表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
検死役の娘は、死体に嘘をつかせない。  作者: 雨音 穹
第一章 検死役の娘

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/25

第一章 検死役の娘 第十話



朝の空気は澄んでいた。

昨夜の静寂が嘘のように、燈華国の街はいつも通り動き出している。

市場の呼び声、馬車の軋む音、屋台から漂う油の匂い。

人々は生きることに忙しく、誰かの死に立ち止まる暇はない。






私は父さんと斑の後ろを歩きながら、布袋に入れた文献の重みを意識していた。

一晩で頭に焼きついた文字が、まだ消えない。






燈骸教団。

選ばれた者。

社会の灯り。






朝市の広場に入った瞬間、群衆の流れが少しだけ滞っているのが見えた。

人だかりの中心。掲示板。

私は足を止めた。






「.....貼り出されたみたいだ」






斑が呟く。

父さんは何も言わず、掲示板の前へ向かった。

白い紙が何枚も並ぶ中、新しい一枚が中央に貼られている。

朱色の字で書かれた、公式の告知文。






《死亡告知》






淡々とした文字が並んでいた。






氏名:不詳(推定三十五歳前後の女性)

死因:急性循環不全(事故性要因の可能性あり)

場所:西区居住区第三街路居室内






「.....事故性要因、ね」






斑が鼻で笑う。

周囲の人々は、興味半分で紙を眺めていた。






「また事故か」

「最近多いな」

「夜更かしでもしたんだろ」






誰かが肩をすくめ、誰かが朝餉の話題に戻る。

死は噂の一つに過ぎない。

私は告知文を見つめたまま、動けなかった。






昨日、検死台に横たわっていた女性。

整った顔。

差し出されような首。






それが、この一枚の紙で終わる。






「記録はこれで完了だ」






父さんが低く言った。






「裁きも、調査も、これ以上は行われない。これが、この国の”死の処理”だ」






斑は紙を見上げたまま言う。






「遺族が訴えでも起こさない限り、事件扱いにはならない。訴えれば、”不穏思想”扱いだ」






私は唇を噛んだ。






「.....じゃあ、この人は」

「消えた。それだけだ」






父さんの言葉は淡々としていた。

掲示板の横で、パンを売る老婆が告知文をちらりと見た。

そして、何事もなかったように客に向き直る。






「焼きたてだよ。今日は甘い麦粉が入ってる」






生と死が、同じ空間で同じ重さで扱われる。

いや、死の方がずっと軽い。






私は告知文の下部に目をやった。

小さく、見逃されるように記された文言。






「本件に関する噂の流布を禁ずる」






父さんがその一文に指を置いた。






「これが本質だ」

「噂?」

「真実の別名だ」






斑が肩をすくめる。






「燈華国では、真実は騒音だからな」






私は告知文を見つめ続けた。






あの女性の人生。

あの女性の顔。

あの鉤の痕。






それらは、たった数行の文字に圧縮され、街の壁に貼られただけで消費される。






「.....納得できない」






小さな声が、自分の口から漏れた。

父さんは何も言わなかった。

ただ、告知文から視線を外し、歩き出す。

斑もその後を追い、振り返りながら言った。






「納得したいなら、この国を変えるしかないな」






冗談のような口調。

だが、その目は笑っていなかった。

私は告知文を最後まで見つめた後、踵を返した。






街は今日も、灯りに満ちている。

だが、その灯りの下には、静かに消えていく骸がある。






そして私は、初めてはっきりと理解した。






検死役は、死体の声を聞く仕事ではない。

この国の沈黙の構造を、最も近くで見る仕事なのだと。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