前途多難
黒嶋社長とも宴もたけなわと云うことか。黒嶋社長は段々と酔いが廻ってきたのだろう、定足に身の上話を切り出してきた。
「俺の親父は警察官だった。この俺も警察官を志したが、一転、反発しちまって、探偵事務所なんかを設立しちまったよ。東大まで出てるんだ。もっと他に仕事はあったのに、お陰で何年も貧乏を強いられた。それでも、このところやっと探偵事務所として軌道に乗ってきたんだ。いつの聞かこんなオジサンの歳になっちまって、婚期も逃しちまったけどよ。我ながら哀れだよ」
黒嶋社長は顔を顰めてクビを捻り、酔に任せて愚痴を零していた。
「でも、警察を継がなくて、お父さんは残念がっているんじゃないですか。きっと…」
「そうでもない。俺には凄く出来の良い弟がいてね。彼は優秀な警察官、刑事になってるよ。俺のことは育て方を間違えたなんて、よく周辺に愚痴ってるそうだ」
黒嶋社長はいつの間にか生ビールから焼酎のロックに飲み替えて、その口の廻りから云えばもう酔っ払っている。
「そろそろ行こう。腰を据えて飲んでる場合じゃない。俺は夕方から動き出さなきゃならない。定足君は今日は初日だ。持ってきた荷物を整理すればもう帰ってもいい。明日は盗聴機の調査が二件ほど入ってる。昼メシは喰う暇ないから、しっかり喰ってきてくれ」
黒嶋社長は会計を済ましそう云って事務所に戻り、炊事場で水をガブ飲みして、応接間のソファーに横になって眠ってしまった。
定足は事務所で一人佇んでしまっている。少しほろ酔いでその判断力も低下していた。ここは言いつけを守り、机に荷物をしまってここは帰宅することにした。こうしてせんべろの街で探偵としてデビューすることになったが、ここから前途多難の人生が幕を開けるとは、今はまだ思ってもないのであった。