第一幕…「その日は、いつもと変わらぬ日常」前編
その日はいつもと変わらない一日の始まりだった。
小鳥の囀りで目を覚ました僕は、先に起きた責務としてカーテンを開けて隣のベッドで未だに眠っている同い年、幼馴染のシオンを起こす。
シオンは寝相は良いが、肩を揺すっても起きない程に眠りは深い。
だから誰かに起こしてもらう、若しくは、とてつもない騒音でやっと起きる。
もうずっとしてきた行動は僕の一日の始まりの合図になっている。
「ほらシオン。朝だぞ、起きろ」
「ん〜っ、俺の飯食うな……」
「誰がお前のご飯を食べるか!バカ!」
「んぁっ?……おはよぉ、レナグ」
「はい、おはよう」
僕のツッコミで起きたシオンに対して、呆れて返事を返す。
未だに眠たげなシオンは、体を起こしてはいるけど左右に揺れたり、頭が前に倒れたりと忙しなく動いている。
そんなシオンを無視して僕は、僕に出来ることをしていく。
まずは起きた(?)シオンの着替えだ。
慣れた手つきで服を脱がしては着せていく。
この時のシオンはお人形さんみたいに言うことをきちんと聞いてくれる。そして、この時から目が覚めだして言うことを聞いてくれなくなる。
「ほら、これ持って」
「やだ、今日俺は森に入りたくねー」
「でも、僕たちの仕事でしょ?シスター・マリーに怒られるよ?」
「それもやだ」
このやり取りもいつもの事で、僕はいつも通りにため息を吐いて自分の荷物を詰めて鞄を肩に下げる。そこまで準備をして、シオンも駄々をこねるのをやめて準備をしてくれる。
本当に素直に準備をしてくれないかと、いつも思うけど諦めてしまった僕がどこかにいる。
シオンの準備が終わるのを待って、孤児院の裏口から僕とシオンは森に入る。
森に入る理由はただの薪集めのためだ。
準備の終えたシオンを連れて、僕たちは通い慣れた道に入って、森の奥へと向かう。
近くの薪は僕たちより年齢が下の子たちが安全に集められるように残し、僕たちは森の奥で枝を集めるようにしていた。
しばらく集め、腕に抱え込むくらい薪を拾えば、収納魔法で集めた薪を入れる。一応独学のため、消えてもいいものだけを入れている。普段から使って、消えたのは習得した頃だけで、今はもう中に何を入れても消えることは無い。
「さて、今日は何して帰るか……」
「たまには散策しながらもいいかもね」
「おぉ、最近してなかったもんな」
僕の返しにシオンは腕を組んで、視線を明後日の方向に向ける。最近はシオンが頷くことがなく、僕らが暮らす孤児院から約10分くらいの距離で牧を拾い、木の実をとって戻っていた。
けど、今の僕は冒険心が疼いて探索がしたかった。
それからはシオンから案も出ず、探索に決まり、僕とシオンは更に森の奥へと進んだ。
基本森の中に道はなく、僕とシオンは獣道を通って行く。
「あ、あれ始めて見る木の実だ。身も大きいし、色も独特だ」
「鑑定してみる?」
「そうだな、食える物なら土産に持って帰るか」
シオンが頷き、木にぶら下がっていた木の実を取って僕に渡す。
僕はそれを受け取り、鑑定をする。
【名前:フナシファカ
種類:バラ科ナシ属
味:甘みが強く、酸っぱさが絶妙
特性:食べた後、身体強化される
姿・色:梨のような形で、上部は青々しく、下部は赤く光の当たり方によっては、濃いピンクにも見える】
「名前はフナシファカ、種類はバラ科ナシ属、味は甘みが強くて、酸っぱさが絶妙らしい……子供たちに持って帰るのは少し控えた方がいいかも」
「……確かに甘いけど酸っぱさもまぁある、シスターたちに持って帰るのがいいかもな」
しゃりしゃりと僕から取ったフナシファカを食べながら答えるシオンに、いつの間になんて思いながら僕も木から取って1口噛じる。
適切な硬さで、噛めば噛むほどに甘さが引き立ち、後から僅かな酸味で味を整えてくれるように感じる。
皮ごと食べれるから、シスターたちのちょっとした休憩時に食べやすいかもしれない。
「それじゃあ人数分、取って行こう」
「そうだな……レナグ、まだ探索続けるか?」
「いや、今日はここまでにして一旦戻ろうか。遅くなるとシスターが心配するかね」
シオンの言葉に頭を左右に振って僕は答える。
