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冬葬  作者: えすの人
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 「あっちぃアッチィ! 焦げちまう」

 この町の夏は暑い。一際大きな建物といえば教会くらいなので、日の光を直接に浴びてしまうのだ。

 炎天下の下、異国の客人ノブヒロは農作業に勤しんでいた。いつものスーツ姿とは違い町の農夫と同じ服装に濃いサングラスというアンバランスな格好で畑をいじっている。

「いつもすまないね、ノブヒロさん」

「春からアンタが来て以来仕事が捗るよ」

「ずっといてくれればいいのに」

 町の農業を支える年配の方々に大人気である。

「いやー勘弁してくれよ。力仕事はまだしも農作業ってのはやったことがなくてね」

 収穫の秋まで、まだまだ長い。


 夏は暑い。故に細菌や微生物は活発に活動をするのだ。食物を食べ、分解し、腐らせ、元あるべき土に還す単純な自然摂理。その自然摂理に頭を悩ませ、腐らせるゾンビが町の教会にいた。

「ティム……あたまが……カユい」

 春に教会を訪れ埋葬されることを望むゾンビ、リンカである。リンカはこの教会の住人で心優しい少年ティムによって名付けられた名だ。リンカーネーションからとられており、《転生》を意味する。その名の通り、リンカは冬に埋葬され、春に転生することを望むゾンビだ。教会の主イーリス神父に玉のように育てられた少年ティムが魂の浄化を手伝うと約束し、教会にかくまってもらっている。

 そんなゾンビ、リンカを夏の猛暑は容赦なく襲う。1度死んだその肉体に寄生した生物どもがそのまま繁殖し、宿主を蝕んでいく。聞いただけでもゾッとする話である。

「ティム……体が……カユい」

「動かないで。今防腐剤を撒くから」

 心優しい少年ティムはリンカのために防腐剤を身体中に撒いてやる。これは一種の殺虫剤のようなものだ。身体中の寄生生物の活動を止め、腐敗を止めるという代物である。

「これで大丈夫」

「ありが……とう」

 不気味で不器用なこの声がゾンビたる証である。決して美しい声ではないが、少年ティムはとても気に入っている。

「ねえリンカ。リンカは讃美歌とか興味ない?」

「え……さんびか……ですか?」

「……まあそんな感じ。興味ない?」

 防腐剤でボサボサになったリンカの髪をとかしながら尋ねる。出会った当初もボサボサであった髪が、生前とまではいかないが女の子らしさを取り戻し始めている。

「興味……ありません」

「そう……」

「ティムは……どうですか? さんびか……興味ありますか?」

「……君の声が、好きなんだ」

 少年ティムは久しぶりにドキンッとするのを感じた。春の初め以来だろうか。少年ティムは前言を少し照れく思い、赤面した。

「ワタシの……声は……穢れています」

 無機質な言葉が少年ティムの胸を突く。とんでもない。少年ティムは必死に反論した。

「そんな事ないよ! なんか生きてるって感じが伝わってくるし! 素敵だよ!」

 その言葉にリンカは腐った顔を歪め、裂けた唇をびくびくと動かした。その表情に気がついた少年ティムは慌てて訂正した。

「あわわ、ご、ごめんね! 気持ち悪いよね! 嫌だったら大丈夫だよ気にしないで!」

 再びリンカの表情をうかがう少年ティム。しかし、先程のような苦しい表情は無くなり、むしろ不器用に口角をつりあげ、笑顔を浮かべている。

「わかりました……はやく……おぼえます」

 少年ティムは喜ぶとともに申し訳なさを感じた。「この娘がやってくれるのなら、僕も頑張って浄化を完成させなくては」そう決心した。

 また、リンカも同じだった。「ティムがやってくれるのなら、私も頑張って歌ってあげなくては」と思っていた。


 夜、夕飯時。

「今日はたくさん食べますねノブヒロさん」

 農作業で引っ張りだこだった異国の客人ノブヒロはその疲れ故に食が荒れていた。体に必要な栄養を片っ端から取り込むノブヒロ。その光景を眺めている少年ティムとイーリス神父は、こんな悪魔を本で見たことがあると思い出し、可笑しく思った。

「ノブヒロさん落ち着きなさい」

「うむぅ、すまん。本格的な肉体労働は久しぶりでな。春の頃と比べものにならないんだ」

 水で食物をグイッと呑み込むノブヒロは態度顔色全てで疲れを表現していた。ノブヒロの動き1つで机の燭台に灯っている炎が揺れ、消えてしまいそうになる。それほど食べるのに必死だ。

