第二幕…「その日は、いつもと変わらぬ日常」中編
あぁ、本当に何でこうなってしまったのか、もう僕は理解することをやめたくなった。
今目の前にある光景を嘘だと、誰かに言ってほしかった。
僕はもう目の前に立つ少女の手を取ることしか、自分自身も許してはくれない。
助けて……なんて、言えるわけがないから
数時間前。
神父がシオンと僕を調べていた時、結果から言えば、どちらも救世主ではなかった。
その事が分かり、神父は少し困惑した表情を見せるが、結果は結果だ。
誰も覆せないし、本人が調べていれば、尚の事覆しようもないのだから
「とりあえず今日はもう暗くなり始めてるので、泊まって行ってください。
僕からシスター・ロザマリアに話しておきますので……シオン、神父様を客室に連れてってもらえるか?」
「了解。シスター・ロザマリアがいる場所は分かるのか?」
「多分、自分の部屋でシスター・マリーに説教してるんじゃないかな」
シオンの言葉に僕の考えを話すと、なるほどと納得してから、シオンは神父を連れて客室に向かう。
部屋に残された僕には、先程から視界の端をチラチラと動いていた少女に視線を向ける。
僕の視線に気づいた少女は、何が楽しいのかニッコリと笑って口を開く。
「やっとわたしと話す気になったのか?」
「仕方が無いでしょ…他の人には見えていないみたいなんだから」
僕が思わずそう返せば、少女は腕を組んでから少し考えて、「それもそうね」とだけ呟いた。
僕は未だに少女の名前も、なぜ急に姿を見せたのかも分からない。ただ唯一分かっているのは、少女が人間ではないっということくらいだ。
「それで、さっきから目の前を彷徨いてるってことは何か伝えたいことでも?」
「いや、別にこれと言った伝えたいことは無い。強いて言うなら、今晩の外出は気をつけろってことくらいだろうか」
「??、夜はいつも外には出ないけど」
「ふふ、それじゃあわたしはもう行こうかなぁ」
クルッと優雅に回って距離を取り、少女はまたあの不敵な笑みを浮かべてマジックの様にふっと消える。
本当にあの少女は何者なのか気になるが、今は僕の行くべき所へ向かう。
応接室から数箇所の部屋を超えた角の部屋。
そこがシスター・ロザマリアの部屋だ。
部屋に入る前に軽く身だしなみを確認してから、数回の軽いノックをすれば、中から入室を許可する声が聞こえた。やっぱり部屋にいた。
「失礼します。シスター・ロザマリア、今日はもう遅くなってしまったので、神父様を客室に案内しました。」
「分かりました、ありがとうございます。……ところでレナグ」
「はい」
「救世主様は誰か分かりましたか?」
「まだ。僕とシオンも違ったみたいなので」
「そうですか」
僕の言葉にどこかほっとした様に息吐く。
そんなシスター・ロザマリアに対して、何か声をかけた方がいいのか……
それとも、僕とシスター・ロザマリアの間にピクピクと痙攣している彼女について尋ねるべきか……
悩んでいると、動かない僕に気づいたシスター・ロザマリアが首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「あ、えっと、その……シスター・マリーは生きてますか?」
視線を彷徨わせてからでた結論で尋ねる。
僕の問いに、シスター・ロザマリアの視線は下にズレる。
正座した状態から前にヘタリ込み、涙によって床を濡らしているシスター・マリーがいる。
「シスター・マリー。今日はもういいです。部屋で休みなさい」
「……はい、失礼します」
のそのそと起き上がり、ふらつきながら部屋を出ていく。それを見送ってから、僕も部屋から出ていこうとすると、シスター・ロザマリアに呼び止められる。
「レナグ……」
「はい、シスター・ロザマリア」
「今の生活は幸せですか?他の子たちは苦しんでいませんか?」
「……はい。誰も苦しんでいません。貴方がここに来てくれた時からここは変わりましたから」
シスター・ロザマリアからの問いに、微笑みながら僕は素直に答えた。
