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冬葬  作者: えすの人
3/5

 秋。少年ティムの町では収穫の季節である。他より比較的貧しいこの町では冬を越せるかどうか勝負の季節でもある。

「もう少しで収穫ですなノブヒロ殿」

「ええ、もう楽しみで仕方ありませんよ」

 異国の客人ノブヒロ。この町を訪れた理由、身元などは不明だが、いつのまにか町長にも気に入られるほどの農業家になっていた。事実、ノブヒロが町に現れ、農作業の手伝いをした今年は昨年の収穫量の倍以上が見込める。この町の食をノブヒロが支える年となりそうだ。町長とノブヒロは作物でいっぱいの畑を眺め、ニヤリと笑った。

「もう何とお礼を言ったらよいか……。ありがとう! ノブヒロ殿!」

「いやいや、お礼なんていいのさ」

「収穫にも来て下さるかな?」

「……ええ、もちろん」

 ノブヒロからフッと笑顔が途切れた。ノブヒロは躊躇っていた。不安になったのだ。本来の彼の役目、それを思い出していた。

 俺はいつまでここにいるんだ?

 俺はいつまでここにいれるんだ?

 自問自答を繰り返し、自心をさ迷っていた。


 「これでよし。大丈夫かなリンカ。腕をあげてごらん」

 教会、イーリス神父の部屋では手術が行われていた。夏に喉を失ったリンカの身体はその後、夏の暑さにより防腐剤の甲斐むなしくボロボロに腐り落ちてしまったのだ。応急処置程度にイーリス神父が縫合してくれるのだが、次は縫合の穴から腐り始め落ちてしまう。

「さあ、腕をあげて……」

「………………!」

「そうそう。よくできました」

「………………」

「気になったらまたおいで。いつでも治してあげるよ」

 リンカは声を失ったため会話が出来ない。片目も腐り溶けているのでアイコンタクトも儘ならない。リンカに残されたのは虚ろな片目と腐って不自由な身体だけだ。教会の住人は夏の日以来ずっと虚しさを感じていた。リンカの発する言葉で喜怒哀楽、いろいろな感情を露にできた。美しい讃美歌で少年ティムを感動させた事もあった。だが、それは二度とあり得ない。

 リンカの声は二度と聞けないのだ。


 少年ティムの部屋に戻ったリンカは、専用の椅子にちょこんと腰掛けた。向かいの椅子で読書中の少年ティムがそれに気づく。

「リンカ? また眠るのかい?」

 夏はリンカを大きく変えた。夏にダメージを受けた身体が防衛反応を起こし、睡眠を必要とし始めたのだ。今では1日のほとんどを睡眠で過ごし、少年ティムよりも睡眠をとっている。

「おやすみ、リンカ」

 少年ティムは微笑みを浮かべ、リンカを寝付かせる。しかし、少年ティムは酷く落ち込んでいた。自分がリンカに無理をさせたために、リンカは声を失った。そんな自分が憎く、許せないと思っているのだ。

 あの頃のリンカはもういない。

 だってリンカは僕が殺したんだもの。

 重い罪悪感に押し潰される。まぶたを閉じ、眠りにつくリンカを見つめ、やさしく呟く。

「ごめんね……リンカ。僕のせいで……」

 こんな事を言ったって許しの声なんて聞けない。

 リンカは僕を許してくれない。

 僕は一生許されない。

 そう思うと次第に涙が溢れてくる。罪と涙に溺れそうになる。短い付き合いだけど、愛しいリンカ。少年ティムは何よりも重い十字架を背負って生きていくことになる。自分の罪が許されるまで。リンカから許されるまで。ずっと。

 「………………!」

「リンカ……! ははっ、早いね。おはよう」

 リンカは数分としないうちに目を覚ました。驚いたようにビクッと身体を反応させ、まぶたを開く。また、少年ティムの涙で汚れた顔にも驚き、ソッと歩み寄る。少年ティムは笑って誤魔化すが、すでに遅しである。

