第一章 検死役の娘 第四話
朝の空気は、夜よりもずっと残酷だと思う。
昨夜の「見学はあれで終わりだ」と言う言葉が、寝起きの頭にもまだ刺さっていた。
私は布団の中で天井を見つめながら、何度も父さんの声を思い出す。
_____終わりだ。
それで終わらせる気なんて、最初からないけど。
「.....よし」
布団を跳ね上げて起き上がる。
交渉は、感情じゃなくて条件でするものだと父さん自身が言っていた。
朝餉の席で、父さんはいつも通り静かに茶を啜っていた。
昨夜のことなどなかったかのように。
「おはよ」
「.....ああ」
素っ気ない返事。
でもそれが、父さんの”いつも”だ。
私は椅子に座りながら、真っ直ぐに切り出した。
「昨日の話なんだけどさ」
父さんの箸が止まる。
「見学、終わりって言ったやつ」
「.....ああ」
逃げない。
少しだけ、安心した。
「やっぱり納得してない顔だな」
「うん。してない」
即答すると、父さんは小さく息を吐いた。
「お前が自分で今日だけでいいと言ったんだろう」
「.....」
確かにそうだ。
けど、ここで引くわけにはいかない。
「じゃあ、交渉させて」
父さんの視線が、湯呑みの縁で止まる。
「.....交渉?」
「うん。お願いじゃなくて」
私は机に肘をついて、少し身を乗り出した。
「条件出して。私が守れたら、検死室に入れて」
しばらく沈黙。
鳥の鳴き声だけが、庭から聞こえる。
「.....紗詠」
「父さんさ、私が検死役になるの、嫌なんでしょ」
「.....」
「でもさ、それって”危ないから”でしょ。だったら、危なくならない条件つければいいじゃん」
理屈は単純だ。
父さんはしばらく黙り込み、茶を飲み干した。
「.....子どもが口にする言葉じゃない」
「子ども扱いしてるのは父さんだけ」
ぴし、と空気が張り詰める。
でも私は引かない。
「斑は十六で検死役になったんでしょ。私も同じ年なのに、検死室にも入れないのって不公平じゃない?」
父さんの眉がほんの少しだけ動いた。
「.....あいつは例外だ」
「例外でも何でも、出来た事実はある」
私は指を一本立てた。
「だから条件ちょうだい。守れなかったら諦める。ちゃんと」
父さんと目が合う。
その目は、父親の目だった。
守りたいという感情と、職業人としての冷静さが混じった目。
「.....お前は、優しい。母さんに似てる」
ぽつりと落ちた言葉に、私の胸が少しだけ締め付けられた。
「それ、褒めてる?」
「.....どちらとも言える」
父さんは目を伏せる。
「昨日も言ったが、優しいまま真実を扱うのは難しい」
「でも、扱わないと真実は消えるんでしょ」
私は静かに言った。
「父さんが教えた」
沈黙。
長い沈黙の後、父さんは諦めたように息を吐いた。
「.....分かった」
心臓が跳ねる。
「ただし、”見学”だけだ」
「うん」
「触るな。近づくな。口出すな。俺の傍から動くな」
「守る」
「一度でも破ったら、二度と入れない」
「うん」
言い切った。




