9.駆け出し冒険者
急に視界の端にメッセージが表示された。
なんだこれ、と戸惑っていると。
《『転生者』のレベルが上がりました。》
《習得条件を満たしたため、アビリティ『オートヒール』を習得しました。》
《『冒険者』のレベルが上がりました。》
続けざまにメッセージが表示され、消えていった。
レベルが上がりました? ってことは……。
剣を鞘に納めつつ、リュックサックの中から学生証を取り出した。
名前:カイト・タチバナ
年齢:十七
職業:学生
クラス:転生者(3)、冒険者(2)
スキル:ヒール(特)、アイテムポケット
アビリティ:オートヒール
頭の中に浮かんだ内容は、冒険者ギルドの時と明らかな違いが現れていた。
「やっぱりさっきのはレベルアップの通知か」
現在のレベルは転生者が三、冒険者が二。
転生者のレベルアップ通知が二回、冒険者が一回だから、数字は一致している。
光が身体に入った後にレベルアップの通知があったということは、さっきの光は経験値ということか。
経験値が光となって目に見えるのはこの世界の仕様なんだろうか。
レベルアップ通知が、ギルドカードの仕様なのか、それとも学生証に施された仕組みなのかは分からないが、いちいち自分でレベルが上がったかどうかを確認しなくても良いのは助かるな。
そして違いがあるのはもう一つ。
「アビリティ……」
冒険者ギルドで確認した時には無かった項目だ。アビリティが増えたから新しく記載されたということか。
そしてその項目に記載されている『オートヒール』というアビリティ。
これは一体どういう効果なんだろうか。名前からすると自動的にヒールを使ってくれるものだと思うが。
覚えているヒールは異世界特典のものだけだし、それが自動で発動するということか?
常時発動ってわけでもないだろうし、特定の条件で発動とかかな。傷を負った時とか。
傷を負ってヒールが発動して治る。俺のヒールは四肢の欠損すら治すらしいから、例えば腕を切り落とされたとしても腕が生えてくる。
……うん、軽いホラーだな。ある意味ゾンビだ。
まあ、腕が切り落とされるとか滅多にないだろうし、大丈夫だろう。
しかし『習得条件を満たしたため習得しました』とか通知されたけど、いつ習得条件を満たしたのだろう。
意識して習得条件を満たそうとしていたわけではないし、そもそもアビリティがあることすら知らなかった。
ということは完全なる偶然になるのか。
そこまで思案し、首を振って考えるのを中断する。
分からないことを考えても仕方がない。後でギルドで聞けば概要くらいはわかるだろう。
リュックサックに学生証を戻して背負いなおしてから、地面にある丸まった制服の上着を見た。
先ほどまでの暴れっぷりとは打って変わって、今ではピクリとも動いていない。
経験値が入ったいうことは、恐らく息絶えたのだろう。
両手には、いまだ感触が残っている。
日本にいた頃は、動物を殺すといったことはしたことはなかった。
少なくとも、能動的に命を奪う行為をしたことはない。
別に動物愛護を謳うつもりもないし、やらなければやられていたと思うから後悔もしていない。
――だけど。
目の前の熱が失われつつある生き物に対し、俺は手を合わせ瞼を閉じた。
「薬草を採取してきたので、確認お願いします」
森での戦いに勝利した俺は、『薬草採取』の依頼完了報告を行う為に冒険者ギルドへと戻った。
受付カウンターに真っ直ぐ向かい、アイテムポケットとリュックサックから薬草を取り出し、カウンターの上にある木製のトレイへと乗せる。
依頼の報告をする場所も受付カウンターで行うらしい。受付というよりは総合案内所なのかもしれない。
報告の際に、ギルドカードも同時に見せることになっているので、学生証も忘れずに提示する。
「カイトさんですね。受けているのは『薬草採取』の依頼、と。……はい、確認しました。それでは査定を行いますので少々お待ちください」
「あ、それと薬草を採取している時、こいつが現れたんですが、なんだかわかりますか? 攻撃されたんで倒してしまったんですが」
カウンターからトレイを取ろうとする受付のお姉さんに対し、アイテムポケットから白いウサギを首の後ろを掴んで取り出した。
――森から戻る前、倒した白ウサギをアイテムポケットに入れられるか試すと、何の抵抗もなく巾着袋に吸い込まれた。
成長すれば入れられる種類が増えると言っていたことから、恐らく二種類まで入れられるようになっていたのだろう。レベルが上がる前に二種類目を入れようとはしなかったから憶測にはなるが。
それと例え生き物であっても命が失われたのならばアイテムポケットに入れられる、というところか。
それと容量も増えているかもしれないから薬草もあと何枚か取っていこうかと思ったが、すぐに思い直した。
また同じ目に遭う可能性があるかもしれないからだ。
「あら? スノーラビットですか。珍しい魔物を狩りましたね」
