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8.白ウサギ

 両手で握る剣の切っ先を、血のように赤い瞳の獣に向けながら、左右の足を前後に開き腰を少し落とした。

 中学校時代に、体育の授業で剣道をやった際、構えとしてこう教わった記憶があった。確か左足の踵は少しあげるんだったか。

 目の前の敵からは目を離さないよう、うろ覚えの構えを確認していく。

 いつ攻撃がくるかは分からない。何かしら予兆があれば回避するのも楽なのだが。

 風で木々の枝葉が擦れる音がどこか遠くに聞こえる中、こちらが構えているからなのか、ウサギも攻撃してくる気配がなく、口元を微かに動かしている程度だ。


 そのように対峙して数分経っただろうか。

 もしかして何もしなければ攻撃をしてこないのか? という考えが頭をよぎった。

 思えば先程は撫でようと手を伸ばしていた。

 もしかしたらそれがウサギにとっては攻撃に見えたのかもしれない。

 もしそうだとしたら、このまま逃げられる?

 安心安全な日本で育ったせいか、そんな楽観的思考が頭を巡り、張りつめていた緊張を少しだけ緩めた。

 ――だが、その気の緩みを目の前にいる白い狩人(ハンター)は見逃すわけもなく。

 地面をその白い両足で蹴り上げ、全身を使っての頭突きが最初と全く変わらぬ凄まじい速度で、俺の身体の中心へと跳び込んできた。

 咄嗟のことに度肝を抜かれながらも、反射的に左半身を捻ってその攻撃を躱そうとする。

 が、俺の反射神経で完全に躱せるわけもなく、左の上腕に白い頭が突き刺さるように衝突した。


「ぐぁっ!」


 鈍く重い衝撃にそのまま身体が流されかけるのを、たたらを踏んで耐える。地面へと倒れたら次の攻撃は頭や顔に来る可能性が高い。

 左腕に鈍い痛みが拡がっていくのを感じる。もしかしたらさっきので骨にヒビが入ったのかもしれない。

 痛みで視界がチカチカする中、すぐさまヒールを発動し先ほどの攻撃のダメージを治す。

 かろうじて右手で持っていた剣を再び両手で握り直しながら、白ウサギへ剣を向け直した。

 少し、いや、かなり考えが甘かった。魔物だろうが野生の獣だろうが、獲物をみすみす見逃すはずがないのだ。

 ここはもう日本じゃない。暗い夜道を何の武器も持たず一人で歩いていける、そんな安心安全な場所じゃない。

 冒険者というハイリスクハイリターンな職業を選んだはずなのに、心のどこかでは自分なら安全にやれると思ってしまっていた。


「すうぅぅ、ふうぅぅぅ」


 二メートル程しか離れていない距離にいる白い毛の塊から目をそらさず、一度だけ深呼吸をする。

 考えを改めよう。ここは日本とは違う。弱者が死に強者が生き残る世界だ。

 もう油断はしない。どんな手段を使ってでも、この戦いには勝つ。

 受け身になっていては勝てない。攻撃をしなければ相手は倒せないのだ。

 覚悟を決め、俺は地面を蹴った。剣を振り上げながら二メートルの距離を一息に詰め、最上段から白い毛の塊に向かって振り下ろす。

 しかし、碌に振るったことがない剣が当たるはずもなく、白ウサギは軽く横に跳んで剣先をヒラリとかわす。

 躱された剣先が今まで白ウサギがいた地面を(えぐ)り、横に跳んだ白ウサギへと続けざまに攻撃しようと柄を握る両手に力を入れた。

 と同時に、赤い瞳の獣がそんな隙を見逃すはずもなく、すかさず突進を仕掛けてくる。

 剣が躱されたことで体勢が崩れていた俺はその攻撃を回避することができず、視界が白い毛並みで埋まるのとほぼ同時に、強い衝撃で顔が後方へと跳ね上げられた。

 鼻の辺りが砕ける音が耳に入る

 周囲の緑を赤く染め上げる飛沫を視界の端に捉えながら、あまりの衝撃に足元が定まらず、後ろへよろめく。

 ――ヒール!

