第一章 検死役の娘
夜を照らす灯は、真実を照らすためにも、闇を焼き尽くすためにも使われる。
この国では、「光」は必ずしも善ではない。
ここは、燈華国。
表向きは王を頂点とする王政国家である。官僚制度が整い、法も存在している。治安は、比較的安定していると言っていいだろう。
しかしその実態は、国家にとって”不都合な事実”は最初から存在しなかったことになる。
医術・毒・迷信が混在し、死因は基本「病」「事故」「天命」で片付けられる。死は"穢れ"であり、同時に"政治的資源"。
真相解明は歓迎されない。
この国では検死結果は、裁きの材料ではなく、ただの"記録"として扱われてきた。
死は忌むべきものであり、同時に都合よく処理されるものだった。
事故として片付けられ、病として記録され、誰かの罪や失策は闇に葬られる。
しかし、死の真実を知る者はいる。
それが「検死役」だ。
国家公認の専門職であり、医師・薬師・法官を兼ねる存在で、全体でも数十人しかいない。
死体を解剖し、死因を判断し、その判断は裁判や処罰に影響する。
死因は必ず国家の記録に残される。
というのは表向きで、実際はその記録は「整えられる」のだ。
検死役の判断は「最終」ではない。
王や貴族などの上層部が「事故死として処理する」と決めれば、書き換えられる。
つまり、検死役は真実は”知っている”が、必ずしも”出せない”立場。
「死因を調べ、記録するだけ」の役目で立場は低いということだ。
そんな検死役を父に持つ私、紗詠は、齢16。そんな国の実態をこの時はまだ知らず、ただただ父の仕事に憧れを抱いていた。
*
朝の空気はまだ冷たい。
庭先で乾かされた薬草の空気が、微かに鼻をくすぐる。
父_____詠真は、いつも通り黙々と身支度をしていた。
白衣を整え、手袋を確認し、革鞄に器具を収める。その一つ一つの動きに、無駄はない。
私は、その背中を見ながら口を開いた。
「ねえ、父さん」
詠真は振り返らない。
「私も、そろそろ検死室に入らせて」
一瞬、父の手が止まった。
「駄目だ」
短く、はっきりとした拒否だった。
「どうして?」
「まだ早い」
それ以上は言わない。
その言い方が、逆に私を焦らせた。
「斑だって、十六の時にはもう検死役だったんでしょ」
その名前を出すと、父はゆっくりと振り返った。
「斑とお前は違う」
「どこが?」
父は答えなかった。
少しだけ、視線を落とす。
「.....この仕事はな、試験に受かれば終わりじゃない」
「試験?」
思わず聞き返すと父は眉をひそめた。
「余計なことは知らなくていい」
言葉を切り上げるその様子に、私は胸の奥がざわついた。
「じゃあ、判断しない」
父がわずかに目を見開く。
「見るだけでいい。父さんの横に立って、邪魔はしない」
「それでも駄目だ」
そう言いながらも、父の声は少しだけ弱かった。
私は一歩近づき、真っ直ぐに父を見る。
「.....今日だけでいい」
沈黙。
やがて父は、深く息を吐いた。
「条件がある」
「.....!うん」
「布には触れるな。指示がない限り近づくな。そして_____」
一拍置いて、父は言った。
「分かったと思えないことは、見るな」
私は頷いた。
「約束する」
父はそれ以上何も言わず、検死室へ向かった。




