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「恋愛対象ど真ん中の彼」シリーズ

恋愛条件外の彼女は、俺の(心の)嫁

作者: 梅津 咲火

 どうも。ごきげんよう、梅津です。

 久しぶりの投稿となりました。


 以前投稿しました、「恋愛対象ど真ん中の彼は、オタクでした?」の遠野視点です。

 前作とはだいぶ違うと感じるようなキャラ崩壊をしていますので、注意してください。

 また、ヒロインは後半から出てきます。


 では、どうぞ!



 なんてことない、ありふれた昼休み。

 何故か俺を囲うように集った友人が、ふと、唐突に一言こぼした。


「お前って得な顔だよな」

「まぁ」


 あー、中々欲しいキャラがガチャでこない。これはもう一回回すしかないか。

 チャラランなんて軽い音がケイタイから鳴る。これこれ、この音。クセになる。


「遠野ー俺と顔面チェンジしようぜー」

「……」


 冗談をサラッと流す。俺はそんなことより目の前のアプリに夢中なんだ。

 こいこいこいこいこいこい!


「おまけに表情筋動かないしよ。あとそれな」

「どれ」


 画面から目を離さずに答える。

 指示語じゃなくてちゃんと言わんとわからないぞ。

 ……お? おおおお!? こ、これはっ!


「遠野、すっげぇ嬉しがってるな」

「……その特徴が若干目を見開いたレベルって、どうなの?」


 外野うるさい! あと結局、それってなにさ。

 今の俺は上機嫌だから聞いてしんぜよう。言いたまえ、さぁ、さぁさぁ!

 ノリノリな気分で視線を向けると、俺に言いかけていた友人は溜息を一つついた。人の顔を見てなんて失礼な奴だ。


「それだよ、それ。あーその、なんだ」

「あれだろ、オタク趣味」

「それだそれ!」


 他の奴が助け舟を出すやいなや、そいつは言葉に食いついた。


「こいつ、見た目中性的で無口じゃん。だから、自分からこんなガチ勢オタクだなんて、あんま知らないやつにとっては想像できないわけでさ! その結果モテるなんて反則だろ!?」

「……気のせい」

「それは遠野、気のせいじゃないなぁ」

「ひそかに人気だから、本人には届いてないんじゃない?」


 こそこそと相談するな、山本、都築(つづき)よ。男の娘と生真面目なメガネの組み合わせだから、腐ってる乙女の餌食になるぞ。あ、ちなみに、男の娘なほうが都築、生真面目なほうが山本だ。


「……っ! なんか寒気が」

「ちょっと風邪? 気をつけなよ? もうすぐ受験なんだから」

「おう」


 オカン属性もか。色んな要素持ってるな、都築。

 って、あ。すまん。こいつのこと忘れてた。

 で、なんだっけ、原。


「で?」


 目の前で俺に突っかかってた男、こと原は俺の問いかけに睨みをきかせてきた。おおう、なんだなんだ?


「『で?』じゃねぇ! なんで、なんで俺よりモテるんだよぉっ!!」

「……モテないけど?」

「……うーわぁ」

「男泣きだな……」


 机に伏して泣き始めた原に、俺達は困ったように視線を合わせた。

 っつかさ、原よ。俺、モテないから。何度も言っててむなしくなるけどな!