 意識が飛びそうになる中、ダメージを負ったことに対し半ば反射的にヒールを発動し、傷と意識を回復させる。

 すぐさま体勢を立て直し、白ウサギへと再び切っ先を向けた。

 まさかカウンターを狙われるとは思ってもみなかった。

 今のは相当ヤバい状況だった。あそこで意識が飛んでいたら確実に終わっていた。

 ウサギへ切っ先を向ける剣の柄を握り直す。

 反撃を想定した上で攻撃を仕掛けることを念頭に入れ、再び白ウサギとの距離を一気に詰めると、先ほどと同様に剣を振り下ろした。

 やはりというべきか俺が振り下ろした剣はまたもや当たらず、先ほどの再現とばかりに白ウサギが同じように体全体での頭突きを仕掛けてくる。


「おっと!」


 だが、その攻撃を予想していたことが功を奏したのか、なんとかその突進を回避することに成功する。

 狙われた箇所が先ほどと同じ顔面なのは偶然ではないだろう。

 その後も、カウンターを警戒しつつ、幾度も距離を詰め何度も剣を振り下ろす。

 しかし、どれだけ剣を振り下ろそうが素人の剣など当たるわけもなく、白ウサギは攻撃を悠々と避け俺の体勢が崩れたところを狙ってカウンターの突進を繰り出してくる。

 しかも、いくら警戒しているといってもすべての攻撃を避けきれるわけもなく、突進を三回に一回は食らってしまう。

 そしてその攻防を繰り返すうちに、段々と自分の呼吸が短く荒くなっているのを感じ始めた。

 いくらヒールで傷を治せるといってもスタミナがない分、長期戦になるとこちらが不利だ。

 碌に運動をしてこなかったツケが回ってきていた。

 相手の動きをどうにかして止めて、こっちの攻撃が当てないと……。

 攻防を繰り返すうちに白ウサギの攻撃は単純な突進のみだということは分かった。

 この突進を利用して罠にかければ足止めは出来るはずだ。

 しかし、手持ちで罠になるものなんて何もない。そもそも動きを止める罠を作る技術なんてない。

 思案しながらも攻撃を仕掛けるがやはり当たらず、身を屈んでギリギリで躱した白ウサギの反撃がリュックサックを掠る。

 ――いや待てよ。

 屈んで崩れた体勢を立て直し、白ウサギへと向き直る。

 白ウサギの体長は三十センチほどだ。覚悟が必要だが、もしかしたらいけるかもしれない。

 相手から目を離さず、背負っていたリュックサックの紐を肩から片方ずつ外す。紐を外す肩とは逆の手に剣を持ち替えながら、相手への牽制は怠らない。

 肩から外したリュックサックを地面に下ろすと、ブレザーを取り出し、襟の部分を左手で掴む。

 勝負は一瞬で一度きりだ。

 剣を握る右手と、地面を踏みしめる両足に力を込め、ウサギに向かって走り出す。

 お互いの距離を一気に詰めると、右手のみで剣を振り下ろした。

 だが、両手ですら躱された攻撃が片手で当たるわけもなく、白ウサギは俺を嘲笑(あざわら)うかのように容易に躱し、お返しを言わんばかりに全体重の乗った頭突きを弾丸のように放った。

 ここだ!

 剣が躱されるのと同時に右手を柄から離し、これから訪れるであろう衝撃に対し俺は歯を食いしばった。

 ――ゴギリッ!

 鼻と上唇の間に衝撃が走り何かが砕ける音が聞こえる中、衝撃と痛みで途切れそうになる意識を必死に繋ぎ止め、ヒールを発動させる。

 突進の衝撃で宙を舞うウサギを霞む視界で捉え、左手で掴んでいたブレザーをそれに被せた。

 地面に落とす前に右手でブレザーを掴み、ウサギを包むように覆う。

 地面へと落ち、中で暴れるウサギを抑えつけながら両方の袖を縛り付けるようにぐるぐると巻き付け、袖同士を固く結んだ。


「で、できた」


 丸くなったブレザーを前に息を吐いた。

 脚力以外は大して強くないのか、縛っている最中の抵抗はそれほど強くはなかった。

 捕らえられたウサギが必死に足掻いてはいるが、脱出されそうな気配はない。

 俺は地面に落とした剣を拾い、目の前で足掻くそれを見据えながら柄を握りしめる。

 この好機を逃がすわけにはいかない。

 両手で天を突くように剣を振り上げ、――渾身の力を込め真っ直ぐに振り下ろす。

 伝わってくる肉と骨を砕くような感触に顔を顰めながらも、もう一度振り下ろす。一撃で仕留められるとは思っていない。

 両手で剣を振り上げ、力いっぱい振り下ろす。

 幾度となくそれを繰り返す。


 何度振り下ろしただろうか、剣を振り上げる腕が重くなっていくき、柄を握る手には徐々に力が入らなくなっていった。

 もうそろそろ限界だ、と思った矢先、白い獣を包んでいたブレザーから淡い光が立ち昇り、――俺の身体へと入り込んできた。

 なんだ? 何かの攻撃か?

 突然の出来事に剣を振り下ろす手を止め、自分の身体と目の前の丸まった制服の上着を交互に見つめる。

 すると俺の視界に、日本語の文章が表示された。


 《『転生者』のレベルが上がりました。》



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