表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
検死役の娘は、死体に嘘をつかせない。  作者: 雨音 穹
第一章 検死役の娘

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/25

第一章 検死役の娘 第二十話 



朝の市場は騒がしかった。

通りには野菜の籠が並び、干し魚の匂いと香草の匂いが入り混じっている。

商人たちの声が重なり、値段の掛け合いが飛び交っていた。






検死室とは、まるで違う空気だった。

私は人の流れの中を歩きながら、耳を澄ませていた。






_____灯り。






その言葉を、初めて聞いたわけではない。

だが、はっきりとした意味を知ったことはなかった。






子どもたちが遊びの中で口にする言葉。

老人が昔話のように語る言葉。

それだけのものだと思っていた。

だが、昨夜の出来事が頭から離れられない。






暗い河。

水の底。

そして_____斑。

あの男は、何を回収していたのだろう。






私は市場の端で野菜を並べている老婆に声をかけた。






「すみません」






老婆は顔を上げ、皺の刻まれた目を細めた。






「なんだい」

「灯りって.....知っていますか」






老婆は少しだけ首を傾げた。






「灯り?」

「死んだ人が灯りになるっていう噂です」






その言葉を聞いた瞬間、老婆は小さく笑った。






「ああ」






籠の中の葉を整えながら言う。






「子どもの遊びだよ」

「遊び?」

「昔からあるんだ。死んだら灯りになるってね」






私はさらに聞いた。






「本当に見た人はいるんですか?」






老婆はしばらく考え、それから首を振った。






「さあねえ。私は見たことないよ。でも、見たって言う人はいる」

「どこで見たって言うんですか?」






老婆は肩をすくめた。






「さあ.....。夜道とか、山とか.....」






そこまで言ってから、ふと思い出したように付け加える。






「河だって言う人もいるね」






私は一瞬、言葉を止めた。






「河?」

「夜の河に灯りが浮くって」






老婆は軽く笑う。






「まあ、酔っ払いの話さ」






私は礼を言い、その場を離れた。

市場の奥から、子どもの声が聞こえる。

走り回る足音。

弾けるような笑い声。






「お前昨日見ただろ!」

「見てねえよ!」

「嘘つけ!」

「灯りだろ!」






私は足を止めた。

子どもたちは地面に石を並べ、何かの遊びをしていた。

一人の少年が言う。






「父ちゃんが言ってたんだ」

「灯りは死んだ人なんだって」

「死んだ人?」






別の子が笑う。






「じゃあいっぱい死ねば、いっぱい灯るじゃん!」

「お前馬鹿か!」






笑い声が弾けた。

私はその場を離れ、通りを抜ける。

市場の喧騒が少し遠くなった。

干し肉を吊るした店の前で、腕を組んでいる男に声をかける。






「すみません。灯りって見たことありますか?」






男は少し考え、それから答えた。






「あるな」






私は思わず聞き返した。






「本当ですか」

「ああ」

「どこで見たんですか」






男は通りの奥を指した。






「河だ」






胸の奥で、何かが静かに動いた。






「夜だった」






男は続ける。






「風もなくて、河面が静かだった」

「その時、ぽつんと光が浮いてた」

「火ですか」






男は首を振る。






「火じゃない」

「じゃあ.....」

「灯りだ。不思議なもんでな、あの光が出る夜は、決まって河から妙な匂いがするんだ。.....まあ、俺の見間違いかもしれんがな」






それ以上、男は説明しなかった。

私は礼を言い、その場を離れた。

通りの端まで歩く。

市場の音が、背後に遠ざかる。

前方には、河へ続く道がある。






私は立ち止まった。

灯り。






子どもは遊びとして語り、

老人は噂として語り、

大人は一度だけ見たと言う。






だが、共通していることが一つだけある。






_____河。






風が吹き、通りの旗が揺れた。

昨夜の光景が脳裏に浮かぶ。






暗い水面。

そして。

斑の姿。






私は静かに目を伏せた。

もし灯りが本当にあるのなら。






それは_____






どこから現れるのだろう。

私はゆっくり顔を上げる。






河へ続く道を見た。

その先にあるものを、私はまだ知らない。






だが。

確かめるしかない。

灯りが、本当に存在するのなら。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