 あと原、きっとお前がモテないのはそういうところだと思うぞ。現に今だって周囲の女子がドン引いてお前のこと指さしながら小声でなんか言ってるし。

 第一、


「俺、三次元興味ない」

「ああそうだな! そういうやつだよお前は! うらやましいかぎりだよこんちくしょう! 俺にゆずれマジでっ!」


 グワッと目を見開いて叫ぶなよ、怖いって。ホラーか。


「原大概だけど、遠野もだよね」

「とりあえず二人とも、もう少しまともな感性を持て」


 まともな感性って言っても、な。

 仕方ないだろ。俺は三次元の女子と会話を滅多にかわさないし。そもそもがどうでもいい。

 二次元で十分だ。それに同性でも会話しづらいのに、異性とか。未知数すぎる。

 ま、俺はいいとして。原がモテない原因は、他にはきっとあれだろ。


「原はエロいせい」

「っぐ!」

「トドメだな」

「容赦ないねぇ、遠野」


 教室で時折H本広げんなよ。それぐらいのマナー守れって。女子はそういうの嫌がってんじゃない? 中学生男子でも、TPOは守るべし。


「なんだよ……なんだよ! 俺が! 俺のオープンエロが悪いのかよ!?」

「当然」

「うっうぉおおおおおおおぉぉんん!!」

「原、うるさい」


 とりあえず、奇声を上げてた怪獣ハラゴンの頭をチョップで叩いといた。



  ***



 俺、遠野とおの光希みつきは無表情だとよく言われる。表情筋は機能しない。かといって、口数が少なくなるほどに言葉を選ぶのが達者なのかと言えば、そうでもない。

 心の中ではあーだとかこーだとか言ってるんだけども、声には出さない。何故かっていえば……端的に述べると、疲れるから。


 ちょっと長く話しただけであごが痛くなる。国語の授業で読み上げなんてあたった日には最悪だ。翌日には顔面筋肉痛になる。


 仕事しろよ、俺の顔の筋肉。貧弱すぎ。


 小学校の時には悩んだもんだ。なんとか改善しないかと、顔面マッサージを家で一人やってみたり。よくなるどころか、余計に凝りがひどくなってすぐにやめたけど。

 今はこの特異体質について、そう深刻に考えてない。というよりも割り切った。


 交友関係に不安を覚えたときもあるが、現代は小学生でもケータイを持つ。ラインとかメールで事情を言えば理解してくれた。

 中三の現在では友人もいる。くだらないことで騒いで、趣味をさらけ出せるのも良い。

 平凡で、どこにでもありえそうな毎日を楽しく生きていた。




 ――はずなのに。なんだ、これ。



「ようこそ、勇者殿。イグザイアへ」

「……ドッキリ?」


 なんでこの美形俺にひざまずいてんの? ってか大道具スゴッ! なにこの石畳、LEDでも仕込んでんのかピカピカ光ってるし!

 って、あれ。俺、どうやってここに来たんだ?

 えーっと、たしか帰宅してベットにダイブ。カバンだけ床に投げて、すかさず携帯ゲームのスイッチをオンに、オンに、して?

 あれ、ヤバい。続きが思い出せない。そのままの姿勢で俺、地べたに寝そべってるし。

 床が抜けた覚えも、移動させられた覚えもない。

 ……ってことは?


「わーお」


 異世界トリップ、キタァァアアアアアアアアアアア!!

 やったぁあああああああ!! ネット住民憧れの夢を、勝ち取ったでぇぇええええええ!!

 今時の流行だと、チートだよな! それでもって、『俺最強』が鉄板だろ!


「……って」


 いや、待てよ。冷静になれ。俺よ。よーく思い出すんだ。こういったテンプレには、チート以外に何かいらないおまけがついてこなかったか?


「……」


 そうだ! 『内政に巻き込まれ』とか、『裏切られ』系だ!

 冗談じゃない! 俺は面倒なことは断固拒否かつ精神面にクリティカルヒットだってノーサンキューだ。


 あとありがちな、『異世界ハーレム』も結構だ! あれって作品にもよるけど、大体が主人公ってヒロインたちの都合のいい財布になってる気がする。

 そもそも三次元に興味湧かないし、俺。それに実際は、絶対修羅場になると思うんだけど。


「……勇者殿? いかがなさいました?」

「……」


 おおっと、そういえばいたね。さっきから。


 パツキンの美青年に膝つかれたままだとは思わなかった。あのときは焦ってて目に入らなかったけど、他にも人がひぃふう……、十人ぐらいいるね。

 他の人達はひざまずいたまま顔を上げようともしない。やっぱり一番位が高いのは、顔を上げてるこの面がキラキラしてるイケメンかな?


