Prologue
死体は、嘘をつかない。
それが、この国ではあまりにも不都合な真実だということを、紗詠は知っていた。
白布の下に横たわるそれは、生きていた頃の身分も、立場も、もう持ってはいない。
あるのは、暴力の痕と、毒の名残と、死に至るまでの沈黙だけだ。
「.....確認を」
検死室に、低い声が落ちる。
正式な検死役、"斑"。
感情を削ぎ落としたその声に、紗詠は小さく息を吸い、布をめくった。
瞬間、時間が止まったように感じた。
そこにあった顔を、紗詠はよく知っている。
この仕事を教えてくれた人。
死体を見る時、決して目を逸らすなと教えてくれた人。
そして_____
『真実はな、いつ出すかを間違えると、人を殺す』
そう言って、何度も彼女の手を止めた人。
その身体は国家の記録上、すでに「事故死」として処理されていた。
「紗詠」
斑の声が、わずかに硬くなる。
「君は_____下がれ」
だが、紗詠は首を横に振った。
震える指で、その人の手首に残る痕をなぞる。
それは、事故でできるものではなかった。
「.....いいえ」
声は不思議と落ち着いていた。
「私は、検死役の娘です」
そして、顔を上げる。
「この人に、嘘をつかせるわけにはいきません」
斑は、何も言わなかった。
ただ一瞬だけ、彼女を見る目が変わった。
死体は、嘘をつかない。
嘘をつくのは、生きている人間だ。
_____だからこそ。
検死役の娘は、死体に嘘をつかせない。




