっ・・・」
夏夜の顔に手が添えられる。すでに聖也の手は冷たくなってきており生気を失ってきていた。
(もう感覚がない、声も出せるかどうか、)
聖也は死に際に夏夜に声をかけた。
「ごめ、んな、か、や、おま、え、をひと、りにして、しま、て、たの、むか、ら、お、れがし、んだ後、でも、く、じけ、ずにいぎ、で、ぐれ」
(もう声が出ない、)
死にかけの声で妹を励まそうとする。聖也にはもう何も見えていないし体の感覚も失っている。まだ妹の顔に手が触れているかもわからない
「そんな、勝手な事言わないでよお兄ちゃん!」
夏夜は顔に添えられていたお兄ちゃんの手を両手で握り、
「お兄ちゃんお願い、生きる希望を持って・・・」
徐々に体温を失っていくお兄ちゃんの手を強く握りながら夏夜は、お兄ちゃんに願った。そして、
「お兄ちゃーん!!!!!」
日野聖也の1度目の人生はここで終了した。