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冬葬  作者: えすの人
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 美しく切ないホラーストーリーを春夏秋冬書いていきます!

 よろしくお願いいたします!

 春。うららかな季節。全ての生命が目を覚まし、植物が芽吹き、小川は息を吹き返したかのように流れだす。止まった時が動きだし、まさに生を象徴するような季節である。もちろん、少年ティムの町にも春は訪れた。

 少年ティムは生まれて間もなく両親に捨てられた孤児である。小さな箱の中にボロ雑巾のような布でくるまれて捨てられていたところを、イーリス神父に拾われ、教会で玉のように育てられた。今年で15年目である。少年ティムは春が好きだった。命の恩人、イーリス神父と同じほどに好きだった。春もまた、自分に生命を与えてくれる存在だと少年ティムは思っている。

 しかし、命溢れるこの季節に招かれざる客が現れた。

 それは、午後12時過ぎ頃。少年ティムが教会で留守番をしていた時だった。

「ワタシを……埋葬して下さい」

 ドキンッと胸が跳ね、少年ティムは言葉を失った。教会に響き渡るノックの音。それに応え、扉を開けたらこの娘がいたのだ。ただの娘じゃない。少年ティムが絶句した理由は彼女のその容貌にあったのだ。

 色を失いつつある長くも短くもない髪。片目は落ち窪み、腐敗している。もう片方も異常で、虹彩は色を失い、虚ろを向いている。口元も腐り、裂け、身体の全体も腐り血色がない。元は白かったであろうワンピースも血赭で染まり、皮膚を押し退け、肋骨が露になっている。少年ティムはゾンビを迎い入れてしまったのだ。神聖なる教会に。

「ワタシを……埋葬して下さい」

 再びお願いをするゾンビ。少年ティムはイーリス神父の言葉を思い出した。

「君は誰?」

 教会で育った少年ティム。魂の浄化の方法ももちろん教わっている。今年で15年目だ。もう子供ではない。イーリス神父から教わった魂の浄化を少年ティムは試そうとしていた。しかし、玉のように育てられ、周囲からの接触が少ない少年ティムはその言葉、思考にあどけなさがうかがえる。人にも優しくゾンビにも優しい。それが少年ティムの思考である。

「君は何処から来たの? 家は何処にあるの?」

「ワタシの……うち……」

 腐敗した顎をギギギと動かし不器用に話すゾンビ。その声に綺麗さはない。だが、少年ティムはゾンビの声をとても気に入った。

「思い出せない? 君の名前は?」

「ワタシの……なまえは……」

「とりあえず、お入り。ゆっくり話そう」

 ゾンビを教会に入れてしまった少年ティム。緊張も途切れ、次第に嬉しさへと変わっていったのだった。


 日没が訪れ、暖かな陽射しが冷たい風に変わる頃、イーリス神父が1人の男を連れて帰ってきた。スーツ姿に濃いサングラス、跳ね上がった襟足。町の者ではないようだ。

「いやはや、春とはいえ夜の風は冷えますな。ティム。帰りましたよ」

 しわがれた声でティムを呼ぶ。しばらくして2階からティムが降りてきた。

「イーリス神父おかえりなさい。お客さんですか?」

 イーリス神父の背後の男は寒気を我慢しながら少年ティムに挨拶をした。

「やあボッちゃん、はじめまして。ノブヒロってもんだ」

 少年ティムとは正反対の大人な性格。乱暴な言葉使いから少年ティムは戸惑いを覚えた。今までに関わったことのないタイプの人物だった。それだけではない。少年ティムは昼間の訪問者のことをイーリス神父に話そうとしたが、客がいるんじゃそれも出来ない。

「ティム、自室で何しとった?」

 ドキンッと胸が跳ね上がった。教会の2階にある自室にはかくまったこちらの客がいるのだ。友達が少なかった少年ティムの新たな友達だ。少年ティムはあちらの客、ノブヒロに悟られぬよう適当にでっち上げをした。

「本を読んでいたよ」

「そうかい。どんな本だい」

「えー……魂の浄化? の本さ」

「おお、頼もしいねぇ。将来有望だぜ、おっさん」

 異国の客ノブヒロが勝手に暖炉を焚きながらちゃちを突っ込んでくる。

「ええ、自慢の子ですよ。そんなに勉強しているとは、私も驚きです」

 嬉しそうに笑みを浮かべるイーリス神父。ノブヒロの突っ込みにイラッとした少年ティムであったが、自慢の子という肩書を受けたためスッキリとした。

「ティムこの方を客室へ案内しておくれ。私は夕食の用意をするよ」

「はい」

「ありがとなボッちゃん」

「ノブヒロさん。僕はもう15です」

「おおっと、すまない。では、ムッシュー。案内を」

 少年ティムの圧しにしてやられたノブヒロはズレた濃いサングラスを戻し、生意気の仕返しに皮肉をプレゼントした。そして、ティムにつられ2階の客室へと誘われた。

「イーリス神父!」

「なんだいティム」

「あとで、相談があります」

「フフッ、わかったよ」

 しっかり者の少年ティムは昼間の客について、神父に打ち明けることを決心した。


 「教会のメシって聞いてたからさぞかし質素だろうと思ったら、割りと豪華じゃねえか」

「今どき神父くらい食肉しますわい。飲酒もね」

 夜、少年ティムとイーリス神父は客人ノブヒロを加え、夕食をとっている。献立はいうほど豪華ではなく、少しの肉とワイン、メインは穀物と野菜だった。いつも通りの献立だが、客人ノブヒロは驚きの感動っぷりだった。

