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検死役の娘は、死体に嘘をつかせない。  作者: 雨音 穹
第二章 河灯

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第二章 河灯 第二十四話



昼の光が検死室に差し込んでいた。

窓から入る光は白く、石の床を冷たく照らしている。






私は机の前に座っていた。

指の上に、小さな繊維を乗せる。

細い。

あまりにも細い糸だった。

水を吸って乾きかけているせいか、わずかに白く光っている。

私はそれを指先でそっと挟んだ。






河で斑が回収していたもの。

そして今日。

死体の爪の間に絡んでいたもの。

偶然とは思えなかった。






私は糸を紙の上に置く。

もしこれが河から来たものなら。

どこから来た?

何の糸だ?

服の繊維か。

網の糸か。

それとも。

もっと別の何かか。






私は息を吐く。






灯り。






河。






死体。






昨日まで噂だったものが、少しずつ形を持ち始めている。

その時だった。

扉が叩かれた。

強い音だった。

私は顔を上げる。






「誰ですか」






返事はない。

代わりに扉が開いた。

入ってきたのは役人だった。

見覚えのある顔ではない。

若い男だ。

腰には刀が下がっている。

私は立ち上がる。






「何の用ですか」






男は部屋を見回す。

それから私を見る。






「今朝の死体」






低い声だった。






「何か見つけたか」






私は答えない。

役人は一歩近づく。






「報告は?」

「詠真殿がされているはずです」

「そうか」






男は私の机を見る。

紙。

道具。

そして。

机の上に置かれた小さな繊維。

男の視線が止まった。

私は一歩前に出る。

だが、遅かった。

男は指を刺した。






「それは何だ」






私は言う。






「ただの糸です」






男は笑わなかった。

ただ、じっと見ている。






「それを渡せ」

「検死の物です」

「渡せ」






声が低くなった。

私は動かない。

出来ることなら、渡したくない。

大事な手掛かりなのだ。






「これは詠真殿に確認して_____」






その時だった。

別の声がした。






「何をしている」






空気が変わった。

役人が振り返る。

私もそちらを見る。






斑だった。

戸口に立っている。

いつもの白い衣。

長い髪が背に落ちている。

昼の光の中でも、その顔は不思議なほど整っていた。

役人が言う。






「回収だ」

「何を」

「それだ」






男は机の上の糸を示す。






「河の死体に付いていた物だ」






斑はゆっくり部屋に入ってくる。

足音は静かだった。

私の横を通り過ぎる。

わずかに香がした。

それから机の前で止まる。

斑は糸を見る。

ほんの一瞬だけ。






「.....なるほど」






小さく呟いた。

役人が言う。






「渡せ」






斑は振り向く。






「誰の命だ」

「上だ」

「誰だ」






男は眉を顰める。






「お前に説明する必要はない」






沈黙が落ちた。

斑はしばらく役人を見ていた。

そして言う。






「なら回収は俺がやる」






男が言う。






「何だと」

「河の件は俺の管轄だ」






声は静かだった。

だが、有無を言わせない響きがある。

役人は不満そうに顔を歪める。






「.....勝手にしろ」






斑は机に手を伸ばす。

糸をつまむ。

私は思わず言う。






「斑」






斑は私を見ない。

ただ糸を指の間に挟んでいる。






「それは_____」






言葉を続けようとした。

だが、斑が小さく首を振った。

それだけだった。

私は口を閉じる。

斑は役人に言う。






「これは俺が預かる。上にはそう伝えろ」






男は鼻で笑う。






「好きにしろ」






そして部屋を出ていった。

扉が閉まる。

静けさが戻る。

斑はまだ糸を持っていた。

私は言う。






「それ」






斑はようやく私を見る。

その目はいつものように穏やかだった。

だが、どこか遠い。






「これは河の物だ。お前には返せない」






私は一歩近づく。






「斑。昨日_____」






斑は視線を外す。






「聞くな」






短い言葉だった。






「言えない」






沈黙が落ちる。

私は拳を握る。






「じゃあ一つだけ」






斑は答えない。

けど私は言う。






「これは灯りと関係あるの?」






斑の目が、ほんの一瞬だけ動いた。

それだけで十分だった。

私は息を飲む。

斑は小さく息を吐いた。






「紗詠」






低い声だった。






「頼むから、河には近づくな」






父さんと同じ言葉だった。

私は言う。






「父さんもそう言った。.....でも、理由は言わない。斑も言わない」






私は斑を見る。






「それで私が止まると思う?」






斑はしばらく私を見ていた。

それから、ほんの少しだけ笑った。

懐かしい笑い方だった。






「思わない」






そして、糸を懐にしまう。






「だから言う」






斑は扉へ向かう。

そこで止まった。

振り返らないまま言う。






「次に河へ行く時は、一人で行くな」






私は息を止める。

斑はそれ以上何も言わず、部屋を出ていった。

扉が閉まる。






私はその場に立っていた。

胸の奥が、強く鳴っている。

斑は糸を持って行った。

国家側として。

だが。

あの役人には渡さなかった。






私はゆっくり息を吐く。

河。

灯り。

そして、斑。

私はまだ、全てを知らない。

だが。

確かなことが一つだけあった。






この河の奥には、

まだ誰も触れていない何かがある。




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