 とりあえず。


「どちら様、ですか」


 自己紹介から始めよう、うん。



  ***



 自己紹介をしたら、案の定、目の前のイケメンが王子だということが判明した。それも第一王子なんだって。

 どうやら、俺の予測通りのテンプレ展開のようで、異世界に勇者として召喚されたらしい。初対面のは召喚の儀だからあんなに仰々しいものだったみたいだ。

 かくして、勇者として、イグザイアという王国に呼び出された俺だけど。


 なんてことはない。超、ベリーイージーモードだった。



 まず、勇者の役割は魔物討伐……だけど、倒す相手は動物っぽいやつじゃなく、虫っぽいやつみたいだ。ただし、サイズがバカでかいけど。

 ま、でも害虫駆除だと思えばなんてことはないし。


 もしも剣で攻撃する、とかなら話は別で苦労したはずだ。しかし、なんでか、俺の武器はこのゲーム機(・・・・)だった。



 初めて理解した時には俺も愕然がくぜんとした。セルフ突っ込みで「なんでだよ!」と叫んだ。そのせいで顔面筋肉痛二日間となったが後悔はしてない。



 いや、だってマジで、なんでさ。



 普通剣でしょ。だけどさ、『剣の練習とか王道だよな』なーんてワクワクしてた俺に、王子の一言「勇者はあらかじめ伝説の武器をこの異世界にお持ち込みになられています」。

 俺が持っていたのは馴染んだゲーム機。……あとはわかるよな?


 携帯ゲーム機を持って騎士団の方々とともに戦闘に出かけた俺が目の当たりにしたのは、悲しい現実だった。


 なんでゲーム機の画面に「戦う」「防御」「道具」とかコマンドが出るんだ!

 戦うコマンド押してその中の「切る」を選んだら、いきなり空中から長剣が無数に出てきて敵の虫を滅多刺しにしたんだけど!? 即席虫ミンチって誰得だ!?


 そん時の騎士団の方々の顔は引きつってたり、青白くなってた。マジですみません。


 ちなみに「戦う」では「切る」以外の他のコマンドはまだ怖くて試してない。

 一瞬、試そうかとも思ったんだけども、全力で止められた。

 このときの報告を受けて、第一王子は「ほう、力強いな。これでイグザイアも安泰だ」と返したらしい。王子、あいつの心臓はどうかしてる。



 戦力に関してはオーバーキルぐらいなので問題ないのは安心した。

 次だ。ネット小説によくあることだが、一方通行召還がある。いわゆる異世界に行ったら地球に戻れないっていうお約束だ。

 しかーし、俺の場合は戻れる。それもいつでも。つまり行き来自由なわけ。俺はゲーム・漫画・ネットがないと生きていけないので、これには心底助かった。



 これに目をつけたのが、俺。

 気付いた俺が王子に訴えたのは。



 ――勇者業をアルバイトにしてほしいってことだ。



 え? いや、当然だろ。長時間拘束されたら学校に支障出るし。そしたら中三だから高校受験失敗とかいったら一生に関わる大事件だ。

 結果俺は毎日放課後5時間、異世界にて勇者業をやることになった。給料? もちろんもらってる。仕事をしたら見合う分の物をもらえるのは当然だからな。

 命かけて働くのに金もらえないとか、それどんなブラック企業?

 それでなんか文句を言う奴らもいたけど、王子がプチっとつぶした。

 王子としては納得のいく意見だったようだ。歯向かう人達をにこやかに論破していった、怖ぇえ腹黒!

 そして何故か知らないが、俺はそんな腹黒ことギルバード王子に気に入られたらしい。なんでも物怖じしないで当たり前の要求をする態度がいいそうだ。わけわからん。



 *



 学生と勇者なんてありえない二足の草鞋。それを履いたまま、俺はなんとか第一志望の高校に合格した。

 そして、運のいいことに、原、山本、都築も同じ高校に進学になった。



「代わり映えのしない面子なんだけど」

「安定してていいんじゃないか?」

「仕方ないから、高校も一緒につるんでやるよ!」

「「お前はいい、原」」

「うわぁああっ! 山本と都築の言葉がひでぇ!」


 いつも通りからかわれる原。それを見て、すかさず便乗した。


「ざまぁ」

「うぐ!」

「うん、容赦ないトドメ」

「安定だな」


 くだらないことで騒いで、笑って。そんなときが楽しい。



 *



 たしかに、異世界はイージーモードだ。……でも、それでも。時折心配になる。



 俺が使い物にならなくなったら。

 手元からゲーム機が離れたら。

 ――帰れなくなったら。


 イグザイアの人々は、良い連中ばかりだ。だからこそ、勇者として頑張ろうとしてる。


 でなかったら、帰れるとわかった瞬間に自室に戻って二度と行かない。

 不安になっても向こうの世界に行くのは、彼らを気に入ってるからだ。


 毎日の習慣化したから、高校生になった今ではそこまで恐怖は感じなくなった。

 ……麻痺したのかもしれない。



 もしも、俺が。この世界からいなくなったら。イグザイアから戻ってこれなくなったら。

 誰が、探してくれるんだろう?



