魔法の真実
第12章
翌朝。
静かな空気の中、左手に包帯を巻いたヒフンは病室を後にした。まだ完全に治ったわけではないが、ようやく退院を許されたのだ。彼はゆっくりと、しかししっかりした足取りで正門へ向かう。
少し離れたところで、レイ、ヴリン、そしてエルリックがちょうど到着していた。最初に気づいたのはレイだった。
「ヒフン!」
安堵と不安の入り混じった声が響く。
ヴリンとエルリックもすぐに振り向き、驚いた表情のまま駆け寄ってきた。
「坊や?」ヴリンが声をかける。わずかに潤んだ瞳がその不安を物語っていた。
「今日から退院していいんだよね?」ヒフンは小さく笑みを浮かべて答える。
「そう…ね」ヴリンはまだ迷うように返す。
「大丈夫だよ、お母さん。心配いらない」ヒフンは短くうなずき、安心させようとした。
レイが眉をひそめる。「どこへ行くんだ?」
「家に帰るよ」ヒフンは淡々と答えた。
三人の表情には明らかな心配がにじむ。
「本当に平気だよ。左手はもう痛くないから」ヒフンは強調するように言った。
「でも――」ヴリンが制止しようとするが、ヒフンがすぐに遮る。
「もういいから。先に帰るね」
振り返ることなく歩き去るヒフンを、三人はただ見送るしかなかった。
---
家に着くと、玄関脇の花瓶の下に隠してある鍵を取り出し、扉を開けて中に入る。静まり返った室内に、彼は深く息をついた。
(まずは昼ごはんを作らなきゃ…その後は王立図書館に行こう)
そう心の中でつぶやき、着替えのため自室へ。片手だけでは動きづらく、何度も立ち止まるが、やがて着替えを終えると台所に立った。
包帯のせいで料理は思った以上に大変だった。スプーンを落としたり、鍋をひっくり返しそうになったり…。それでも何とか作り終え、皿の上には卵とご飯だけの質素な料理が並んだ。
一口食べると、自然と小さな笑みが浮かぶ。
(やっぱりミシルの料理の方がずっと美味しいな…)
心の奥で、彼女の温もりを思い出していた。
食べ終わると片手で皿を洗い、居間の椅子に腰を下ろす。
(まさか三年間も左手を使えないなんて…)
ふと胸に影が落ちるが、すぐに首を振りその思いを振り払った。
(急いで王立図書館へ行かないと)
---
王都の中心へ向かう道は長く感じられたが、同時に心を落ち着ける時間でもあった。ようやくたどり着いた図書館は、古い紙の匂いと深い静寂で満ちていた。
ヒフンは迷わず魔法の書架へ向かい、背の高い棚を見上げる。そしていくつかの本を手に取った。
『高等魔法の手引き』
『魔法の種類』
『魔法の本質』
そして、奥の方にひっそりと置かれていた古びた一冊――『魔法と世界の秘密』。
最初に開いた『高等魔法の手引き』は、つまらない理論ばかりで、すぐに閉じた。
次の『魔法の種類』は興味深かった。そこには、橙色の炎はEランク中級の火魔法に分類されることが記されていた。基礎の五大属性――火、水、風、土、雷。その次の段階として、水から派生する氷、火から派生するマグマ、雷から進化した電気があるという。
氷は水より密度が高く、形を作りやすく、実体を持つ。
マグマは火よりも強い熱を宿し、破壊力を増す。
電気は雷より柔軟で、剣や物体に流すことも可能だ。だが消費する気は莫大で、無理に使えば命を落とす危険すらあると警告されていた。
ページを閉じ、ヒフンは息を整える。
(なるほど…だからこそ誰も使わないのか。王ミルティくらいなら、あるいは…)
続く『魔法の本質』には、魔法とは人の内にある気を変化させるものだとあった。気は魔法を生み、強め、形を変える。使えば使うほど器は広がり、容量は増える。
(つまり…気さえ大きければ、魔法は思い通りに形作れるということか)
驚嘆を胸に、最後の本を手に取る。『魔法と世界の秘密』。
埃を払うと、表紙は今にも崩れそうなほど脆かった。
最初のページにはこう記されていた。
「『魔法と世界の秘密』 著:ステファヌス・ヘリー
私は十年にわたり世界を旅し、あらゆる魔法と気を研究した。その成果をここに記すため、ミルティ王国に定住することを選んだ。」
ページをめくるたび、心臓が高鳴っていく。
気の容量は生まれつき人によって異なる。偉大な者の子はより多くの気を持つ。しかし訓練を重ねれば容量は増加する。ステファヌスの研究によれば、魔法を使うたび、消費した気の0.05%が器の成長として蓄積されるのだという。
「……!」
ヒフンの目が見開かれた。
さらに先を読み進めると、新たな見出しが目に飛び込んできた。
――『上位世界』。
ステファヌスは、自らが第十六世界に到達したと記していた。
「十六世界に…!?」
ヒフンの鼓動は早まる。
上位世界に行くためには、現在の世界で最強の属性魔法を極め、かつ莫大な気の容量を備えねばならない。その理由は単純にして恐ろしい。上位世界には強大な気の圧力が存在し、耐えられぬ者は到着した瞬間に死ぬ。あるいは稀に命は助かっても、気をすべて失い、二度と魔法を使えなくなるという。
ページを読み進める指先が震えた。背筋に冷たいものが走る。
最後に、ステファヌスはこう締めくくっていた。
「気は時間とともに回復する。だが最も効率的な方法は、睡眠か瞑想である。」
図書館に深い静寂が広がっていた。
魔法の秘密、気の容量、そして上位世界――。
ヒフンの胸の中では畏怖と感動、そしてわずかな高揚が入り混じり、世界の大いなる真実の幕がほんの少し開いたように感じられた。
---
※作者より
読んでくださりありがとうございます。
---