第一章 検死役の娘 第十二話
朝の燈華国は、やけに明るい。
夜通し灯されていた街灯が消え、代わりに市場の灯籠と屋台の火が灯る。
光は絶えず、影だけが形を変える。
私は市場へ向かう道を歩いていた。
昨日の夜のことが、頭から離れなかった。
人形の首。
布。
金属フック。
父の震えた声。
_____真実を知りたいと思った瞬間から、お前はこの国の敵になる。
その言葉が、奇妙に心地よかった。
敵になる。
それは、少なくとも”無関心な側”でいられないという意味だ。
私は告知文が貼られていた掲示板の前に立った。
新しい紙が上から重ねられ、例の女性の告知文は端に追いやられている。
だが、まだ読めた。
「.....」
人々は通り過ぎるだけで、足を止めない。
死は日常で、事故は日常で、他人の終わりはただの情報だ。
その時、甲高い笑い声が響いた。
「ほら、こうやって首をぎゅーってやるんだよ!」
声の方を見ると、子どもたちが三人、路地裏で遊んでいた。
年は七、八歳ほど。
木の棒と布切れを持っている。
「ちがうちがう、ここを引っかけるんだって!」
一人の少年が布を棒に巻き、もう一人の首にかける真似をする。
首を傾げ、舌を出し、倒れる。
「うわー!死んだー!」
「昨日の女の人みたいだ!」
笑い声が弾けた。
「死体ごっこだよ、死体ごっこ!」
「検死役の人が来るんだって!」
「白い服の人でしょ?針で刺すんでしょ?」
遊びだった。
彼らにとって、昨日の死は”遊びの題材”だった。
近くで野菜を並べていた女が、子どもたちを見て笑った。
「こらこら、そんなことしてると罰当たるよ」
口調は軽く、叱責というより冗談に近い。
子どもたちはさらに笑った。
「罰って何?」
「死んだら楽になれるんでしょ?」
「灯りになれるんでしょ?」
その言葉に、私の指先が冷たくなる。
灯り。
それは母の文献にも出てきた言葉だった。
_____選ばれし者は、灯りとなり、衆生を導く。
子どもたちは何も知らずに言っている。
だが、言葉だけが、正確に教義をなぞっていた。
私は子どもたちの前に歩み出た。
「誰に教わったの?」
子どもたちは一斉にこちらを見る。
知らない大人に話しかけられ、少しだけ怯えた。
「誰?」
「検死役の人の娘だよ、あの人」
通りがかりの女が言った。
子どもたちの目が輝く。
「死体を調べる人の子?」
「ほんとに体に穴とか開けるの?」
「怖い?」
質問が矢継ぎ早に飛んでくる。
「.....遊んじゃだめ」
私は言った。
「人が死ぬのは、遊びじゃない」
子どもたちはきょとんとした顔で見返す。
「でも昨日の人、寝てただけでしょ?」
「怖くなかったって噂だよ」
「灯りになるんでしょ?」
誰かが言った”噂”。
それがどこから来たのか、私には分からない。
だが、確かに広がっている。
死が、美化されている。
「.....灯りになんて、ならない」
言葉に力を込めた。
「死んだら、終わり。苦しいし、怖いし、戻れない」
子どもたちは黙った。
だが、すぐに興味を失ったように棒を振り回し始める。
「つまんない」
「やっぱり死体ごっこしよ」
「今度は私が女の人の役!」
笑い声が路地に響いた。
私は、しばらくその場から動けなかった。
死が、消費されている。
事件が、娯楽になっている。
国家の隠蔽以前に、社会そのものが死に慣れすぎている。
_____この国は、もう死にすぎている。
そう思った瞬間、胸が締め付けられた。
私は、今まで何も知らなかった。
「.....」
私は、もう一度掲示板の方に戻る。
告知文の隅に、誰かが炭で描いた奇妙な印があった。
円と線。
歪な星形。
交差する鉤のような形。
母の文献にあった、あの印。
「.....燈骸教団」
小さく呟いた。
誰かが、この街で確実に”教義”を広げている。
子どもにまで届くほど、静かに、自然に。
私は背筋に寒気を感じた。
そして思う。
この国は、真実を隠すことで壊れているのではない。
壊れているから、真実を必要としなくなっている。
「.....それでも」
私は拳を握った。
「私は、知りたい」
子どもたちの笑い声を背に、歩き出す。
灯りの下で、影だけが長く伸びていた。