「………………?」

「どうしたのリンカ?」

「………………」

 リンカは縫合された腕を持ち上げ、さらに縫合された指で少年ティムの涙を拭ってやる。だが、少年ティムはリンカを引き剥がすように言った。

「止めてよリンカ……。僕といると君がダメになっちゃう」

「………………?」

 少年ティムの言うことに動じず涙を拭い続けるリンカ。そのうちボロボロと縫合が崩れ、血の通っていない乾燥した指が床に落ちる。秋の木の葉を散らすように、呆気なく。

「………………」

「リンカ……。ごめんね。許してくれないよね」

 涙混じりに謝罪の言葉を述べる少年ティム。もちろん返事はない。虚無感に襲われ、耐えきれなくなった少年ティムは叫んだ。

「ごめん! リンカ!」

 少年ティムは部屋から駆け出し、外へ通じる聖堂へと出た。そこで事件は起きた。

 イーリス神父は2人の怪しい黒スーツの男と対峙していた。2人とも長身で顔に傷痕がある、いかにも悪そうな奴らだ。男は教会の扉側、イーリス神父は教壇側にいた。

「おい、ジイさん。ここに濃いサングラスの男が来なかったか?」

「素直に言わねえと痛い目みるぜ」

 男は乱暴な言い方でイーリス神父に脅しをかける。サングラスの男と言えばノブヒロのことだろう。誠実で働き者のノブヒロを悪漢どもに引き渡してはならない。イーリス神父は圧されず、むっと言い返す。

「貴殿方のような乱暴な人間に、誰が教えるものか! ここを何処だと思っておる! さっさとたちされ!」

「イーリス神父!」

 階段を降り、少年ティムも駆けつける。

「ティム! 来てはならん。隠れるんじゃ。あっちに行きなさい」

「おい、子供だぜ? どうする?」

「なぁに、かまわないさ」

 2人の男はひそひそと話し始める。すぐに口を開くが、やはり脅しの言葉が繰り返される。

「ジイさん。これが最後の警告だ。答えないと痛い目を見る。サングラスの男は何処だ?」

 イーリス神父はたじろいだ。2人の男が何をするかわからない。銃を持っているとしたら、最悪殺されかねない。こちらには少年ティムもいる。圧倒的不利に陥り、ついに降服した。

「わかった……。教えよう」

 許してくれ、ノブヒロよ。

 少年ティムを庇うとは言え、お前さんを売るとは酷すぎる。

 神父として、人として失格だ。

「畑さ。村の西にある。そこにいる」

 2人の男はニヤリと奇妙に笑い、懐に手を伸ばした。嫌な予感的中である。

「ありがとよジイさん。手間取らせやがって!」

 2人の男は9㎜機関銃を取り出し、少年ティムとイーリス神父めがけて乱射した。弾丸の雨の軌道は真っ直ぐに2人を捕らえる。一瞬の出来事であった。

 そして着弾。イーリス神父は複数の銃弾に倒れた。


 少年ティムは痛みを感じなかった。死ぬことは怖くない。死は恐怖でないという教えを信じていながらも、恐怖感から身を屈め、目を塞いでいた。弾丸はしっかりとこちらをめがけて飛んで来ていたはずだ。しかし、痛みはない。屈めていた身体を戻し、恐る恐る目を開ける。

 そこには人型がいた。大の字で立ち、パッと開いた手の指は1本欠けている。少年ティムが受けるはずの弾丸の雨を、小さな身体で、不自由な身体で全て受け止めていた。皮膚が捲れようと、肉が千切れようと、骨が砕かれようと、少年ティムを守るために必死で立っていた。いつも虚ろを向いていたその目は、今はしっかりと相手を睨んでいた。

「おい! なんだあいつ!」

「かまわん! 撃て!」

 2度目の嵐が人型を襲う。鳴り止まぬ機関銃の嘶き。皮膚が捲れ、肉が千切れ、骨が砕かれる。しかし、少年ティムを守る気持ちは決して折れる事はなかった。

 嵐は去り、9㎜機関銃は放り投げられる。

「ヒ、ヒイィ! 化け物!」

 2人の男は慌てて教会から飛び出す。縺れた足を懸命に動かし、必死で化け物から逃げる。今までに機関銃で撃たれ、倒れぬ者はいなかった。ましてや、大量の弾丸の嵐を。それを受けながらハッキリとこちらを見つめる目に負けたのだ。

 悪は去った。


 「イーリス神父! しっかりして!」

 少年ティムは血溜まりの中に倒れるイーリス神父を抱き起こした。呼吸を乱し、苦しそうに目を開けるイーリス神父。モゴモゴと口を動かし、何かを語りかける。

「ティム……無事かい……。……よかった」

「待ってて! 医師を呼んでくるから!」

 立ち上がろうと足に力を入れる少年ティム。しかし、イーリス神父は渾身の力を込めて少年ティムを止める。

「わしはいい……。あの娘を……リンカを助けてあげなさい……お前には……あの娘を埋葬する義務がある……」

 そう言うとイーリス神父はぐったりとし、意識を失った。

 少年ティムは自らを守ってくれた人型に目をやる。

 

