第一章 検死役の娘 第六話
検死室に行くまでの廊下は、朝でもひんやりしていた。
石床に響く足音は、父さんと私の二人分だけ。
「.....怖くないのか」
歩きながら、父さんが聞いた。
「怖いよ」
即答した。
「でも、父さんのやってることちゃんと知りたい」
父さんはそれ以上何も言わなかった。
ただ、歩幅を少しだけ落としたような気がした。
*
検死室の扉の前。
鍵を回す音が、やけに大きく響く。
扉を開けると、昨日と同じ冷たい空気が流れ出した。
白布のかかった解剖台。器具棚。薬草と酒精の匂い。
そして_____
「来ましたか」
斑がいた。
解剖台の前で、手袋をはめながらこちらを見たのは一瞬だけ。
父さんが淡々と言う。
「昨日と同じだ。紗詠は後ろで見てるだけ」
「.....そうですか」
斑は特に興味を示さず、手元に視線を戻した。
「まあ、邪魔しないなら好きにすれば」
私は軽く頭を下げる。
「.....よろしく」
「何も教えないよ」
「分かってます」
斑はそれだけ聞いて、もう関心を失ったように器具を並べ始める。
父さんが低く言う。
「昨日と同じだ。触るな。近づくな。口出すな。俺の後ろにいろ」
「うん」
斑はメスを手に取りながら、ぼそっと言った。
「黙って見ていられるなら、向いてるかもね」
それは評価というより、ただの事実確認みたいな口調だった。
父さんは反応しない。
私だけが小さく息を飲む。
(.....ここが、父さんの世界)
昨日よりも少しだけ、現実味が増した。
冷たくて、静かで、感情が仕事の外に置き去りにされる場所。
それでも_____
私は父さんの背中を見つめ、拳を握り直した。
(ここに、立ち続けたい)
昨日は「見学」。今日は「継続」。
それだけで、私には十分だった。




