こっちみんな
クリスに「また来るわ」と告げて店を出た後、俺は武器&防具屋に行く前に冒険者ギルドへ兎の肉とスライムの結晶を売却しに行くことにした。
・・・さっきから妙に視線を感じるような気がする。
俺の格好がどこかおかしいのだろうか?
服だってちゃんと着てるし、靴も履いている。
クリスだって特に何も言わなかったし、その辺を歩いてる連中とそう大差ない筈なのだが・・・
万が一人攫いとかだったらヤバイので、俺は辺りを見回す風を装って視線の主をチェックすることにした。
するとまぁ、いるわいるわ。
あからさまに視線を反らす者から、無関心を装いつつも何度もチラチラとこちらを見て来る者まで大漁だった。
視線の主の男女比はおよそ9:1。
そこで俺は漸く見られている理由を察した。
そーいえば俺が今擬態しているグラビアアイドルは、美形揃いのエルフ族に負けず劣らずの美女だったのだ。
うーん、これはちょっと失敗したかもしれん。
いくら美女だとは言っても、まさか街を歩いているだけでこんなに注目されるとは思ってもみなかった。
今の俺はゴブリンにやっと勝てる程度の実力しかない。
大勢の性質の悪いチンピラに囲まれでもしたら、抵抗虚しく暗がりにでも連れ込まれて犯されてしまうこと請け合いだ。
妖艶なお姉様に強引に押し倒されるなら兎も角、ヤローに犯されるなんて死んでも御免だ!
俺は少しでもヤローの視線を軽減する為に、再び外套のフードを被って歩くことにした。
「ここが冒険者ギルドか」
30分後、俺は冒険者ギルドの前に立っていた。
ここでメンバー登録をすることで、モンスターの討伐報酬を受け取ることが出来るようになる。
ちなみに、モンスターの素材の買取だけならギルドに登録しなくても可能だが、討伐報酬は受け取ることが出来ない。
また、ギルドに登録している者は毎月ランクによって一定額を登録料としてギルドに納めなければならない。
最初のFランクなら毎月100Gだ。
そして1つ上のEランクで毎月300Gという風に、段々登録料が上がって行くシステムだ。
ぼったくり過ぎじゃね?とも思うが、その代わりに冒険者は毎月の納税や街に入る際の通行料を免除されるのだ。
それだと街の住民が全員加入してしまって税収がガタ落ちするんじゃないか?と思われるかもしれないが、そこは上手く考えられているようで、大怪我や病気などの明確な理由無しに一定期間一定以上の成果を挙げられなかった冒険者は強制的に登録を抹消されてしまうだけでなく、追徴課税までされてしまうのだ。
そんな訳で、税の支払いを逃れようという理由でギルドに登録する輩は殆んどいない(皆無ではない)。
「すぅー、はぁー」
俺は一度深呼吸をして心の準備をし、ギルドの扉を押し開いて中に入って行った。
すると、今度は先程とは全く異なる雰囲気の視線が俺の全身を貫いた。
これは好色の類ではなく、初めて見る相手の実力を値踏みする視線だ。
この視線の主1人1人が俺よりも遥かに強いであろうことは、俺のスライムとしての勘が告げている。
恐らくはオークと同等かそれ以上の実力者たちだろう。
こいつらが全員まともな倫理観を持ったやつらとは限らないので、舐められない為にも堂々とした足取りでカウンターに向かって歩いて行った。
「すいません。メンバー登録と素材の買い取りをお願いします」
俺はカウンターに座っている受付嬢たちの中から、サラの記憶で一番印象が良かった女性に声を掛けることにした。
「かしこまりました。それでは素材をこちらの台の上にお乗せ下さい。私どもが状態を確認しております間に、こちらの登録用紙にご記入をお願い致します」
うん。サラの記憶通りの美人だし、女の姿の俺にも感じの良い対応だ。
2つ隣の席で頬杖突いて欠伸してる女なんて、サラの姿を見た途端に男どもに向けていた笑顔を引っ込めて無愛想に対応してやがった。
それ以来、サラがギルドを訪れる時は多少並んででもこの女性に対応して貰っていたようだ。
っと、今はそんなことよりもこの紙に記入しなければ!
俺は血抜きしたホーンラビット3匹と、スライムの結晶2個を台に乗せ、登録用紙に目をやった。
えーっと、名前はどーしよーかなぁ?