 家族は……探してくれるんだろうな。姉、妹がいるけどどっちとも仲がいいし。 父さんも母さんも、普段のんびりしてるから焦った姿は想像つかないけど、たぶん。

 原、都築、山本も、なんだかんだで探してくれそうだ。面倒見いいからな。そうじゃなかったら、俺みたいな強制無口人間に打ち解けるまで話しかけてこない。


 探してくれる人がパッと浮かぶ俺は、恵まれているんだろう。




 でも、それとは別に。

 俺が消えたら、泣いて、叫んで、取り乱して。

 必死に、探してくれる。

 「俺」がいないとダメなんだと言ってくれる人がほしい。

 それは、贅沢な願いなんだろうか。




「例えば、魔法乙女コロンみたいに」

「うむ。意味が分からぬな」


 えー? すっごく噛み砕いて話してみたんだけど。

 一刀両断してみてた彼、ギルバード王子は口に紅茶を含んでいる。うわぁ、動作が優雅。


「せっかく私が自室に招いて、相談を受けているというのに。ミツキの話は理解しがたい」

「ごめん」


 とりあえず謝ってみる。

 ギルバード王子はティーソーサーにカップを置きながら、白い眼を向けてきた。

 やめて、美形の冷たい眼差しは心に痛い。


「めずらしく悩んでいたかと思えば、なんだ。途中までは真剣な悩みかと気を揉んでいたというのに、最後の一言で到底私の理解の範囲を飛び越えよって」


 さっきまでの長い内容は、口頭では言ってない。じゃあどうやって伝えたのかというと。

 俺は手元にあったゲーム機に文字を打ち込む。

 「Enter」ボタンを押すと、すぐに言いたい言葉が宙に浮かび上がった。


『仕方ないだろ。最後の一言が大事なんだ』

「だから、それが不明だと……」


 イグザイアの言葉で書かれた文字を見て、ギルバード王子は溜息を吐いた。


 これは「チャット」というコマンドだ。これで、言葉が声を出さなくても相手と意思疎通ができる。異世界生活が何とかなったのはこれのおかげだ。

 正直なかったら詰んでたな。俺の顔面筋と円滑な日常生活が。

 チャットのおかげで、ギルバード王子とも仲良くなったし。今ではタメ語で話す仲だ。向こうにとっても俺に対してある程度気を許しているようで、たまに今日みたいに茶をごちそうになる。


『いや、マジで魔法乙女コロンはいいんだって! 主人公のコロンが滅茶苦茶優しくって可愛くってさ。笑うと可愛いし!』

「ならばその相手を射止めればいいだろう。その……魔法乙女? とやらを」

『あー……それはちょっと無理かな。次元を超えないと』


 二次元の壁の超え方は俺だけじゃなくて、日本中のオタクが皆探してるけど無理だから。

 手を振ってみせると、ギルバード王子は目を瞬かせた。


「次元とはなんだ?」

「……異世界?」


 みたいなもんだよね。あんまり詳しいこと説明したら混乱しちゃいそうだけど。


 補足しとくと、「魔法乙女コロン」は幼稚園生・低学年小学生に大人気のアニメ。突然変身ヒロインに任命された女の子が、香りをつけるコロンを武器に怪人達と戦う内容だ。これがシナリオも作画もよくって、アクション・ラブコメディーとして大きい子供たちにも高い支持を得ている。

