ヒルノミ
定足はJRを乗り継ぎ赤羽駅の改札を抜け、せんべろの街に下り立った。黒嶋探偵事務所もせんべろの二階にある。黒嶋社長曰く、家賃が安いと云う。そのせんべろの横にこぢんまりとある雑居ビルの入口から、階段を登った。ノックをして事務所に入ったが、この日はもう黒嶋社長はデスクについて定足の到着を待っていた。定足は宜しくお願いしますと頭を下げたが、堅苦しい挨拶は無くても構わないと、黒嶋社長はフランクに返事を返した。
「今日は夕方の追跡調査だけだから、とりあえず昼メシ喰って昼寝だな。まずは下のせんべろで昼メシだ。行くぞ」
定足にしてみれば始めてのせんべろだった。学生のとき川崎駅近くの大衆食堂で、サークルの会合と称して、昼呑みを催していたの振り返った。だけれども、探偵と云う職種に意欲、モチベーションを上げてここに来たはずなのに、この展開はまったくの肩透かしだった。定足は不意の展開に狼狽えていたが、黒嶋社長は構わずに事務所の下のせんべろに向かった。
黒嶋社長はせんべろの角席が粋だと云って、そこへ陣取り、生ビールと胡瓜の浅漬けを頼んだ。胡瓜のパリッと云う歯応えが堪らないと云う。せんべろとは千円でベロベロまで酔える、酔払いには堪らない安さのことだと云う。このご時世では男女問わず安さに酒浸って、昼夜を問わずこの赤羽地区を盛り上げていた。
定足もやはり生ビールを頼んだ。酒の肴は焼き鳥だ。焼き鳥はせんべろメニューの定番だろう。かわ、砂肝、せせり、豚レバー… 酒好きには堪らない酒の肴だ。定足も焼き鳥を肴に生ビールをグッと煽って飲み込んだ。
人々が汗を掻き働いている、このときに酒を酌み交わす優越感が堪らない。それがこの赤羽地区の庶民と云うものだろう。