木下優希スピンオフ:特定班の顧客分析(推し活ハック編) 第1エピソード:顔の見えない「推し」の特定と、初対面の社長の心を折るプロファイリング
本編の若手として活躍する木下優希。一見、今時の若者に見える彼女には、誰にも言えない秘密の顔がありました。それは、ネット上で神と崇められる「特定班」としての顔。
推しの配信者が投稿したわずか3秒の音声、窓に映った景色から、居住地や行動パターンを完全に割り出すストーカー一歩手前のサイコパスな解析力。
そんな彼女が、絶対に首を縦に振らないと言われる「超偏屈なワンマン社長」の新規開拓を任されたとき、彼女のオタク脳がビジネスの現場を異常な形でハックし始めます。
「木下、悪いがこの『黒金テクノロジー』の黒金社長から、アポイントだけでも取ってきてくれないか?……いや、無理なのは分かってる。あの社長、ネットもSNSも大嫌いで、情報が一切表に出ないことで有名なんだ」
佐藤先輩から渡された資料を見つめ、私の脳内で何かがパチリと音を立てた。
情報が一切表に出ない。
ネット嫌い。
(……ゾクゾクする。これって、徹底的に身元を隠して配信している『推し』の裏垢を特定するときの興奮と、全く同じじゃないですか)
私の脳内のミニゴジラが『ガルルル!(隠せば隠すほど、剥ぎ取りたくなるのがオタクの性だ!)』と目を輝かせて咆哮した。
情報がない? いえ、ネットの海には必ず「足跡」が残っている。
私は会社のデスクを離れ、自分のスマホを高速で叩き始めた。黒金社長の個人アカウントは存在しない。だが、彼の「会社」の採用情報、部下の匿名日記、5年前の業界紙の片隅に載ったインタビュー写真……それらを集めて拡大し、1ピクセル単位で解析していく。
「見つけた」
役員紹介の写真に写り込んだ社長の腕時計のブランド。新入社員のブログに書かれた「社長の出張土産の地名」。そして、社長の愛犬の犬種。
これらを掛け合わせ、私のプロファイリング脳が一瞬で黒金社長の「思考の行動パターン」を弾き出した。
彼はネットが嫌いなのではない。自分のプライベートを汚されるのが嫌いなだけで、実は「誰も気づかないニッチな職人技術のまとめサイト」を毎晩欠かさず閲覧している。
翌日、私はアポなしで黒金テクノロジーの社長室の前に立っていた。受付を突破し、激怒する黒金社長と対峙する。
「お前みたいな若いのが、何の用だ! 帰れ!」
「黒金社長、お忙しいところ恐れ入ります。本日は営業ではなく、社長が先週から熱心に探していらっしゃる、1970年代のオランダ製精密工具の『代替パーツ』の仕入れルートについて、データをお持ちしました」
社長の動きが、ピタリと止まった。
「……な、なぜそれを……!? 誰にも言っていないはずだ!」
「社長の愛犬のブログ写真の背景に、その工具のカタログが数ミリ写り込んでいました。あの工具を使う職人が今、世界でどの掲示板に集まっているか、私は5時間で特定しました。社長、私にとって顧客分析は『推し活』と同じなんです。あなたを完全に理解するために、あらゆる媒体からあなたの思考をプロファイリングしました」
私の目が、少し座っていたかもしれない。
黒金社長は、私のその「底知れない執念」に完全に気圧され、ブルリと肩を震わせた。
「お前……天才か、それともサイコパスか……」
「ただのオタクですよ。さあ、社長。私の推しになっていただけますか? 最高のバックアッププランをご用意しています」
こうして、誰も崩せなかった鉄壁の黒金テクノロジーとの契約書が、私の手元に転がり込んできたのだった。
****ビジネス・自己啓発解説パート****
今日のゴジラ・ハック:【「点」の情報をつなぎ合わせ、顧客の「脳内」の再現に執念を燃やせ】
現代のマーケティングにおいて「顧客分析」は必須ですが、多くの人はアンケートや数字の羅列といった表面的な「面」のデータしか見ません。本当に強い分析とは、相手がSNSの裏で何を呟いているか、何を求めているかという「点」のわずかな情報から、相手の「思考のコンテキスト(文脈)」を立体的に復元することです。
木下さんのように、相手に対する異常なまでの興味(推し活の精神)を持ち、あらゆる媒体からファクトを集めてプロファイリングする。この「執念」こそが、AIにも真似できない超高精度のニーズ特定を生み出します。
****飼育員からの超重要アドバイス****
顧客をプロファイリングするときは、「相手が隠したがっている本音」に先回りしてアプローチするのがコツです。ただし、あまりにストレートに言い当てるとただのストーカーになってしまうので、ビジネスの現場では「あなたのためにここまで調べました」という「他者貢献」の形に綺麗に翻訳して提示しましょう。
****明日使えるアクションプラン****
次に大事なクライアントや上司と会う前に、その人の会社のホームページだけでなく、業界のニュースや、その人が関わっていそうな趣味のコミュニティの動向を3つだけ深く掘り下げてみましょう。「相手が今、脳内のリソースを何に一番割いているか」を予測する癖をつけるのです。
(第1話・完)




