5.異世界転生二日目
「いい朝だ……」
木窓の隙間から差し込む小さな日差しで目が覚めた俺は、窓を開け、雲一つない空を見上げながら呟いた。
異世界に来てから二日目。
目が覚めたらもしかしたら自分の部屋にいるんじゃないか、と眠る前に少し思っていたのだが、眠る前にみた天井と同じものだった。
ま、今更夢でしたって言われても逆に困るけどね。
しばらく空の青さを眺めていると、ドアをコンコンとノックする音が聞こえた。
「カイトさん、起きてますか?」
「あ、おはようございます。ジーナさん」
俺を家に泊めてくれた女性――ジーナさんが起こしに来てくれたようだ。
昨日の夜、ジーナさんに連れられ彼女がご両親と暮らす自宅へと向かい、空き部屋に泊めてもらった。
元々はお兄さんの部屋だったらしいが、数年前に家を出たらしい。
なんでも近衛騎士団に入団するために王都に向かったのだとか。
自ら近衛騎士団に入団しにいくってことは自分の腕に自信があるということだろう。
今はそのお兄さんが昔着ていたというチュニックのような服と、ズボンを貸してもらっている。
さほどサイズに差がないことを見ると、俺くらいの年齢の時に家を出たのかもしれない。
「はい、おはようございます。そろそろ朝食ができますので用意ができたら下に降りてきてください」
「――わかりました。ありがとうございます」
昨晩は家に泊めてもらうだけでなく、朝食も用意してもらえるとは思わなかった。
昨日初めて会ったばかりの若造にここまでしてくれるなんて。
お金に余裕が出来たら菓子折りを持って是非ご挨拶に伺わねば。
そう密かに決意すると、身支度を整え階下へと降りた。
リビングにいくと、ジーナさんと彼女のご両親が既に卓についていた。
少し広めの部屋に、大きめのテーブルとその左右にそれぞれニ脚ずつ椅子がおかれており、そのうちの三つに三人が座っていた。
空いている席はジーナさんの隣だ。
そこが空いているのは当然といえば当然なのだが、少しだけ気後れした。
昨日もその配置で座り、俺の事情を話し泊めてもらったのだが、やはりこちらも思春期の男子なのだ。
女性の隣に座るというのは緊張してしまう。
「やあ、おはよう、カイトくん。昨日はよく眠れたかな?」
「あ、はい。ぐっすりと眠れました。昨日の夜、急に来たのに泊めていただいてありがとうございます」
リビングに入った俺を見つけたジーナさんのお父さん――ロベルトさんから挨拶され、その場で腰を折りお辞儀をする。
ちなみに彼女と彼女の両親には、『東の果てからここまで旅をしてきたが、途中で全財産を盗られ無一文になってしまった』と昨晩説明をしている。
嘘をつくことに少し罪悪感を覚えたが、まさか異世界から転生して無一文でこの世界に放り出された、とか言うわけにもいかない。
俺の説明に、『グランドトータス』で皿洗いした件も含めてジーナさんは納得したようだった。
その彼女の説得もあってか彼女のご両親も俺を泊めてくれることに賛成してくれた。
「なあに、困ったときはお互い様さ。それよりよく眠れたようでよかったよ。さ、そんなところに立ってないで席に着きたまえ、せっかくの料理が冷めてしまうよ」
「はい、ありがとうございます」
彼に促され、ジーナさんの隣の席へと腰を下ろす。
俺が着席したのを確認すると、三人は食事の前の御祈りの言葉を捧げ、食事をとり始めた。
ちなみに俺はというと、お祈りの言葉を捧げるとは思っていなかったため、スプーンをもったまま少しの間、固まってしまったのだった。
「カイトさんは今日はどうされるんですか? よろしければ、お店で雇ってもらえるよう口添えしますが」
朝食をとっている最中、ジーナさんが尋ねてきた。
無一文である俺を心配してくれているのだろう。
今日、路銀を稼がなければ昨日の二の舞になってしまう。
しかしだからと言って、さすがに二日連続で彼女の厚意に甘えるのはダメだ。
「お気遣いありがとうございます。今日は冒険者ギルドにいって、冒険者になろうと思います」