 語って聞かせたいけど、王子相手だと氷みたいな視線にさらされそうだから、オブラートに伝えとくか。


『魔法乙女コロンは、前見せた漫画とかみたいな想像上のものかな』

「ああ、あの」


 そういうと王子は納得したようで頷いた。この世界には、俺が来るときに触れているのを持ち込むことができる。前に一回試してみたら、漫画を持ち込むことができた。

 制限とか量とかは関係ないみたいで、ポテチとかを紙袋に詰め込んで運び込んだこともある。ちなみにそのポテチは、王子との茶会請けになった。

 ギルバード王子はそれ以降ポテチの虜だ。ちなみに、漫画は見せたら「興味深い」なんてあごに指をあてて観察してた。


「ならば、偶像に懸想してどうするんだ。くだらん」

「……毒舌」


 鼻で小馬鹿にして笑われた。うわ、傷つく。ギルバード、ちょっと言葉の刃が鋭いって。


『いや、俺だってわかってるよ? 冗談だけど、例えるならって話。そのくらい、主人公の性格が良いんだよ。俺好みっていうか』


 どうしてだ。弁解を重ねれば重ねるほどむなしい気分になるんだけど。

 慌てて打ち込みながら様子をうかがってみると、ギルバード王子は呆れた目で溜息をついた。


「……そうか。だが、とりあえず現実の女性に目を向けろ。なんだったら、俺が適当な人間を見繕ってもいい」


 優しさが! 優しさが沁みる! 目から心の汗が出るからやめて!



***



 王子にあわれみの目で見られたって、そうそう自分が気になるような女子と知り合う機会なんてない。

 だから、彼女なんてまたのまた夢。

 そう考えていた。



 そんな俺があの子に出会ったのは、ようやっとなじみ始めた、高校の中だった。



 とある昼休み。購買部の購入戦争を勝ち抜いて俺はホクホクだった。

 勇者になって一番得したのって、足が速くなったことだな。おかげで、チャイムがなると同時にメシを買いに行くと、大体俺が一番乗りだし。

 人気のカツサンドも買えて、はぁ~満足満足。


 両手からあふれかえるほどの戦利品を、つぶさないように大事に持ち運ぶ。ちなみに、これら全部、俺の胃袋に収まる。なんか、昔っから腹が空きやすくって仕方ない体質なもんで、一般男子生徒の5~6倍は食う。  

 原達は、よく「見てるだけで食欲なくす」なんて言ってくる。失礼な奴らだ。これぐらい普通だろ。


 普段は使わない中庭を通ったのは、食料のせいで前が見えなくて中庭だとわからなかったからだ。

 いつもは野外に通じる場所を、俺は鳥と遭遇しやすいから避けて通る。


 何故か、俺は鳥に嫌われているようで、カラス・ハト・スズメとか大小問わず出会ったら必ず戦う羽目になる。ちなみに、誇張ではない。

 購買戦争なんてかわいいもんだ。フン爆弾、唐突な頭上からの襲撃、食料強奪……あいつらは俺に何の恨みがあるんだ。



 教室に戻るまで食べるのを待ちきれなくて、カツサンドとあずきホイップサンドを同時食いしながら歩いていた。

 そういえば俺、今どこにいるんだろうなー。ま、いっか。歩いてればたどり着くだろ。

 なんて、適当なことを考えていると、ちょうどよく目の前の景色の大部分を占めていたパンの山が崩れた。

 あ、ヤバ。落ちたかな。下に落ちたのをこの状態で拾うのって疲れそうだから、やだなー。

 恐る恐る足元をパンの隙間から見て、周りに落ちてないことを確認。よし、大丈夫だな。


 ホッして顔を上げると、目があった。

 クリッとした丸い瞳をした女の子が、俺をびっくりした表情で見つめていた。

 ……? なんで、そんな驚いてるんだろ。そもそも、俺をジッと見てるけど、なにか用あり?

 視線が、俺の口元のパンと、戦利品のパンを行ったり来たりしてる。

 ……ああ、もしかして。


「ふふぅふふふふ?」

「……えっと、とりあえず口に物を含んだままだと、聞き取れません……」


 困った様子で眉を下げた彼女の顔に、既視感を覚えた。んー……どっかで会ったような気もするような顔なんだけど。どこだっけ?

 このままだと彼女は聞き取れないらしい。仕方ないので、口の中に入ったままの食事を、とりあえず飲み込むことに専念する。

 その間視線をそらさずに観察してみる。


 うーん……本当に、どこだ? 最近、見かけたような気も。

 もしかして、クラスメイト? だとしても、俺って正直三次元の女子に興味ないから、覚えがないはずだけど。


 徐々に二つのサンドが俺の口に吸いこまれ、完全になくなろうとしていたけど、それでも俺はこのデジャヴ感が消えなかった。

 まぁ、とりあえず。


「……よかったら、いる?」

「ぜひ!」


 食い気味に答えられた。わぉ、前のめりでなんて、よっぽどお腹すいてた? あ、もしかして購買戦争負け犬組?