 少年ティムが人型、リンカを見たとき、彼女はすでに人の形をしていなかった。


 皮膚は捲れ、肉は千切れ、骨は砕かれ、さらに弾丸の熱により腐った身体のあちこちは骨を残し融解を始めていた。残ったのはリンカだったモノの残骸だけだった。

「どうして……僕を庇ったの……?」

 リンカの姿に茫然自失する。混乱し、身体が震え始めた。気がつけば熱いものが頬をつたっていった。その熱いものが胸にまで押し寄せて、荒波のように止めどない感情がそこで爆発した。

「僕は君に酷い事をしたのに……君の声を奪ったのは僕なのに……どうして僕を助けたの!? こっちを向いてくれよリンカ!」

 返事はない。反応もない。徐々に融解していくリンカ。顔ともわからぬ位置にあるその目は、あの世の扉を真っ直ぐに見つめていた。

「どうして……。君は僕が嫌いなのに」

 こうして、リンカは2度目の死を経験した。少年ティムとの思い出が詰まったこの世に別れを告げて。


 教会の扉をぶち破り、ノブヒロが現れた。急いで駆けつけたのだろう、息を荒げて地獄の風景を目にする。

「おい……どういうことだよ」

「ノブヒロさん。イーリス神父が……リンカが」

 銃弾で荒れた聖堂にも目をやらず、ノブヒロはイーリス神父のもとへ急ぐ。

「神父! しっかりしろ!」

 しゃがみ、イーリス神父を抱き起こす。だが、依然ぐったりとした様子で反応はない。青ざめるノブヒロ。

「こいつは……ひょっとして──」

 助からないかも。

 そう言いかけたが、その真実を否定したくて、ノブヒロは口を接ぐんで言葉を殺した。1滴の汗が顎髭を通して床へ落ちる。

「ムッシュー! お前は無事か?」

「……リンカが、僕を庇って」

 少年ティムはリンカの残骸をノブヒロに見せる。ノブヒロは少年ティムと同じく茫然自失した。

「おい……お前、本当にリンカなのか……?」

 震える手を握り締め、ノブヒロは心を固めた。その顔は夏に見た怒りの顔に似ていた。今はその時よりも怒り狂っているだろう。

「全て俺のせいだ。俺のせいで2人とも……」

 許せねえ。

 ノブヒロはスーツの懐からけん銃を取り出し、装填をした。渇いた金属の音が教会に響き渡る。冷たい音だ。次に足音。冷酷な感情を呼び戻したノブヒロは教会の外へ歩みを始める。

「ムッシュー。仇を討ってくる。早く医者を呼べ」

「ノブヒロさん!? 何を!」

「黒スーツの男だろ? そいつらを……殺してくる」

「駄目ですノブヒロさん! 殺人は大罪です! 止めて下さい!」

「大罪? はんっ。もう遅い。俺は殺し屋だ。過去に何人も殺ってるんだぜ」

 少年ティムの説得もむなしく、ノブヒロは扉の前にたどり着く。

「町長に言ってくれ。収穫には行けそうにないってな」

 そしてノブヒロは振り向き、再び少年ティムに言った。

「ティム……リンカにはちゃんと礼は言ったか? 最期の言葉が、下らないんじゃ救われないぜ。最期に好きな奴を守ったんだぜ。そいつは」

 濃いサングラスをかけ直し、ノブヒロは教会を去った。

「すまないな」

 そう呟いて。


 「好きな奴って……」

 少年ティムはリンカの残骸へ目をやる。骨のみが残り、肉体は床のシミとなってしまった。そこに魂はない。だが、少年ティムは、そこにリンカがいるような気がして淡々と語りかけた。

「リンカ……僕を嫌っていなかったんだね。ずっと好きで、僕のことを」

 リンカの残骸を拾い、かき集め、涙混じりに謝罪する。

「ごめんねリンカ。怒鳴ったりして。痛い思いをさせて」

 傷ついていたのは自分じゃない。リンカだったのだ。思い知らされた少年ティムはリンカをギュッと抱きしめ、言った。


──ありがとう


 数日後、イーリス神父は回復することなく息絶えた。ノブヒロも戻ってくる事はなく、リンカの残骸は壺に納められた。

 少年ティムは生まれたときと同じ、また1人になってしまった。

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