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検死役の娘は、死体に嘘をつかせない。  作者: 雨音 穹
第一章 検死役の娘

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第一章 検死役の娘 第五話












.....困ったものだ。






詠真(えいしん)は歩きながら、ほんの一瞬だけ背後の気配を振り返った。

そこにいるのは、娘の紗詠。

小さな背中。細い腕。まだ子どもの体躯。

それなのに、さっき向けられた眼差しは、すでに”覚悟を決めた者”のそれだった。






いつからだろう。

この子が自分の背中を追うだけでなく、自分の足で歩こうとし始めたのは。






(子どものままでいてくれればよかったのに)






そんな身勝手な願いが胸に浮かぶ。

だが、同時に理解してしまう。

この子は、止めても止まらない。






真実を見たいと願う者は、たとえ閉じられた扉の前に立たされても、鍵を探し、壁を壊し、いずれ中に入ってくる。

それを、詠真は誰よりも知っていた。






この国では、「知らない」ということが唯一の救いになる。

だが、「知ってしまった者」は戻れない。

真実を知るほど人は孤独になり、やがて_____消される。






(.....お前は、俺よりも早く、大人になろうとしている)






胸の奥で何かがひび割れた。

誇らしい。だが怖い。

父親としては、誇りよりも恐怖が勝ってしまう。

遠ざければよかったのか。甘やかせばよかったのか。

それとも、最初からこの道を見せるべきではなかったのか。






答えは出ない。

検死役としては、死因には必ず答えがあるのに、親としての問いには決して正解が見つからない。

_____それでも。






彼女の言葉は嘘ではなかった。

憧れでも、気まぐれでもない。

覚悟だった。






「死体に嘘をつかせたくない」

その言葉を言える人間が、この国にどれだけいるだろう。






(.....あの人に、よく似ている)






ふと、遠い記憶が胸をよぎる。

柔らかな声で、誰にでも優しかった人。

真実を知りながら、黙っていられなかった人。

そして_____その優しさが、命取りになった人。






詠真は、拳を握りしめた。

爪が手のひらに食い込むほど強く。






「.....せめて、お前だけは」






そう口に出しかけて、飲み込む。

父親の願いなど、真実の前では無力だ。

それでも願わずにはいられない。

娘には、長く生きてほしい。真実を知りながら、それでも生き延びてほしい。

だが、この国でそれは、奇跡に近い。






詠真は視線を前に戻した。

検死室の扉が見える。

そこは、真実が眠る場所であり、同時に人が消えていく入り口でもある。

今日、彼はその扉を、娘のために開ける。






(.....許されるだろうか)






誰に向けた問いかも分からないまま、詠真は無言で歩き続けた。



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