 距離が近づいて、ちょっといいにおいがする。草原とか、木の中にいるような、さわやかだけどあったかいにおいだった。


 けど、すぐに彼女は身を乗り出したことに気づいて、ハッと慌てた様子で後ろに下がった。もう少し、彼女のにおいをかいでいたかったんだけど。

 でも、照れてその頬がわずかに赤くなっているのがかわいい。


 居心地悪そうにまごついてる様子が小動物っぽくていいと思う。だけど、このままだと、やっぱりいいとか言い出して、すぐにでも去ってしまいそうだった。

 そうなってしまうことが残念だと思って、俺は彼女が何か言い出す前に、声をかけた。


「好きなの、取って」

「あ、ありがとうございます!」


 俺から言い出すと、彼女は嬉しそうに、少し照れながらパンの山に手を伸ばした。

 多くのパンの中から選んだのは、サンドイッチが一つ。

 え、足りる?


「……それだけ?」

「え?」


 思わず尋ねてみると、彼女はキョトンとした。パンを探すために下げていた彼女の顔があがって、もう一度視線が合った。


「少なくない?」

「え? ううん、そんなことないよ?」


 遠慮してるのかと思ったけど、本当にちょうどいい量をとっただけなのか、彼女は軽く首を左右に振った。


「ふぅん。だから、小さいのか」

「そっ、そう、だね……」


 ぎこちない笑顔を浮かべて、相槌を打たれた。

 俺の身長は、一般男性よりかは低い。へたしたら、クラスに数人くらい女の子で俺より高いやつがいる。そのせいで、顔立ちに加えて中性的に見られがちなんだけど。

 でも、俺より背が小さいなんて不便そうだな。首とか疲れないのか?


 もしも恋人にするなら、このくらいの身長差の子がいいな。

 目線の高さが違うから、必然的に会話してたら向こうが上目づかいになりそうだし。

 ふと、目の前にいる彼女と目があった。

 うん、改めて見ても、やっぱりこの子って……


「……うん、かわいい」

「え?」


 目を丸くして、小さな口をわずかに開いて固まってる。そんな姿もかわいい。

 って、あれ。俺、口に出してた?


 ……まぁ、いいか。本音だし。違う表情も見れて、逆に得した気分だ。

 ポカンとしている彼女に、自然と笑みが浮かんだ。

 ああ、もう明日は顔面筋が死ぬのは確定だな。でも、それもいいか。


「っ!」


 息を詰まらせたような声を、わずかにさせて。

 彼女は頬をじんわりと色づけていった。瞳が潤んで、つやつやとした木の実のようになっていく。


「あ……う……」


 言葉を探して何度も開け閉めを繰り返す姿を、もっと見ていたい。

 困っている彼女もかわいい。もっと、困らせたい。

 でも、それよりもっと、話してほしい。


「あ、あああああああありがとう、ございます……!」


 どもりながら、お礼を口にした彼女は、顔をゆるめた。



 ――あ、笑った。



 やっぱり、かわいい。

 ぎこちないけど、微笑んでくれた。その笑顔が、ふと頭の中の情報と重なる。



 ――ああ、そうか! この子って、魔法乙女コロンっぽいんだ!

 さっきからあった既視感は、これか!


