初めての擬態
恐る恐る目を開けると目の前には深い森の光景が飛び込んで来た。
何か妙に視点が低い気がするなぁと思ったら、俺は既に人間の姿ではなく、スライムになっていたのだった。
しかも某ゲームみたいな雫型のマスコットキャラ風味ではなく、洋風のゲル状スライムである。
あえて某ゲームで例えるなら、バ○ルスライム?
毒攻撃は出来ないと思うけど・・・
俺の体には顔に該当する器官は一切存在せず、体内に直径5cmほどの結晶のような物が存在しているのみである。
あからさまに弱点ですと言わんばかりの存在感だ。
恐らく、これが人間で言うところの脳や心臓に類する器官なのだろう。
今後はこれに傷を付けない様に行動するとしよう。
それにしても腹が減ったな。
胃なんて存在しないのに、この体はどーなっているのだろうか?
このままではとても耐えられそうにないので、食料を探す為に森を徘徊していたら、1匹のゴブリンが額に角が生えた兎のようなモンスターを手に提げて歩いているのを見付けた。
しかし、やつを見た瞬間に本能的に勝てないことを悟った俺は、見付からないように隠れてやり過ごすことにした。
悪食っぽいゴブリンと言えども、流石にスライムを食べるとは思えないが、やつらの行動原理が分からない以上、迂闊にやつの前にノコノコと姿を晒す訳にはいかない。
見付かりたくないならさっさと逃げれば良いのだが、今後の為にもやつらの巣の場所や行動範囲は確認しておきたい。
でないと、俺はまともにこの森を徘徊することも覚束なくなってしまう。
そんな訳で、やつに気付かれないように適度に距離を取って後を付けることした。
そして10分ほど尾行した時だっただろうか、今度はゴブリンの正面にオークが現れた。
ゴブリンは手に提げていた兎?を放り出して即座に逃げようとしたが、オークの馬鹿デカイ棍棒でグチャっとあっさりと潰されてしまった。
オークは地面に減り込んだ棍棒を引き抜き、グチャグチャに潰れたゴブリンの肉を生のまま喰らい始めた。
周囲はゴブリンの血や臓物の匂いで酷いことになっている。
しかもオークの口の周りはゴブリンの血で真っ赤だし、正直グロいです。
それにしても、予想通りオークはゴブリンよりも大分格上らしい。
俺が本能的に勝てないと悟ったゴブリンですら、即座に逃げ出そうとしたのだ。
それをあっさり仕留めてしまうようなオークには、今度絶対に遭遇しないようにしようと誓った。
そんなことを考えている内に、どーやらオークの食事が終わったようで森の奥に去って行った。
今度は流石に後を追うのは止めておいた。
やつはあの巨体にも関わらず、小柄なゴブリンよりも遥かに素早かった。
万が一見付かったら、今の俺では確実に殺されてしまうだろう。
それと、やつを追わないのにはもう1つ理由がある。
さっきまでゴブリンが持っていた兎?だ。
オークはゴブリンを食べて満腹になったのか、傍に落ちていた兎には見向きもしなかったので、今もそのまま地面に転がっているのだ。
そもそも俺は食料を探していたのだから、獲物が落ちているなら食べない手はない。
・・・ところで、俺ってば口が無いんだけど、どーやって食べれば良いんすかね?
覆い被されば消化出来るんかな?
さっきのオークの食事風景も相当グロいけど、丸呑みも大概グロいと思う。
だって俺の体って透けてるから、消化される光景が丸見えなんだぜ?
目玉がないから目を閉じて見ないようにすることすら出来ないし・・・
どーでも良いけど、俺ってどーやって世界を知覚してるんだろーか?
目も耳も鼻も口も無いのにここが森であることを認識し、音を聞き取り、匂いを嗅ぐことすら出来ている。
まぁ、人間の常識で考えてもスライムの生態なんて理解できる訳はないんだが・・・
そんなことよりも今は食事だ。
観念して体長30cmくらいの兎に覆い被さると、5分ほどで消化出来た。
なるべく意識しないようにはしていたが、最初に毛皮が溶け、次に肉が溶け、最後に骨が溶ける光景を強制的に見せ付けられ、俺のライフは既にゼロである。
とはいえ、悪いことばかりでもなかった。
どーやら、スライムには味覚が存在しないようで、何の味も感じられなかったのだ。
正に、不幸中の幸いである。
そして、そんなグロ体験に耐えた甲斐あってか、兎を完全に消化が終わった瞬間、頭の中に声が響いた。
【擬態スキル(ホーンラビット♀)を獲得しました】
・・・ん?今の声は何だ?
まるでゲームのアナウンスじゃないか。
意味が分からん。
実は異世界でも異星でもなくて、ゲームの中なのだろうか?
・・・まぁいいや。どーせ考えたって分からないんだし、それよりも手に入れた擬態スキルとやらを試してみよう。
使い方が分からんのだが、念じれば使えるんだろーか?
さっきの兎もどきの姿を思い出しながら、ホーンラビットに擬態!と念じてみた。
すると俺の体が光り、次の瞬間、俺の体がスライムからホーンラビットに変化していた。
鏡なんて気の利いた物は無いので顔は見えないけど、胴体や足を見る限りちゃんと擬態出来てると思う。
しかも、ホーンラビットを消化した時に、生命エネルギー的な物が俺の中に吸収されたのを感じた。
もしこれがゲームでいう所の経験値だとすれば、レベルアップが可能かもしれない。
スキルがあるのだから、その可能性は十分考えられる。
地道にレベルを上げて行けば、いずれはゴブリンやオークを仕留められるようになる筈だ。
そして、最終的には人間やエルフにも擬態したい。
そこに至って、漸く記憶と自我を持ったまま転生した意味が出て来るという物だ。
とはいえ、流石に一般人を襲うのも少々アレなので、俺を殺しに来たやつか、若しくは犯罪者辺りを標的にしようと思う。
それなら俺のなけなしの良心も痛まない。
兎にも角にも、まずはホーンラビットなどの弱そうなモンスターを狩りまくって、ゴブリンを殺せるくらい強くならなければ!
当面の目標が出来た俺はホーンラビットを探してオークが歩いて行ったのと逆方向に進んでいった。