回答を聞いたシオンはまだ木にぶら下がっているフナシファカを取っては、収納魔法の中に次々と放り投げていく。
そんな様子を僕は見ていたが、不意に背後に何らかの気配を感じて振り返る。
しかし後ろは見慣れた森で、誰もいない。そんな不思議な出来事に首を傾げていると、人数分取り終えたシオンが側に寄ってくる。
「どうした?何かいたのか?」
「……いや、多分大丈夫。僕の気のせいかも」
僕の側まで来たシオンは、木刀を召喚して腰のベルトに上手い具合にしまう。
それを横目に、僕は左右に首を振ってから踵を返す。
「さぁ、戻ろ...シオン」
「……わかった。それじゃあどっちが早く戻れるか競走だな」
シオンはそう言って走り出す。
突然のことに呆然としていた僕だが、出遅れたことに気づいて追いかける。
「おい、待てって!ずるいぞ!!」
先に走り出して行ったシオンを追って僕も後に続く。
走りながら一度だけ振り返ったが、シオンの挑発が聞こえて、その言葉に腹を立てて追いかけたなんてことは決してない。……決して
僕たちが住んでいる場所に戻ると、何故か外を不安そうに行ったり来たりを繰り返しているシスター・マリーがおり、僕は一度シオンを見てから声を掛ける。
「シスター・マリー、何かあったのですか?」
「シオン、レナグ……いい時に戻りました」
不安そうな表情でいたシスター・マリーは、僕が声を掛けたことによって、僕たちに気づいてどこかほっと胸を撫でおろしている様にも見える。
「ここで何をしていたんですか?」
「俺たちはまだ、何もしてないが?」
「しようとしていたのですか?」
シオンの言葉に疑う様な視線を向けてくる。
なぜ僕まで巻き込むのか、まぁ今はそんな事よりもシスター・マリーの話を聞く方が大事に思える。
「そんな事よりもシスター・マリー、話を伺っても?」
僕の言葉にはっとした表情を見せるシスター・マリーは、先程あった出来事について話してくれた。
どうやら、僕たちが森に行っている間に神託が下っていたらしい。
シスターたちの仕事場は、僕らが暮らす孤児院から少し離れた位置に建っている教会で、この付近にある民家の人たちしか来ない場所。
僕やシオン、他にも小さい子供もいるが全て孤児で、シスターたちに拾われてここに住んでいる。
神への祈りは強要されず、やりたい人だけがやるみたいな自由な場所だ。
そんな場所に信託が下されたのなら、それは確かに大騒ぎにもなる。
信託が下されたとわかるのは、中央から神父がやってきて伝えてくれる。基本は中央に関した信託が多いため、こうして訪れるのは今回が初となる。
「【月下が森に降り注いだ時、救世主様が現れる。】とかいう内容らしいの……
信託が下ってから数日以内に起こるって、救世主様が現れたら、中央に連れて行って国王様に謁見させるみたいなの」
「救世主……」
「救世主ってよく童話の話に現れるような、皆を救ってくれる人ですよね?」
「そうね、神から与えられた力を使って、世界で起きている出来事を解決する方」
僕の言葉にシスター・マリーは頷いて話す。
そこまで話、不意に僕は気になったことをシスターに尋ねる。
「シスター・マリー、なぜ外にいたんですか?」
「あ、それは神父様が孤児院にいる子供たちを全員調べるとおっしゃって、あなたたち二人が帰ってきたらすぐに連れてくるよう言われていたの!帰りが遅くて安心したわ………はっ!!」
僕の問いに答えていたシスター・マリーが、何かに気づきその場で固まる。まぁ、何かっと言っても既に分かりきっているが僕たちのことだ。
シスター・マリーは今“すぐに”と言った。
そして僕たちが帰ってきて既に30分近く経っているのだ。
そのことに気づいたシスター・マリーの顔色が徐々に悪くなる。それもそのはずだ。
僕もシオンも恐れるシスター・マリーが怯える人物は、この教会や僕たちが暮らす家を統括している人物。
名をシスター・ロザマリアという。
その名を聞けば、教会の関係者や子供たちすら震え出す程に怖い。とにかく怖い。
シスター・ロザマリアは年齢60歳を超えているが、見違う程に老けていない。
姿勢も正しく、発音もハキハキとしていて、怒ると般若を背負っている。
