修練所3
「いっちゃったね・・・」
「うん・・・」
取り残された俺ら2人しかいない部屋には静寂が訪れる。時折聞こえるのは清志の必死に謝る声と先生の怒号だけだ。
たぶんこの調子だとあと半刻は戻ってこないだろう。
仕方がないので閑にわからないところを教わることにした。やっぱりわからないところは人に聞いた方が早い。負けたくない人に教わるのに抵抗がないわけじゃないが、閑と仲が悪いわけじゃない。むしろいつも一緒に遊んでいる親友だ。
わからないところを聞くと丁寧に教えてくれるし、自分もわからないとなると調べてまで教えてくれる。しかも先生の授業の何倍もわかりやすい。
そうこうしているうちに先生と清志が戻ってきた。
こってり絞られたはずの清志はへらへら笑っており、先生のイライラを煽っている。
正直やめてほしい。
今日の授業が終わり家路についた。
授業といっても大半がすぐに眠りにつく清志に対する先生の熱い指導を眺めているだけであったが。
帰り道は3人一緒だ。修練所はお社と同じく丘の上にあり、3人で丘を降りていく。
日はまだ落ちきっておらず、まだ辺りは明るい。
「あー、今日もよく怒られたなー。疲れたー」
「毎回怒られててよく飽きないね」
「別に怒られたいわけじゃないんだけどね。先生は短気すぎるんだよ。もっとのびのびとさせるべきだ!」
「のびのびと寝てるのはどっちだよ・・・」
まったく反省の色が見えない清志に閑が的確に突っ込む。それにしてもあれだけ言われてもめげないなんてどんな心臓しているのか見てみたい。
「そういえば来月試験だったよね?」
突然、思い出したかのように閑が言う。そういえば今日、先生が言ってた気がする。
とばっちりを受けないよう、無の境地に至っていた俺は完全にスルーしていた。
「あー、やだなー。試験勉強とかめんどくせー」
「君は試験勉強とかしないだろ」
閑が間髪入れずに突っ込む。清志は口を曲げ、もの言いたげな目で閑を見ている。
たしかにこいつが試験勉強なんてする性質じゃないな。
「でさ、今度ウチで一緒に勉強しない?」
閑がのぞきこむように俺を見る。まぁ、一人で勉強するよりも閑とやった方が効率的だ。
「やだよ」
だが俺は断る。こいつには負けたくないのだ。
「えーなんでなんで?」
「なんでも!」
閑はすごくがっかりしたようにうな垂れる。うーん、断り方を失敗したかな。ちょっと罪悪感。
「じゃあ、俺とやろうぜ」
「えー、やだよ。君はすぐ寝ちゃうだろ」
「そんなことねーし。俺もやればできる!」
そりゃ、やればできるだろう。やらないでもできるのであれば誰もやらないだろう。
集まって勉強するのも楽しそうだし、今回は折れとくか。
「じゃあ、3人で集まるってのは?」
「いいね、いいね。やろうぜ」
すぐさま清志が乗ってくる。
「えー、2人でいいじゃん・・・」
閑が露骨に不満そうだ。でも俺は3人じゃなきゃイヤだ。なんか教えられてばっかだと卑屈になっちゃうし。
「じゃあ、やめよっか。試験勉強なんて自分でやるべきものなんだし」
「えっ、いや。3人でやろうよ。3人よれば文殊に知恵とかっていうみたいだしさ」
なんか閑が必死そうだ。男のくせになんかしぐさが可愛い。
「じゃ決定―。試験前には閑んちで勉強会開催ー」
ハブられてた清志が宣言する。こいつはいつでもポジティブだ。でも、おそらく勉強などする気はないだろう。単に遊びたいだけだと思う。
「明日ヒマ?」
突然、清志が俺に向かって言いはなつ。
「明日は特に何もないからヒマかな。たぶん父さんに仕事も空いてるみたいだから手伝いもないだろうし」
「ウチの親父も今日は朝から酒飲んでたからたぶん明日も用事ないはずなんだ。だから遊ぼうぜ」
いや違う。俺の父さんは朝から酒など飲まない。キチンと次の仕事に向けて道具の手入れをしていた。たしかに、清志の父親とだいたい一緒に仕事をするからヒマなときは一緒だ。でも朝から酒を飲むほど砕けてないぞ。
「ああ、いいよ。何する?」
「なんか村の近くに物の怪が出たらしいんだ。見に行こうぜ」
こいつは何言っているだろう。物の怪なんか見てどうするつもりなのか。死にたいのか。とは思うものの実は俺もちょっと見てみたい。
すると突然、閑が怒鳴った。
「ダメに決まってるでしょ! 村の外に出ちゃいけないっていつも言われているし、そもそも物の怪がいるってわかってるんだから余計ダメだよ!」
至極真っ当な反論がなされる。
「いいじゃんか。別にお前なんか誘ってねーし。退治に行くわけじゃないんだから見つけたら逃げればいいんだから危なくねーよ」
さっき勉強会にハブられそうになった仕返しだろうか。また2人してぎゃーぎゃー言い合ってる。
「それで、正志は行くんだろ」
閑はプイッと横を向いてむくれている。
「面白そうだし、行ってみるか」
「そうこなくっちゃ! じゃあ明日お前んち行くから」
ぐだぐたと喋りながら帰っていくと、家に着いた頃にはもうどっぷりと日が暮れていた。