「……そうですか…」
息を吸ってから小さくこぼしたかのような言葉。
確かにシスター・ロザマリアは怖いし、厳しい。
けど、その厳しさはここを離れた時のことを考えてくれているから、彼女の、誰も気づけない愛情。
時々、僕とシスター・ロザマリアの二人だけの時に弱い彼女は姿を見せる。
何故僕と一緒にいる時にしか見せないのかは、今も謎だけど、僕はそんな誰も知らない一部分を知れて嬉しくもある。
僕はシスター・ロザマリアに頭を下げてから、部屋を出て自室に向かう。
自室への帰り道、先程言った言葉で、過去のこの場所について思い出す。
シスター・ロザマリアが来る前まで、ここはある意味の地獄のような場所だった。
一日の食事が食べられれば御の字、だけどあの時は一日の食事もままならなくて、誰もが沈んだ瞳になっていた。
それを変えたのがシスター・ロザマリアだった。
彼女がここに来て最初にしたのは、近くの森へ行って沢山の木の実を取って来ては、子供たちに食べさせてくれたこと。
それから教会や孤児院の清掃。
その日から清潔が保たれ、シスター・ロザマリアは一人で僕らを介抱してくれた。
徐々に元気になった者からシスター・ロザマリアを助け、全員が元気になった時から教育が施され始めた。
それから一年もすれば、今の賑やかな日常を送れるようになった。
口にはしないが、誰もがシスター・ロザマリアには感謝していた。
「……本当に、何で僕と一緒の時だけ弱い姿を見せるのかな?……心当たりもないんだけど」
不意に過ぎった疑問に首を傾げながら、着いた自室の扉を開ける。
僕の部屋は、シオンと相部屋のために一人になることは基本無い。
「お、遅かったな」
「シスター・ロザマリアと少し話てたからね…シオンこそ、きちんと神父様を客室に案内できたの?」
「あぁ、きちんと出来てるから安心しろって」
「ほんとかな~」
シオンの言葉に僕がそう返すと、文句の言いたそうに頬を膨らませる。
そんな仕草をするシオンを指さして笑っていると、コンコンッと遠慮する様なノックが聞こえてきて、僕もシオンも一瞬黙る。
が、すぐに返事を返す。
「どうぞ」
僕がそう声を掛けるとノックをした人物が中に入ってくる。
不安そうな表情で、服を強く握りしめている。皺ができたら怒られるのに……
「どうしたの?バイモ」
「じ、ジアンがいないんだ……ここに、来てない?」
カタカタと震えるバイモに対し、僕はそっと服を握る手に自分の手を添えて笑う。
「大丈夫。僕も一緒に探すから、バイモはシスター・ロザマリアにこの事を話してきてくれる?」
「うんっ、ありがとう」
僕の言葉に精一杯返事をし、バイモはシスター・ロザマリアの元へ向かう。
その背中を見送り、僕はシオンを見る。
「よし、行くか」
「お前も行くのか?」
「え、二人で探した方がいいだろ?」
僕の言葉にきょとんとした表情で返され、僕は思わず笑う。
急に笑いだした僕に、シオンは困惑の表情を見せつつも、先に部屋を出ていってしまう。
当然、その後を深呼吸してから追いかけた。
ジアンを探し始めて既に30分が経ち始めるが、未だに何らかの形跡が見つからない。
既に日は落ち、外は暗い。
普段ならば、夜ご飯を食べて、風呂に入って、寝る時間が差し迫っている。
「はぁはぁ……部屋に食堂、客室に広場、どこにもいない……後探してない場所は――」
周囲を確認しつつも駆け足で探していたため、息切れをしながら、まだ探しに行っていない方角を見た。
同じく息を切らしていたシオンも、同じ方向を見る。
まだ探していない場所、そこは――――外だ。
夜になれば、周囲にいる魔物が活発に動き始めるため、普段なら外出は禁止にされている。
だから神父も、泊めることにした。
「……本当に外にいた場合、魔物と遭遇した可能性はどれくらいある?」
不意に飛んできたシオンの問いに対し、僕はすぐに答えた。
こういった問答をしても、シオンなら既に答えを出しているし、僕も出している。