 かわいい、女の子らしい子。それで、明るくって、一生懸命。でも、時々おちゃめ。

 そんなキャラクターの主人公の子に似てる。

 見た目から似てたけど、話してて中身も似てる部分がある。



 ――うーん、でも。



「……? あ、あの?」


 急に黙り込んだ俺を心配そうに見つめる彼女に、意識が引き戻された。

 瞳をのぞき込むと、彼女は困惑した様子で見つめ返してくれた。


「あ、ああああああの。え、ええっと……」


 頬を赤らめたままの彼女は、それでも決して俺から視線を外さなかった。


「……予想外」


 二次元が大好きな俺は、正直、魔法少女コロンと違うって認識すれば、この子に持ってたさっきまでの興味が消えるって一瞬思った。


 でも、どうしてだろう。既視感の原因に気づいた今でも、この子のことが気になる。むしろ、もっと知りたいってくらいに。


 彼女自身のことを知りたい。


 三次元の女子なのに。昨日まで、家族以外の女子なんて対して差なんかないって、会話する手間をかける必要性なんてかけらも感じてなかったのが嘘みたいだ。


「あ、あの……予想外って、どうかしたんですか?」


 首を傾げて尋ねるしぐさも俺のツボだ。ヤバい、この子はいちいち、俺のツボを連打しっぱなしすぎる。格闘ゲームだったら、絶対に瞬殺KOされてる。


「……なんでもない」

「そう、ですか?」


 かろうじて返事をしてみせると、彼女は納得してない様子ながら頷いた。

 それでも気煩わしそうにチラチラ見てくるのがかわいい。さっきからかわいいしか心の中で言ってないってくらいだ。「かわいい」が俺の中でゲシュタルト崩壊してる。


「ねぇ」

「は、はいっ! なんですか!?」


 呼びかけるだけで、肩を揺らすほど驚く。過剰反応の仕方が小動物っぽい。

 この場で彼女との縁が切れるのは、惜しいし嫌だった。

 だから、とりあえず。


「……遠野光希」

「っへ!?」

「俺の名前。……君は?」

「あ……わ、私は、名波ななみ柚音ゆずねです!」


 名波柚音……ゆず、か。かわいい彼女にピッタリ。心の中ではゆずって呼ぼう。 実際、口にするのは無理そうだけど。もし呼んでみて彼女に嫌そうな表情とか引かれたりしたら、ガチで凹むしマジ泣きする。


「遠野くん……遠野くん、ね」

「……なに?」


 そんなに何度も名前を呼ばなくても、聞こえてるよ?

 不思議に思って眺めると、慌てて彼女、ゆずは首を振った。


「う、ううん! 呼んでみたくなって……っじゃ、じゃなくって! えっと、その! い、いい名前だなって思ったの!」


 顔を赤くしている彼女を見つめてると、もっと赤くしてみたくなる。


「……もっと」

「え?」

「もっと、呼んで」

「!!??!!」


 困らせたい気持ち半分、聞きたいって欲望半分。

 俺の頼みに、目を泳がせて困るゆずにうずうずとした感情が湧く。


 もっと。もっと、表情を変えてほしい。

 もっと、声を聞かせてほしい。


 こんな執着するなんて、俺のキャラじゃない。重大なバグが発生してるんだ。そうじゃなかったら、こんなおかしな状態にならない。

 自重しないでごめん。オロオロしているのはわかってるのに、我慢できそうにない。


 俺のわがままに、戸惑いながらゆずは答えてくれた。


「遠野、くん」

「……うん」


 その声を聞くと嬉しくなって、俺は本日二度目の微笑みを浮かべてしまった。

 俺の表情を見て、彼女は顔をますます赤らめて。それを視界に入れて、余計に笑った。



 *



 特別な存在になりそうな彼女に、俺は出会った。



 数か月先の放課後、ゆずに教室に呼び出され、勘違いをした俺は久々に彼女と長く話せて暴走しまう。

 その結果、彼女をイグザイアに連れて行ってしまうのだけれど、そんなこと、今の俺には知らないことだった。



 だって、普通さ。『付き合って』って言われたら、他の場所のどこかって思うから。ましてや気になってる子からなんて、そうとって当然だろ。

 え? 俺だけ?



 ちなみに、異世界で無駄にライバルが増えてしまって、連れていったことを深く後悔してしまうのも、もちろん知らない。



 勇者業なんていくらでもしてやるから、手を出すな、口説くな、貢ぐな!

 彼女は俺の(心の)嫁だから、盗るんじゃないって!





 遠野くんが前作で名波さんの告白を、「無理」と断ったのは、「どっかの場所に付き合っていくのはバイト(勇者業)に間に合わなくなりそうだから無理」という意味です。

 ややこしい勘違いと言い方ですね。


 前途多難な遠野くんの異世界ライフは始まったばかりです。

 頑張れ遠野くん、思いのほかライバルは多いぞ!


 いつか、続編の連載を書いてみたいです。この二人は割と梅津は気に入っていますので。


 では、また。


 読んでくださったあなたに、最大限の感謝を。

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