クリスにナギサって名乗ったのは、あの店が女性専門店だから男としての俺がクリスを訪ねることはまずないだろうという考えの下で名乗ったのだが、女の姿でギルドにナギサと登録してしまうと、いざ男として登録しようという時にナギサとは名乗り辛くないだろうか?
こっちの世界では、ナギサという名前は相当珍しい部類だ。
短期間の内にそんな名前の人間が2人も現れたら変に思われるかもしれない。
俺がモンスターのスライムであることだけは絶対にバレる訳にはいかない。
俺の正体がバレる可能性のある行動は慎んだ方が身の為だ。
だったら、ギルドに来る時だけ女の姿に擬態すれば良いじゃねーか!とかいう意見は却下だ!
そりゃ確かに今は女の姿に甘んじてはいるが、俺の心はあくまでも男だ。
今後も状況に応じて女の姿を採ることはあるかもしれないが、基本的には男として人生を過ごしたい。
・・・まぁいいか。
なんかもう色々考えるのがめんどくなって来た。
男の姿の時は『キリュウ』で登録すればいいやw
俺は登録用紙の名前欄に『ナギサ』と記入し、スキル欄に『ヒール』、備考欄に『スライムの結晶狩りが得意』と記入して受付嬢に渡した。
「ありがとうございます。ナギサ様ですね。ギルドの利用方法の説明は致しますか?」
「いえ、知り合いから聞いて知っているので大丈夫です」
「かしこまりました。それでは、こちらがナギサ様のギルドカードになります」
「ありがとうございます」
「それでは、まずモンスターの討伐報酬のご説明をさせて頂きます。ホーンラビットの討伐が3匹で15G、スライムの討伐が2匹で100Gです。ここまではよろしいでしょうか?」
「はい」
ホーンラビットが1匹5Gで、スライムが1匹50Gなので規定通りの金額だ。
「次に素材の買い取り査定の結果をお伝えさせて頂きます。まずホーンラビットの肉に関してですが、討伐後素早く血抜きもされており、状態も良好でしたので3匹分で18Gで買い取らせて頂きます。次にスライムの結晶ですが、どちらも全く損傷が無く一点の曇りもない品でしたので、2個で1,300Gで買い取らせて頂きたいと思いますが如何でしょうか?」
「お願いします」
やはり血抜きしておいて正解だったようだ。
たった1Gの違いだが『1Gを笑う者は1Gに泣く』って言うだろ?
・・・いや、マジでサラの記憶にあったんだって!
ところで、意外にもスライムの結晶が予想よりも高額で売れたようだ。
小さい結晶だったので、最低価格の500Gずつになるとばかり思っていた。
これは嬉しい誤算である。
「かしこまりました。それでは、討伐報酬と買取金額の合計の1,433Gから登録料の100Gを引きまして1,333Gのお支払いとなります。お確かめ下さい」
お姉さんはそう言ってトレイに銀貨と銅貨を置き、俺の目の前に差し出した。
俺としては出来ればお姉さんに直接手渡しされたかったけど、良く考えたら硬貨を46枚も手渡し出来る訳がない。
てゆーか、そもそも今の俺は女なので、そんなことを要求したらこの優しいお姉さんにすらドン引きされてしまうかもしれない。
流石にそれはアレなので俺は断腸の思いで自重し、銀貨13枚と銅貨33枚を1枚ずつ数えて財布用の小さな皮袋に入れた。
「はい、確かに受け取りました」
「この度は大変良い品をお持ち頂きありがとうございました。現在スライムの結晶が在庫不足となっております関係で、状態の良い品は3割増で買い取らせて頂いております。よろしければまたお持ち下さいませ」
「へぇ、そーだったんですか。わかりました。今度見掛けたらまた狩っておきます」
500Gの3割増はかなり美味しい。
俺なら他の連中と違ってスライム相手に素手で挑めるし、見掛けたら積極的に狩って行くとしよう。
俺は丁寧な対応をしてくれた受付嬢のお姉さん(名札が無いので名前分からない。でも名前を教えて下さい!なんて俺のチキンハートじゃ言い出せないw)にお礼を言ってギルドを後にした。
スライムの討伐報酬が意外と高額なのは、戦士系の冒険者が武器の劣化を嫌がってあまり討伐してくれないからです。
また、剣で結晶を斬ったり魔法で焼き殺した場合は、結晶の残骸をギルドに持ち込むことで討伐したと見做されます。