表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
検死役の娘は、死体に嘘をつかせない。  作者: 雨音 穹
第一章 検死役の娘

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/25

第一章 検死役の娘 第十七話



夜は既に静まり返っていた。

静かすぎて、音が浮く。






布が擦れる音。

自分の呼吸。

遠くの犬の遠吠え。






私的記録は布に包み、胸元へ。

検死室は闇に沈む。






扉を閉めると、木が軋んだ。

夜は深い。

帰路はいつもより長く感じた。

足裏に伝わる石の硬さがやけに鮮明だ。






あの遺体の爪。

絡んでいた微細な繊維。






偶然なわけがない。

胸の内で言葉が止まる。






_____他殺の可能性あり。






その時。

水の音がした。






立ち止まる。

風かもしれない。

だが、違う。

流れに、何かが触れている音。






河はすぐ裏手だ。

あの溺死体が引き上げられた浅瀬。






足が、自然に向く。

月は薄く、雲が流れている。

河原に下りる手前で、影が見えた。






低くしゃがむ人影。






斑。






月が雲間から顔を出した。

その光が、斑の横顔を淡く照らす。

水面から跳ね返る白い光が頬を撫で、濡れた指先がかすかに輝く。






整いすぎた輪郭。

長い睫毛の影。

伏せられた目元の線は静かで、冷たい。






一瞬だけ、現世のものではないように見えた。

河辺に降り立った天女のようだと思ってしまった自分に、すぐに息が詰まる。






美しい。

だからこそ、怖い。






声は出さない。

斑は袖をまくり、素手を水へ差し入れている。

冷たいはずだ。

夜の河は、昼とは別の顔を持つ。






指先が沈む。

石をどける。

泥を払う。

水が濁り、すぐ澄む。

まるで、そこに何かあると知っているような手つき。






胸の奥がざわつく。






私の記録。

_____爪の間に、微細な繊維付着あり。






斑の指が止まる。

ゆっくりと、水面から持ち上げるものがあった。






細い。

闇に溶ける色。

糸のように見える。






月が雲に隠れ、輪郭が揺らぐ。

斑は掌にそれを乗せ、しばらく見つめる。

捨てない。

流さない。






懐へ入れた。

呼吸が浅くなる。

なぜ、持ち帰る。

私は一歩踏みだす。

小石がかすかに鳴った。






斑の視線が、こちらを向く。

真っ直ぐ。

驚きはない。

気づいていた。

最初から。






責めない。

隠さない。

説明しない。

ただ、見る。






私の胸元へ、一瞬だけ視線が落ちる。

心臓が強く鳴る。






斑は立ち上がる。

濡れた手を河水で軽く洗う。

雫が石を打つ。






私の横を通り過ぎる。

水と、泥の匂い。

すれ違う距離は腕一つ分。






斑は、まるで私のことなんか見えてないようだった。

何も言えない。

足音が遠ざかる。

河だけが流れている。






私は河原へ下りる。

斑がいた場所。

石がいくつか動いている。






指を水に沈める。

冷たい。

皮膚が刺されるように冷たい。

泥だけが指の間を抜ける。






水は、全てを運ぶ。

けれど。

あの糸は運ばれなかった。






胸の奥が、静かに冷える。

もし、他殺なら。






証拠はまだ流れている。

そして。

斑はそれを知っている。






もしくは_____






月が雲間から覗く。

河面が揺れる。






私は立ち上がる。

帰路は先ほどより、短く感じた。

背後に足音はない。

それでも、気配だけが残る。






斑は動いている。

私を止めないまま。

それが救いか、監視か。

まだわからない。






河は、何も答えない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