だから、こういった問答をする時は既に行動をどちらかが起こしている。
どうやら今回は、僕の方が行動を移すスピードが早かった様で、僕は今いる二階の窓から飛び降りた。
「場所にもよるけど、ほぼ遭遇してるって考えた方がいい!そして、僕らも遭遇するよ!」
「あ!待て!!」
シオンは慌てて追いかけてくる。
シオンは収納魔法に木刀をしまっている為、召喚すればいつでも戦える状態になる。
僕も一応、収納魔法に杖をしまっている。
まぁ、基本はシオンに任せきりだから、ただの飾りにだけどね
だからシオンは前衛、僕は後衛だ。
けど、シオンも後衛が、僕も前衛が全く出来ないわけじゃない。人並み程度には扱える。普段はやらないけど
「おーい、レナグ」
「ん?何?」
「あれ、ジアンじゃないか?」
「え……どこ?」
走りながら隣まで来たシオンが、行き先を指を指す。けど僕には見えない。
本当によくこんな暗い中見える。
「じゃあシオン、先に行ってジアンを保護してもらえる?」
「あいよ」
僕の言葉に短く返すと、更にスピードを上げてすぐに見えなくなる。僕は周辺を警戒しつつも、シオンが行った道を通っていく。
不意に背後からガサッと何かが草を揺らす音がし、無意識に振り向き、そして――吹き飛ばされた。
鈍い音ともに、僕は太い木に叩きつけられる。自分でも何が起きたのか、理解できずに困惑する。頭には痛みだけを認識する。
「ぐっ」
口の中で広がる鉄の味。
どれくらい飛ばされたか分からないが、全身に痛みが走る。
僕は痛みのせいですぐに動けず、その場に蹲る。冷や汗が止まらず、口から血反吐を吐き出す。
痛みに慣れ始めた頃には、何処からか鳴るパキッと乾いた音。
音のした方に何とか視線を向ける。
形は人だが、明らかに人間じゃない何かがケタケタと笑っている。
その姿に僕は瞬間的に血の気が引くのがわかった。周囲を纏う空気が全くの別物に感じた。
「____っ、ぐっ」
逃げようとしても体に力が入らず、シオンに助けてもらおうにも恐怖からか、声も出せなかった。
打つ手のない僕の耳に入るケタケタという笑い声。お前はここで死ぬと確定するような笑い声。
それをかき消すように聞こえてくる少女の声。
「ねぇ、わたしと契約を結ばないか?
わたしはお前を助けられる力を持っている。ただし条件として、わたしに協力しろ……さぁ、どうする?」
「協……力……ッて、き……げん、は?」
「無い。わたしと一緒に最後まで付き合ってもらうまでだ」
「ん……だよ、それ」
遠くなる意識の中、少女の誘う手だけははっきりと見える。
その手を取れば、この場所では死なない。
けれど、少女の言う協力の内容が分からない。
どうすればいいのかわからずにいると、人の形をした何かはケタケタと笑いながら近づいてくる。
一歩、また一歩と着実に近づいてくる。
僕はどうしたらいいのだろう……
シオンならこの場合何を選ぶだろう……
視線を少女の手と人の形をした何かで行ききしていると、はぁっと一度少女がため息を吐く。
僕は思わずビクッと体をビクつかせ、視線を少女に向ける。
僕を見下ろす少女の視線は、どこか寂しさもあれば、怒りもあり、そして悲しさが混ざった複雑な視線を向けてくる。
「お前は、この事実を知れば必ずわたしに協力する。それでも、協力の内容を知りたいのか……」
少女の呟くような言葉に、僕はゆっくりと体をなんとか起こし、少女に目を向けて口を開く。
「知っているのと知らないのでは……どこまで協力するかの範囲が変わるし、加減も変わる……」
「……そうか、ならばこれは前払いだ。この事実を知っても協力をしないのであれば、お前はここまでだな」
そう言って、少女は自身の額と僕の額をくっつけては、僕に何かを流し込む。
頭に流れてくるのは、見知らぬ人物と見知らぬ風景。それはコロコロ変わっていく。
少女が額を話すと、僕は現実に戻される。
視界は未だにぼやけたりはするが、僕は1度落ち着くために深呼吸をする。
少女が見せてきた映像により、少女が何者なのかも、何をしたいのかも理解した。