「これ! 本に載ってたのと似てるぜ! 1度食べてみたかったんだ!」

「ほっほっほっ。では、早速祈りの言葉を」

 そう言うと、イーリス神父と少年ティムは祈りの形をとり、ぶつぶつと祈りを捧げた。

「むぅ……郷に入らば郷に従えってか」

 ノブヒロは困惑しながらもまるで子供が親を真似るかのように祈りを捧げた。

 一方ゾンビはというと、少年ティムの自室にて待機中である。何を食べるのかと聞けば「ゾンビは……ものを食べません」などとやはり不器用に答えた。死人が人肉を食べるという物語はありふれた話ではあるが、それは人間の思い込みというか、勝手なのかもしれない。


 夕食後、客人ノブヒロは満足して就寝に入った。少年ティムは好機と思い、書物を読みふけっているイーリス神父のもとにローブを着せたゾンビを連れて訪れた。「ティム……そちらは何方かな?」と尋ねられ、少年ティムは本日3度目のドキンッを経験した。

「イーリス神父。こちらは昼に訪ねてきた者です」

 そう言って少年ティムはローブを剥がし、ゾンビの姿を露にした。その姿に絶句するイーリス神父。

「その娘を、どうしたいのかね?」

 やっとの思いで出た言葉には緊張や恐怖がうかがえる。その筈である。死人が動くことなどあり得ない。聖人のイーリス神父が一番理解していることである。少年ティムは悪魔に魂を売ったのかとも思った。死人の蘇生は罪であり、世界の冒涜である。しかし、疑うことはよくない。たがら一応質問をしたのだ。

「どうなんだ! ティム!」

 不安から自然と口調が強まる。この子を玉のように育てたのだ。教えた道は善への道。悪への道など教えた覚えはない。しかし、少年ティムは怯まず真っ直ぐに応えた。

「イーリス神父。この娘は埋葬を望んでいます。正式な埋葬を。恐らくこの娘は死亡した後に捨てられたのでしょう。僕はこの娘の浄化のためにも、僕はこの娘を埋葬したい」

 イーリス神父は涙した。自分の知らないうちに立派に育ったものだ。感動とともに謝罪を胸にイーリス神父はゾンビを正式に迎え入れた。

「神父?」

「うむ。よい、よい。うちで匿いなさい。歓迎しよう。無事、埋葬して差し上げよう。ティムや、力を貸しておくれ」

「神父、精進します」

「では、いつに埋葬をしようか」

 イーリス神父は名も無きゾンビに問うた。ゾンビは虚ろな目をイーリス神父に向け、ギギギと首を動かした。

「冬に……冬に葬って下さい。生命を終える冬に。そうすれば……春には輪廻転生を……むかえられるでしょう」

 不気味で無機質な声が少年ティムとイーリス神父に届く。少年ティムは堪らなくこの声が好きになっていった。

「うむ、宜しい。では、それまで教会に置いて上げよう。しかし、生憎客室は埋まってしまってな。ティムの部屋はどうじゃ」

「僕は構わないよ」

 少年ティムは満足だった。

「ティム……よろしく」

「夜も遅い。おやすみ2人とも」

 今宵、教会に新たな仲間が加わった。新しい生活が始まる。


 「リンカは眠らないの?」

「リンカ……? ワタシは……眠りません」

 ゾンビは少年ティムによって、リンカと名付けられた。リンカはリンカーネーションからとった言葉である。意味は《転生》。こんな言葉を知るくらい、少年ティムはイーリス神父に知られずに学んでいたのである。特に知られてはならない訳でもないが。

「どうして眠らないの?」

 少年ティムはベッドの毛布にくるまりながら、質問を続けた。リンカは少年ティムのベッドの端にもたれ掛かるように座り、答えをを返す。

「眠って……起きたら……明日になります。死人に……明日はありません」

「そう」

 あまり納得いかない答えであった。

 急な眠気が少年ティムを襲う。どうやら今日は緊張し過ぎて疲れてしまったらしい。このまま寝てしまうのもリンカに申し訳ないと思い話を続けようと思ったが、そのうちうっとりと眠ってしまった。

「ティム……おやすみなさい。いい夢を──」

 そのあと、リンカは何かを言っていたが、睡魔の虜となった少年ティムにはもう聞こえてはいなかった。


 その後、少年ティムとイーリス神父は少し新鮮ではあるがいつも通りの春を過ごした。大きな変化と言えば、客人ノブヒロが居候をし始めたということと新しい家族、リンカがいるということである。力仕事の出来ない少年ティムやイーリス神父の手助けとして、ノブヒロは自分の立場を確立し、その力を発揮した。ノブヒロにもリンカのことを打ち明けた少年ティムは驚き恐れるノブヒロを見てみたいと思っていたが、その期待とは大きく違って冷めた反応を見せ、コーヒーを啜りながら新聞を読んでいた。少年ティムにとってはつまらない反応である。しかし、ノブヒロのその姿に父のような雰囲気を受け、次第にうちとけるようになっていった。

 一方、リンカは1日中少年ティムの自室でボケーッと座っていたり、書庫の本をボサッと眺めたりしている。少年ティムが就寝に就くとそれを舐めまわすようにジーッと見つめるため少年ティムは毎日うなされ続けている。腐敗についてだが徐々に進行しているようだ。

 そして、運命通り少年ティムが好きな春が終わり、夏がやってくる。

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