「ほほう、聞きましたぞ。お仕事頑張っているそうで。感心ですな」

「ああ、秋に収穫らしい。まだ夏は始まったばかりだけどな。ご馳走さん。今日も美味かったぜ。そしておやすみ」

「ごゆっくり」

 夕食を終えたら、即就寝。居候し始めてからノブヒロの生活スタイルは大きく変化した。その代わり早くに起きて畑仕事である。教会一苦労しているのはノブヒロかも知れない。

 一方、イーリス神父はたいへん満足していた。たくさん食べる人がいれば、料理も作りがいがあるものだ。料理は芸術と似ていて、芸術は見る人聞く人から称賛を受け、料理は食べる人から称賛を受ける。イーリス神父は自分の料理を称賛に値するものと受け取り、笑顔でノブヒロを送った。

「僕もご馳走さま」

「ごゆっくり」

 夕食を終えた少年ティムは書庫へと向かった。少年ティムの昔からの日課である。独学で聖職者についてを勉強中である。次期神父として恥じぬ知識を身につける。それが今の少年ティムに出来る最大の仕事である。


 「さんびか……難しい。アーアー……」

 リンカの苦悩は続いていた。腐った脳ミソをフル活用し讃美歌の書物を探していたが、書庫のあちこちを漁り、足を滑らせ書物の下敷きになってしまったのだ。偶然手元にあった書物が讃美歌である。

「……何やってるのリンカ?」

「ティム……おかえり。さんびか……みつけた」

 現在、リンカは《書物の風呂》に入っている状態だった。腹から腰にかけては完全に書物に埋まり、裸足が外にピョコンと出ている姿は可愛らしい。両手で書物を持ち、そのまま勉強中である。

「さんびか……みつけた。アーアー……」

「讃美歌!? 歌ってくれるのかい!?」

 少年ティムは書山の中のリンカのもとへ飛ぶように駆けていった。

「難しいけど……がんばる」

 少年ティムは輝玉のような笑顔を見せた。今までにない飛びっきりの笑顔である。少年ティムは心の底からリンカの讃美歌を楽しみにしていた。

「僕も手伝うよ! わからない事があったらなんでも聞いて!」

「あり……がとう……ティム」

「ゴチャゴチャうるせーぞムッシュー!!」

 少年ティムの背後。客室で眠りについたはずのノブヒロが機嫌を悪くして立っていた。濃いサングラス越しでもわかるような鋭い眼孔が少年ティムを突き刺す。眠りを妨げられたため、ブチ切れである。

「ごご、ごめんなさいノブヒロさん……!」

「ムッシュー、おやすみの時間じゃないのか? ああ?」

「ティムを……いじめちゃ駄目」

 意外なことに、リンカは少年ティムを庇った。書物の山から這うように出てきたリンカはのそのそと動き、少年ティムとノブヒロの間に立つ。

「ワタシは……さんびかを覚える。ティムは……教えてくれる」

「さんびか……? 讃美歌だと?」

 ノブヒロはきょとんとしたがその後、不意に笑い始めた。

「ゾンビが讃美歌か! いいねぇ! 俺も手伝ってやるよ。こんな面白い事はねえからな」

 一見協力的にも思えるが、これはノブヒロの十八番、皮肉である。遠回しに相手を馬鹿にする、嫌味な奴だ。だが、純粋な少年ティムはその皮肉を真に受けてしまう。

「ほんと!? ノブヒロさん!」

「いや……あの、違っ、だからだな、その──」

「ノブヒロさん……ありが……とう。ぜんぶ……わからない。ぜんぶ……おし……えて」

 予想外の反応に戸惑うノブヒロ。

 悪い行いは全て天罰として戻ってくる。その後ノブヒロは一睡も許されず、もう意地悪を言わないことを神に誓った。


 今朝、一睡も出来なかった惨めな客人ノブヒロは畑をいじっている。子供の純粋さの恐ろしさを知る、本人にとっては大事件であった。そんなノブヒロに同業の老人達が話をかける。

