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検死役の娘は、死体に嘘をつかせない。  作者: 雨音 穹
第一章 検死役の娘

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第一章 検死役の娘 第七話



検死室の扉が閉まると、空気が切り替わる。

外の雑音は遮断され、機械の低い駆動音と、自分の呼吸音だけが残った。






消毒液の匂い。冷たい金属の台。白い布の下に、死体。

父さんが布の端を持ち上げる。






露出した皮膚は蝋のように白く、ところどころに暗紫色の斑点が浮かんでいた。

口元はわずかに開き、舌は乾いて黒ずんでいる。

指先は硬直して、わずかに(かぎ)のように曲がっていた。






「死後硬直、四股末端まで進行。死後経過はおおよそ八〜十時間」






父さんの声は、いつもよりさらに感情が抜け落ちている。

(あや)が温度計の数値を読み上げる。






「直腸温、三十二・四度。室温二十一度」

「一致するな」






父さんは頷きながら首元を観察した。






「.....頸部の皮下出血。索状痕もある」






私は思わず喉を鳴らした。

首の周囲に、細い線状の痕が残っている。

赤紫に変色した皮膚。

指で押さえられたような点状出血が、白目の内側にも広がっていた。






「絞殺の可能性、高いです」






(あや)が淡々と言う。






「抵抗の痕は?」

「前腕に擦過傷。爪下出血も少し」






父さんが遺体の手を持ち上げ、爪の内側をライトで照らす。






「犯人の皮膚片が出るかもしれん。回収」






(あや)が綿棒を差し出し、手際よく採取する。

二人の動きは無駄がなく、まるで工場のライン作業みたいだった。






「死亡推定時刻は昨夜十時ごろから深夜二時の間」






父さんがメモを取りながら言う。






「発見は朝七時。室内密閉、エアコン稼働。死体冷却が遅れた理由も納得できる」






私は遺体の顔を見る。

三十代くらいの女性。化粧は落ち、唇は紫色に変色している。髪は乱れ、片側の耳にだけピアスが残っていた。

私は片手を挙げる。






「なんだ」






父さんが反応する。






「被害者は誰なの?」

燈華国(とうかこく)情報局の下級分析官」






(あや)が答えた。






「内部の人間か」






父さんは少しだけ眉を寄せた。






「事故死で処理される可能性もある案件だ」

「でも、絞殺なら事故は無理じゃない?」

「上は”無理を通す”」






父さんの声は乾いていた。

私は遺体の首の痕を見つめた。

細い索状痕。布かコードか、何か柔らかいもの。






「.....犯人、知ってる人かもしれませんね」






(あや)がぽつりと言った。






「この階級で殺されるなら、内部犯行の確率が高い。外部侵入ならもっと派手になる」






父さんは黙って頷く。

私はその会話を聞きながら、胸の奥が少し冷たくなるのを感じた。

ここは、ただの死体置き場じゃない。

政治と権力の影が、すぐ隣にある場所。






「怖くなったか?」






(あや)が小さく聞いた。






「.....ちょっと。でも、知りたくなった」

「変わってるな」

「よく言われる」






父さんは布を戻し、静かに言った。






「この仕事は、人間の裏側を見る仕事だ。覚悟がなければ壊れる」

「父さんは、壊れた?」






一瞬だけ、父さんの手が止まった。






「.....壊れないようにしているだけだ」






それ以上は何も言わなかった。






検死室を出ると、廊下の光がやけに白く感じられた。

さっきまで見ていた首の痕が、瞼の裏に焼きついている。

(あや)が肩をすくめる。






「歓迎するよ、検死役。人手は足りないし」

「父さんは歓迎してない」

「親ってのは、子どもに地獄を見せたくない生き物なんだ」






私は少しだけ笑った。

父さんの背中は、いつもより少しだけ小さく見えた。



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