アイテムポケットから取り出した白いウサギを、お姉さんは興味深そうに見ている。
野生の動物にしては攻撃が強烈だったからもしやと思っていたが、やはり魔物だったようだ。
というか名前がスノーラビットって、そのまんまだな。もうちょっと捻ってほしかったところだ。
「珍しいんですか?」
「ええ、自衛騎士団が定期的に魔物狩りを行っているのはご存知かと思いますが、その狩りの時でも一、二匹現れるかどうかという程度なんです。白い毛並みが綺麗なので毛皮が人気なんですよ。それに肉質も柔らかく味も良いので食材としても需要があります。初依頼で遭遇するなんて運が良いですね」
そういって金髪のお姉さんは、にっこりと微笑んできた。
その笑顔にドキッとしながらも、言われた言葉が頭の中で木霊する。
果たして運が良いと言えるのだろうか。
毛皮と肉が需要高いのはいいことだが、少なくとも駆け出し冒険者が対峙していい攻撃力じゃない気がする。ヒールがなかったら死んでいたかもしれないし。
俺のモヤモヤに気づいていないのだろう。お姉さんは続けた。
「スノーラビットの毛皮や肉は当ギルドで買い取りをしていますが、買い取り致しますか?」
冒険者ギルドでは買い取りもしてくれるのか。
どこかにそういった専門の業者があるのかと思っていたが、考えてみれば冒険者自体が専門業者のようなものか。
売るあてもないし、そうさせてもらおう。
「はい、宜しくお願いします」
「畏まりました。それではこちらにお乗せ下さい」
目の前の金髪の女性はそう言いつつ、カウンターの下から少し大きめの木製トレイを取り出した。
先ほど薬草を乗せたトレイより三倍ほどの大きさだ。
カウンターへと置かれたそれに、俺は白いウサギ――スノーラビットを置く。
「それでは査定いたしますので椅子にお掛けになってお待ちください」
受付にいるお姉さんが、俺の右後ろあたりを手の平を上に向けながら指し示す。
そちらに振り返ると、大人が五人ほど座れる長椅子が受付側を向いて三つほど縦に並んでいた。
そこにはガタイのいい男性が何人か座っている。俺と同様に査定待ちなのだろうか。
金色の髪の受付の女性は、大きなトレイと小さなトレイの両方を片手ずつで持つと、セミロングの髪を揺らしながら奥にある部屋の扉を開け、中に入っていった。
あそこで査定を行うのだろうか。
その後ろ姿を見届けた後、空いている長椅子の端に腰かけ大きく息を吐いた。
どうやら相当疲れているようだ。
当然といえば当然かもしれない。肉体的な傷は全て消えているが、精神的な疲労は当然あるし、消耗した体力が回復しきったわけでもない。何よりヒールがなければ危ない状況だったと思う。
今更ながら自分の準備不足に呆れていた。武器はあるが防具が何一つとしてない。アイテムだって何も持ってない。
今日遭遇したのがあの白ウサギではなく、もっと強大な魔物だったら俺はこの世には既にいなかっただろう。
これから先、冒険者として頑張っていくのなら、魔物との戦闘は避けられないだろう。
準備は怠らないようにしないといけない。
決意を胸に秘めつつ、奥の部屋の入口の扉を見る。
査定はどれくらいかかるんだろうか。あまり長くないといいんだけど。
……疲れからか、少し眠くなってきていた。このままだと寝てしまいそうだ。
すると、欠伸を噛み殺しながら襲い来る睡魔と闘っている俺に、一人の男が近づいてきた。
誰だと思って隣に立った人物の顔を見ると、最初にギルドに入った時に壁際に立っていたマッチョなおじさんだった。
おじさんは俺と目が合うと、ドカッと隣に腰を下ろし口角を上げながら楽しそうに話しかけてきた。
「お前さん、スノーラビットを仕留めたんだってな、やるじゃねえか。見たところ傷もねえようだ。駆け出しだと、奴の攻撃で大抵アザ作るか、どんくさい奴だと骨折ったりするもんなんだがな。それにすばしっこいから攻撃を当てるのも一苦労だ」
いえ、あなたの目の前にいる男はどんくさい奴です。
傷が無いのははヒールで治したからだし、噴き出した鼻血やら何やらはたまたま服にかからなかっただけです。
そんな俺の思いに気づくはずもない隣のおじさんは俺の背中をバシバシと叩いている。何故かは知らないがとても嬉しそうだ。
最初ギルドに入った時に睨まれたのは何だったんだろうか。もしかしてあれは素の表情だったのか?
「ま、これでお前さんもいっぱしの冒険者ってことだ。これから頑張れよ」
最後に背中を思いっきりぶっ叩かれ、その衝撃に咽てしまった。
少しして、おじさんも査定待ちだったのか、名前を呼ばれたらしく受付へと歩いて行った。
言われたことから察するに認められたということなのかもしれないが、もうちょっと優しく叩いてほしかった。叩かれた背中がまだじんじんと痛んでいる。
ヒールを使おうかと思ったが、眠気覚ましにちょうど良いと思い、そのまま長椅子の背もたれへと背中を預けることにした。