「なあノブヒロさん。あんた、教会で寝泊まりしてるんだろ?」

「ああ、そうだが」

「教会で可愛らしいお嬢さんを見なかったかい?」

 可愛らしいお嬢さん、と聞いてノブヒロはゾンビを思い浮かべ、思わずプッと吹いてしまった。

「あの子はティムのガールフレンドじゃろ?」

「そうなのかい? あの子もやるねえ」

 御老体達の会話がだんだん膨らんできた。大笑いをしたい気を抑えてノブヒロは老人同士の話を聞く。

「あ、そうじゃった! ノブヒロさん。教会じゃなくてうちで寝泊まりしていきなよ」

「いえいえ、わしのうちじゃよ」

 モテモテの力持ちノブヒロ。だが、丁重にお断りする。

「あーじいさん、ばあさん、悪いな。俺ァ教会での暮らしが気に入ってな。すまん。でも力が必要ならいつでも言ってくれ。だいたいは教会にいるから」

 素直でないノブヒロはなんだかんだで教会やその住人であるイーリス神父、リンカ、そして少年ティムを気に入っているのであった。


 「ノブヒロ……の……お……かげで、うまく……なった」

 同時刻。リンカは1人で教会の書庫にいた。一晩中ノブヒロに讃美歌を教わったおかげで翌日にはごく一部だが覚えることが出来たのである。リンカがスポンジのような脳ミソをしていて、知識をたくさん吸収出来たのか。あるいはノブヒロの教え方が上手かったのか。あるいはその両方か。

「これで……ティムに……聞いてもらえ……る。ティム……びっくり……する」

 練習の疲れからか、リンカの語りはいつも以上にギクシャクしていた。節々の動きも鈍く、まるでゼンマイ仕掛けのスクラップのようだ。

「さっそく……聞かせる。ティムを……さがす」

 スクラップの関節をゴキッと鳴らし、歩みを始めるリンカ。しかし、その歩みは長く続くことはなかった。リンカはゾンビだ。その体はとうに死に、今は徐々に腐り、朽ちていく段階である。痛覚がなければ、その他の感覚もない。そんなゾンビ、リンカは限界を感じとり、歩み止めた。これはいったい、何を意味するのだろうか。

「……? つか……れた。少し……やすむ」

 リンカは教会の聖堂に戻り、椅子にちょこんと腰を下ろした。その姿は人間の少女と言うにも、可笑しくはない姿であった。


 「──ぃ。起きろ。おい」

 リンカは我に返った。気がついたら夜になっていた。リンカは眠っていたのだ。死後、初めて眠りについたのである。動揺するリンカ。以前であれば、《動揺する》ということさえもしなかったであろう。

「ノブヒロ……ティムは? 神父は?」

「今俺の事呼び捨てにしなかった?」

 キョロキョロと辺りを見渡すリンカ。しかし、風景は変わらず聖堂である。

「もう飯も食い終わったぜ。お前疲れてるっぽいからそのまま寝かしてたけどよ」

「ティムに……聞かせなきゃ。さんびか……おぼえ……たから」

「ティムは自室だぜ。まだ寝てないかも知れん」

 それを聞くと、リンカはやはりギクシャクと椅子から立ち、少年ティムのもとへと向かった。

 ノブヒロの言う通り、少年ティムはベッドに横になってはいたものの、眠りには至っていなかった。その様子にリンカは安堵する。そんなリンカを見て、少年ティムはバッと起き上がった。

「リンカ! 起きたのかい!? 大丈夫? 君が寝るなんて。よほど疲れていたんだね」

「ティム……ワタシは……うたえる。ティムの……ために……うたう」

「リンカ……」

「だい……じょうぶ。うたえ……る」

 そう言うと、リンカは少年ティムへ讃美歌を捧げた。讃美歌は本来、神を讃える歌である。それを教わったリンカは、自分を葬り、転生へ導いてくれる少年ティムを讃えたかったのだ。尊敬していたのだ。その歌声は普段のリンカとは違う、流れるようで、そして囁くようにやさしかった。不気味で不器用な声のリンカとは違う、別のリンカがそこにいた。少年ティムはそう錯覚した。

 そんな甘美な時間も終わりを迎える。

「凄いよリンカ……」

 自分の知らないリンカに触れた少年ティムは圧倒され、呆気にとられていた。

「ティム……ワタシ……がんばっ……た。がんばって……うたった」

「リンカ……僕も頑張る! 頑張って、リンカを──」

 どうやら、少年ティムへの讃美歌はこれが最初で最後だったようだ。床に落ちた腐肉。リンカの喉は歌に耐えきれず、腐り、朽ちてしまった。

 リンカは声を失った。少年ティムが愛する、不気味で不器用ながら胸に響く声を。

 そして美しくも悲しい夏が過ぎ、薄墨に染まる秋が訪れた。

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