修練所1
「ねえ・・・起こしてあげなよ」
俺の左隣りに座っているヤツから耳打ちされる。
右を振り向けば寝ている男が視界に入る。
言われなくても寝ていることなど知っている。別に意地悪で起こしてあげない訳じゃない。一応、俺も努力したつもりだ。こいつは何をしても起きない。肘で小突こうが肩をゆすろうが一向に起きる気配がない。
寝ることに対し、実に貪欲だ。
こいつは一見すると寝ているように見えない。静かに座り、姿勢よく背筋を伸ばした姿は実に凛々しくカッコいい。惚れ惚れするほどだ。
ガラガラと戸を開け先生が入ってきた。
「はい、みなさん。書き取りは終わりましたか」
順番に俺たちの書き写した紙を回収し、確認していく。
今年の生徒は3人だけ。確認するのも一瞬だ。
俺の右隣りの男は微動だにしない。静かに瞑想を続ける。
「清志くん」
先生は優しく呼びかける。清志とは俺の右隣りの男の名前だ。ちなみに俺は正志、そして左隣りの男は閑。幼馴染の3人組だ。
「・・・・・」
清志は呼びかけにも動じず、相も変わらず寝ている。
おもむろに先生は警策を振りかぶった。
「喝っ!」
清志の肩に渾身の一撃が振り下ろされた。
「いってぇーーー! なにしやがんだっ!」
体をビクンとさせ、驚きざまに文句を言う。
先生の額に青筋がたつ。
「今、なんとおっしゃいましたか?」
優しく問いかけているが、手をわなわなと震わせどう見たって怒り心頭だ。
清志は氷のように固まってしまった。
「あ・・・やべ・・・」
「君は今、どういう時間なのかわからないようですね」
「よ、よ、よ、読み書きの時間です!」
「驚きました。私はてっきり睡眠学習の修練時間なのかと勘違いしておりました。実に熱心にされているなと感心していたところですよ」
「えっ・・・そ、そうですよね。今は睡眠学習の時間ですよねー。真面目にやってたんですよ。バレちゃあしょうがないですよね。隠れてたつもりだったんだけどな」
先生のどう考えても明らかにわかりやすいわざとらしい言葉にこのお調子者は簡単にのってくる。俺と閑はわれ関せずという表情を崩さず静かにたたずむ。とばっちりなど食らってたまるか。
「そんな言い訳通ると思っているのですか! 潔く非を認めるならまだしも、開き直るとはなんたること。お仕置きが必要なようですね。こっちに来なさい!」
「ご、ごめんなさい!」
顔を真っ青にして謝る清志の首根っこを摑まえ、出て行ってしまう。嵐のように過ぎ去った部屋には俺と閑の2人がぽつんと残された。