そう、昨日は空腹に負けタダ飯ぐらいをしてしまったが、本来は冒険者ギルドに行こうと思っていたのだ。
そこで少しでもお金が稼げていれば彼女に迷惑をかけることはなかったはずだ。
「冒険者ギルドですか。身分証があれば基本的にどのギルドでも入会はできますが冒険者は危険ですよ? 旅費を稼ぐのならお店で働いたほうが安全なはずです」
確かにお店で働いたほうが地道ではあるが金は稼げる。
何より安全だ。俺のモットーと一致してもいる。
だが、それでもやはり『冒険』という言葉は俺くらいの年齢の男にはとても魅力的なのだ。
自身のモットーすら反故にするほどに。
それに危険な依頼さえ受けなければ問題ないし、傷を負っても治せるし。
いうほど危なくないんじゃないかと今では若干楽観視していたりもする。
なので冒険者になるのも結構前向きだ。
「大丈夫です。危険な依頼は極力受けずにコツコツと稼ぐつもりですから。武器も何もないですしね」
「武器がないなら尚更危険じゃないですか! 都市の外には魔物だっているんですよ!?」
急に大声を出した彼女に俺は驚いてしまった。
確かに少し軽率な発言をしていた気もするが、なぜここまで声を荒げるのだろう。
いくら心配だからといっても、昨日今日あったばかりの俺をそこまで気にかけることなんてないんじゃなかろうか。
彼女も自分で出した声に驚いたのか、少し頬を赤く染め俯いてしまった。
「ジーナ、気持ちはわかるが少し落ち着きなさい。それと彼の気持ちも少しは汲んであげなさい」
彼女が俯いていると、ロベルトさんがやんわりと会話に入ってくる。
厚意に甘えていけない、という俺の気持ちを察してくれているようだ。
冒険者という言葉にときめきを覚えていることには気付かれてほしくはないが。
なんだか気恥ずかしいしね。
「お父さん……」
そんな俺の思いとは裏腹に、顔を上げたジーナさんは少し悲しそうに見える表情をしていた。
うーむ、なんだか雰囲気が重くなってしまったような。
できれば気持ちよくお別れして、後でお礼に来やすい雰囲気にしたかったのだが。
そう思い、この雰囲気をどう変えようか悩んでいると、ロベルトさんが閃いたといった表情をした。
「そうだ、エリックが昔使っていた剣があっただろう。少し手入れすれば使えるようになるはずだ。武器が無いということだし、それをあげよう」
「え!? いやさすがにそこまでして頂くわけには!」
何を言い出すかと思ったら、武器をくれるだって?
泊めてもらった上に、そこまでしてもらうわけにはいかない。
そう思い、両手を左右に振って遠慮の意を示したのだが。
「なに、気にするな。物置小屋に突っ込んだままになっているものだ。大して高いものでもないし、このまま錆びさせるよりは誰かに使ってもらったほうがよっぽどいい」
ロベルトさんは引き下がってはくれなかった。
それに俺が受け取りやすいようにわざわざを言葉を付け足してくれる。
ここまで言われて断るのは、かえって失礼に当たるだろう。
「――ありがとうございます。いつか必ずお礼をさせて頂きます」
「ハハハ、若者がそんなこと気にするな」
「カイトさん、もしお金が無くなったらお店か家を訪ねてきて下さいね?」
「ははは、そうならないように頑張りますよ」
朗らかに笑っているロベルトさんとは違い、ジーナさんは未だに心配そうな顔をしている。
彼女が何故ここまで心配してくれるのかは分からないが、頑張って稼いで心配しなくても大丈夫だというところを見せないとな。
俺は心の中で気合を入れた。
朝食の後少し経って、ロベルトさんから一振りの剣を渡された。
話にあったエリックさんが昔使っていたものだろう。
確かに少し古い感じがしたが、柄を握りしめると不思議と手に馴染むような感覚があった。
その後、俺は身支度を整え、ジーナさんと彼女のご両親に別れの挨拶をし、一路冒険者ギルドへと足を向けたのだった。
そういえばこの剣の元々の持ち主であるエリックとは誰のことだろう。
男性の名前のようだし、数年前に家を出たというお兄さんの名前だろうか。