ここから始まる物語2
何も考えずにただ書いています。更新ペースなどは滅茶苦茶なので、すみません。
暗い、闇の中
「来たね」
少女、千夢が言った。
「そりゃ来るよ。どうして電気点いてないの。」
少年、志摩が言った。
「それじゃ、行こうか」
千夢が言った。
「……行くってどこに」
志摩が言い終わる前に、彼の身体は千夢が持っているページが開いた分厚い本に吸い込まれた。
「……ふふ」
微笑を残し、千夢も本に吸い込まれた。
残った本は、パタンと閉じられ、木の地面に落ちた。
***
「柄悪いね。」
志摩が目の前で自分を見下ろしている少女、千夢に言う。
志摩は制服姿で、ところどころ汚れている。勿論学校帰り、殴る蹴るの暴行を受けたせいだ。
毎日これなのだからやってられない。
今回は家に帰り、夕食を食べてから来た。夕食の内容は、カップラーメン、一個。
親が仕事でいないのだから仕方がない。
「いいでしょう。別に。」
悪いことはなにもしていないと言わんばかりに、千夢の無の感情が込められた言葉が志摩を襲う。
千夢の服装は、真っ赤な服と、薄い青のズボン。派手な色なのに、落ち着いた印象を与えられるのはなぜだろう。
「……客が来たのに電気消しててそれを聞いても無視されて挙げ句には本に吸い込まれて現在なにがどうなってるかの説明もなしでいる僕に対してなにも悪くないと?」
「何か悪いことでも?」
「もういいよ。」
千夢の即答に対して志摩も即答で返す。
「場所の説明は今からしようと思ってたところだよ。ここは、次元本の中。異次元だよ。ここの課題をクリアしないと元の世界には帰れない。」
「うん。」
志摩は地面で胡座で座り、千夢の話に相槌を打つ。
「で、課題というのは大体決まっている。」
「うん。」
「人助けだよ。」
「やだよ。」
即答。
志摩の拒否の言葉を最後に、会話は途切れた。
千夢は何かに驚いているようだ。
「嫌っていう欲望があったんだね……」
しばらくの時間の後に千夢が口を開いた。
「そりゃあるよ。」
「拒否権ないけどね。さあ行こう。立って立って。」
最後のほうの言葉を重ねながら、千夢は志摩の手をグイグイ引っ張る。
「行くってどこに。この辺草しかないじゃん。」
志摩はそう言って立とうとしない。
志摩の言う通り、ここには草しかない。辺り一面草原、夜は星がよく見えそうだ。
時間が昼なのは、異次元だからだろう。志摩は特に気にはならなかった。
「次元本使うんだよ。」
そう千夢は言う。
志摩も大体次元本が何かは分かっている。
ディメイション・ブックと書かれたあの古い本のことだろう。だが、千夢は今、あの本を持っていない。
「ないじゃん、本」
そのことを志摩が言うと、千夢は腰に手を当てた。
何度かパンパンと腰を叩いた後、徐々に顔が青ざめていく。
「忘れたんだね」
志摩は平淡にそう言った。
千夢は俯き、ただ黙った。
春の陽気がぽかぽかと気持ちいい。空は快晴、青一色で統一されている。
「どうするの。」
志摩が尋ねた。このまま移動できないとなれば、歩くしかない。
途方もない、遠い道のりを。
「……どうしようもないよ。」
半分、涙声になっていた。
「ボクの『能力』は本を使うから、今は何もできないんだよ。」
段々と、声が小さくなってゆく。
「じゃあ、今の君はただの女の子なんだね。何の力もない。」
志摩は、何の感情も含まれていないその言葉で尋ねた。
千夢は弱々しく頷く。
「もう一回聞くよ。これからどうするの。」
答えは返ってこない。ただ俯くだけ。
「分かった。じゃあ答えるまでここで待ってるよ。どうせ、僕だけで動けるわけもないし。」
志摩はそう言って、地面に寝転んだ。緑の草原はとても気持ちがいい。
志摩の位置からは、千夢の今にも泣き出しそうな表情も見える。
だから、それを視界に入れないために、志摩は目を閉じた。
***
次に草原の景色を見たときには、もう辺りは暗かった。
どうやら寝てしまっていたらしい。横では、千夢が同じように寝転がっている。
目を開いて。
志摩は大きく欠伸をし、もう一度千夢に尋ねる。
「どうするの?」
千夢は答える。
「分からないよ。本なんて忘れたことないし。」
涙声ではなく、若干、震えたような声だった。
……うまいなぁ。でも残念。僕には分かるんだ。
そんな風に胸の内で言う。
「でもさ、分からないんじゃ、どうしようもないよ。」
志摩はそう言いながら立ち上がる。
「行こうよ。もうそろそろめんどくさい。」
「え? めんどくさいって……何処に行くの?」
千夢も志摩に合わせて立ち上がる。
「本、あるよね。この空間の何処かに。」
もうすでに何処にあるのかも大体検討がついている。だが、そこまでは言わない。
千夢は疑問の表情を少しずつ微笑へと変える。
「……ふふ。いつから分かってたの?」
「最初から。次元の歪みが生まれている。そう、初めに感じたからね。寝たのは気持ちよかったからだよ。パニックみたいになってたのも、演技だったんでしょ。うまいね。全然分からなかったよ。」
そこまで話したところで一旦言葉を止める。そして
「帰っていい?」
そう言った。
「……君、何者なの。次元の歪みを感じとるなんて……」
「言う筋合いは、ないよね。」
千夢の最初の顔はすでに消えていた。不思議そうに志摩を見つめている。
内心、ため息を吐き
「もう僕は帰るよ。面白いことがないんだったらね。」
右手の指先を揃え、横に振るう。すると、次元の歪みが露になった。
空間がぱっくりと割れ、中で紫と黒の波動が入り交じって回っている。
志摩は手を伸ばし、触れようとする。
「待って。」
それを千夢の声が制した。
志摩は伸ばしていた右手を下ろし、千夢のほうに身体を向ける。
「君は何なの? それが分からない限り、ここから帰さない。」
本を開き、一ページを破り取る。
千夢が何かを小声で言うと、紙だったそれは立派な装飾を施した剣に変わった。
刀身が青い、少女が持つには少し大きい剣に。
しかし、千夢はそれを片手で軽々と持ち、切っ先を志摩に向けている。
「無理だよ。僕は君に正体を現す気は無いし、簡単にここから帰れる。」
そう言った志摩の顔には、少しの苛立ちの色が見られる。
「何者」から「何」に変わったせいだ。
自分が、人間と判断されていない。
明らかな挑発だった。志摩は、そんな挑発を無視できるほど大人ではない。
だが、ここで殺し合う気もない。ただ、逃げる。話を聞く前に。
何か言われる前に逃げる。
というわけで後ろの波動に手を伸ばして触れる。紫色の波動が志摩の身体に巻き付く。
「無駄だよ。ここはボク以上の波動を持ってないと……」
「持ってたら? どうなんだろうなぁ」
今まで何の変化もなかった志摩の顔に微笑が浮かぶ。
その微笑は、眩しい紫の光と共に消えた。
つまり、志摩は次元を移動した。
「…………」
残された千夢は、ただ呆然とその場で立ち尽くした。
オレンジの光が草原を照らし、弱い風が、千夢の頬を優しく撫でた。