昔は中央の教会に務めていたが、静かな教会で隠居生活がしたいと言ってこの場所に来て早二年。
あれやこれやと扱かれまくったシスターたちの恐怖の象徴となり、今では返事は“イエス・マム”になった。
「じ、じゃあ、早速神父様のところに行きましょう」
シスター・マリーの言葉に頷いて答えると、それを見たシスター・マリーは、優雅に踵を返して歩き出す。
いくら優雅に歩いていても、長年一緒にいたからわかる。
今のシスター・マリーは、形だけ取り繕っていて内面では恐怖で震えていることだろう。
視線は合わず、ふらついた足取り、ブツブツと何かを呟く。身内から見ればこんな感じだろうか。
それを肯定するように、時々躓いたり、道を間違えたりしている。
「大丈夫か?シスター・マリー」
「え、えぇ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう、シオン」
見かねたシオンが声をかける。
が、感謝の言葉と一緒に向けられる苦笑い。如何に大丈夫ではないかが現れている。
しかし、もう後戻りは出来ない。
何故なら、既に目的の場所に着いてしまっているからだ。
緊張した面持ちでノックを数回した直後、ガチャッと扉が開いたと思えば、ぬっと手が伸びてくる。
「あっだだだだだ!!いだい!いだいです!!シスター・ロザマリア!!!」
「おかえりなさい、シスター・マリー。
随分ゆっくりのお戻りですね」
ミシミシと幻聴が聞こえてきそうなくらい、強く顔を掴まれたシスター・マリーは悲鳴をあげる。
一方悲鳴をあげさせている元凶であるシスター・ロザマリアは、とても素敵な笑顔でいる。
「ふ、二人の帰りを外で待っていたらっ、何があったのか、逆に心配されちゃいまして」
「……。神父様、こちら二人が残りの子供です。私は少々、シスター・マリーとお話があるので、失礼致しますわ」
「えっ!?や、私は無いのでお構いなく」
「いいえ、シスター・マリー。貴方は私とお話があるはずです。ですよね?」
ゴゴゴゴ…なんて効果音がつきそうな、満面の笑み。そして背後に移る般若。
やはり、シスター・ロザマリアを怒らせるのは怖い。
その後、泣きじゃくりながらも引きづられていくシスター・マリーを見送り、部屋には僕とシオン。そして中央からやってきた神父だけが残された。
切り替えも兼ねて、僕はゴホンッと咳払いをしてから神父の向かいの席に座る。
「シスター・マリー……先程連れていかれたシスターから少しお話を伺いました。
神父様は、救世主様をお探しなのだとか」
僕がそう切り出すと、神父も一度咳払いをしてから頷いて肯定する。
「信託が下り、私はこの村にやって来ました。
こちらに住まう子供たちの誰かが救世主様なのですが、今のところ会えていません。
お二方が最後の子供だと伺っております……少し、調べさせていただいてもよろしいですか?」
「僕は構いません。シオンも良いだろ?」
「あぁ、構わない」
僕らの了承を得た神父は、早速一人ずつ調べ始める。
まずはシオンからで、向き合うように立ち、シオンが目を瞑る。神父はそんなシオンに右手を顔の前にかざしてから目を瞑る。
それから少しすると、神父は手を下ろしてながらふぅっと息を吐く。
「では次にレナグくん、こちらへ」
シオンの結果を言わずに僕を誘導する。
その誘導に従い、シオンと入れ替わるように立つ。それからの動きは同じだった。
ただ実際にやられてわかったのは、体に直接魔力を流されていたこと。そして、目を開けた時、視界に映る人物が一人増えたことだ。
シオンと神父は気づいていない。若しくは見えていない。
「……女の子?」
「ほー、お前…わたしが見えているのか」
小さく呟いたつもりだったのだが、僕と同じくらいの歳の少女がこちらを向いて不敵に笑う。
その笑みを見た時、背筋がぞわりと何かが通った気がした。
今に思えば、楽しく皆と暮らすことを選択するならば
本来、あの子に気づくべきではなかった。
本来、あの子と言葉を交わすべきではなかった。
今更、後悔しても遅いけど……
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
次回の投稿予定日は、1月12日になります。