僕が落ち着こうとしている間も、少女は一言も発さず、後ろから迫って来る人の形をした何かに見向きもせずにじっと僕を見ていた。
「……ぁ」
大分落ち着きを取り戻し、少女に目を向けて僕が出した答えを言おうと息を吸った時、僕の背後から何かが走ってくる音が聞こえた。
「レナグに何してやがる!!!」
そう叫びながら人の形をした何かの背後を取り、素早く振り上げた木刀を横薙ぎに振るい、人の形をした何かの横腹に命中して吹き飛んでいく。
その瞬間の光景は、不思議と僕にはスローに見えていた。
人の形をした何かの背後を取った時、月の光がシオンを祝福するように降り注いだその瞬間を……
そして不意に思い出したのはシスター・マリーの言っていた信託。
――【月下が森に降り注いだ時、救世主様が現れる。】
あぁ……やっぱり、君が英雄だったのか。
僕はストンと何かがはまる様な感覚と共に、シオンから視線をズラせないでいた。
「大丈夫だったか?レナグ」
「ぇ、あ……うん。ありがと」
不意に声を掛けられ戸惑う僕に対して、シオンはニカッと笑って口を開く。
「ジアン、見つかったぞ。幸い怪我は無いから安心しろ」
そう言って僕に手を差し出す。
僕はその手を取ろうと手を伸ばしたが、僕はシオンの手を掴んで強く引き寄せる。
「うおっ!」と驚く声と同時に聞こえてきたのは、まるで風を切るような音。
今の僕の視線はいつ戻って来たのかわからない人の形をした何かに向けられていた。
シオンもその事に気づくと、すぐに起き上がり木刀を握り直して構える。
「くっそ!さっきので気絶でも何でもなっとけよ!!」
悪態をつきながらも人の形をした何かに向けた木刀の先と視線を向けたまま先に立ち上がったシオンが僕を気にかけながらも、手を差し伸べる。
痛みに耐えながらシオンの手を取り、ゆっくりと立ち上がった僕は、ふとシオンが来てから姿を消している少女に気づいた。
周囲を確認するが、やはりいない。
とりあえず今は、避難するのが先かっと判断した僕はシオンに尋ねる。
「シオン、ジアンはどこに隠れてる?」
「お前と合流するために連れて来てたけど、なんか嫌な予感したから、少し離れた草木に隠れているぞ
連れてこなくて、正解だったな」
最後にそう言いながら、シオンはふぅっと息を吐く。その事を聞いた僕は、シオンの判断を肯定する。
「その判断は間違ってないね。
……先にジアンの安全が最優先だから、シオン…ごめんだけど少しの間、そいつの足止め頼めるか?」
「ほんと……レナグは昔っから俺の扱い慣れてるな。安心しろ、俺がお前たちを守ってやる」
僕の言葉に、苦笑いを見せていたシオンだが、何かを決意した途端、真剣な表情でそう宣言してみせる。
そんなシオンに、僕は一瞬カッコイイと思ったが、すぐに頭を左右を振って、要らぬ思考を捨て去る。
「ごめん、任せたよ」
「あぁ、お前もジアンを頼んだぞ」
最後に短い会話をしてから、僕はシオンが来た方角に走る。
走った瞬間、痛みが再び走ったが今はそんなことを気にしていられなかった。
少し走ると僅かにカサッとどこかの草が音をたてる。
「ジアンか!?安心しろ、レナグだ!!孤児院に戻ろ!!」
「……レナグ」
僕がそう声をかければ、再びカサッと音が鳴り、今度は姿も見える。
頭に葉っぱを付け、体のあっちこっちに擦り傷があり、恐怖でカタカタと震えた姿。
「もう大丈夫だ。ほら、傷ももう癒えただろ?」
ジアンの姿が見えてすぐに駆け寄り抱きしめて、回復魔法を使用して傷を無くす。
自分の擦り傷があった場所を確認したジアンも、嬉しそうに元気よく頷いた。
なるべくジアンが不安がらずに、急ぎ足ではあるが楽しい話をして気を紛らわす。
時々、遠くの方で何本かの木が倒れる音がしたが、振り返ることは許されなかった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
次回の投稿予定日は、2月16日になります。




