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検死役の娘は、死体に嘘をつかせない。  作者: 雨音 穹
第一章 検死役の娘

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第一章 検死役の娘 第二十一話 



市場を出た後も、私はしばらく通りを歩いていた。

頭の中では、同じ言葉が繰り返されている。






_____河。






灯りの話になると、最後はそこに行き着いた。

河。

偶然とは思えない。

私は通りの端で立ち止まった。

遠くに、河へ続く道が見える。

だが今は昼だ。

河を見に行っても、何もわからない気がした。

灯りが出るのは_____夜だ。

私は向きを変え、検死室へ戻った。











扉を開けると、薬草の匂いが鼻に入る。

斑は机の横に立ち、帳面を見ていた。

私が入っても、顔を上げない。






「市場はどうだった」






淡々とした声だった。

私は外套を外しながら答える。






「灯りの話を聞いてきた」






そこで、斑が初めて顔を上げた。






「.....ほう」






私は市場で聞いた話を順に伝えた。

老婆の噂。

子どもの遊び。

そして、河で明かりを見たと言う男の証言。

話し終えると、部屋は静かになった。

斑は少しだけ考えるように黙り、それから言った。






「河か」

「やっぱり何か知ってるの?」






私はすぐに聞いた。

だが斑は、短く息を吐くだけだった。






「昔からある噂だ」






それ以上は言わない。






「本当に灯りが出るの?」

「さあな」

「見たことは?」

「ない」






言葉は短かった。

だが、嘘をついているようにも聞こえた。

私は少しだけ苛立ちを覚えた。






「じゃあ、どうしてそんな顔をするの」






斑は眉をわずかに動かした。






「どんな顔だ」

「知ってる人の顔」






数秒、沈黙が落ちる。

斑は視線を外し、机の帳面を閉じた。






「.....紗詠」

「なに」

「余計なことに首を突っ込むな」






その声は低かった。

私は思わず聞き返す。






「余計?」

「灯りの噂は昔からある」






斑は淡々と言った。






「だが、追いかけていいものでもない」

「どうして」






斑は答えない。

ただ、静かに言った。






「夜は出歩くな」






それだけだった。











その夜。

私は外套を羽織り、検死室の扉を静かに閉めた。

斑には言っていない。

止められるとわかっていたからだ。






夜の街は、昼とは別の顔をしている。

人影はまばらで、店の明かりもほとんど消えていた。

風が冷たい。






私は河へ続く道を歩く。

足音がやけに大きく聞こえた。

やがて視界が開ける。






河だった。

黒い水面が、静かに広がっている。

昼に見た時とはまるで違う。

暗く、深く、底の見えない水。






私は河岸に立ち、目を凝らした。

灯り。

本当にそんなものがあるのだろうか。

しばらく待つ。

風が水面を揺らす。

遠くで水鳥の声がした。

何も起きない。

河は、ただ静かに流れているだけだった。





私は小さく息を吐いた。

やはり噂なのだろうか。

市場の男の話も、酔いのせいだったのかもしれない。

そう思い、踵を返そうとした時だった。






背後で足音がした。

私は振り向いた。

そこに立っていたのは_____






斑だった。






「.....何してる」






低い声。

私は思わず言う。






「どうしてここに」

「お前がいないからだ」






それだけだった。

斑は河へ視線を向ける。

暗い水面を、しばらく黙って見ていた。






「灯りは?」






私は首を振る。






「見えない」






斑は何も言わない。

ただ河を見ている。

その目は、何かを確かめるようだった。

やがて小さく息を吐く。






「帰るぞ」

「もう?」

「今日は出ない」






断言だった。






「どうしてわかるの」






斑は答えない。

私の横を通り過ぎる。

その時、風が吹いた。

河の匂いが流れてくる。

私はふと、顔を顰めた。






「.....変な匂い」






斑の足が一瞬だけ止まる。

だが、振り返らない。






「気のせいだ」






短く言う。






「行くぞ」






私はもう一度だけ河を見る。

暗い水面。

何も浮かんでいない。

灯りもない。

ただ、静かな流れだけ。

それでも_____






なぜか胸の奥がざわついた。

まるで、この河のどこかに。






まだ見えていない何かが、

沈んでいるような気がした。




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