ガラガラ
この小説を何とかここまで書いてきた。これで主人公の青年は晴れて探偵になれた訳だが、この先に何か動きや変化がなければ物語として、まったく盛り上がらない。それは追々考えるとして、まずは赤羽根地区が昼呑みメッカ、昼呑みの街と云うことで、その辺りをヒューマンドラマっぽくその場にいるような臨場感で、表現を駆使して書き上げていきたい。
定足は久し振りに目覚まし時計の音で目を覚ました。会社を辞め世界旅行に出かけたバカンスの日々は終わりを告げる。そんな夢から目を覚まさせるジリリンと云うリアルな時計の鳴りだった。そうだ―、今日から探偵に生まれ変わって、またリアルな日々を過ごす。定足の気分は高揚するが、その意欲に肩透かしを喰らわずように、探偵の朝は遅い。調査の仕事は夜遅くなることが多く、朝早いことは稀だ。とにかく十二時までに出社すれば良い。時刻はまだ十時だが陽が高く昇っているせいで、寝過ごしてしまったと体が勝手に勘違いして、起きてから何だか落ち着かない。ユニットバスの洗面器で顔を冷たい水で洗った。しばらく気ままな生活をしていたせいで、すぐに無精髭を生やしてしまう。シェイバーで丁寧に髭を剃った。剃り残しは不潔に見えて、女性に嫌われる。この時世は女性の方が力を持っている時代だ。探偵事務所に来る依頼者は多くが女性だ。女性に嫌われないように、身だしなみを整えるのも探偵としての仕事のひとつになっている。アイロンを掛けて置いた白いYシャツに袖を通した。
トースターで食パンを焼き珈琲を淹れる。いつもの朝食の支度が生活のリズムを生み出す。食パンはガーリックマーガリンをしっかり塗って、コンガリするまで焼く。珈琲は駅近くの珈琲店で買い求めている、焙煎の効いたモカを豆から挽いて必ず淹れて飲む。会社員のときからのルーティンだった。パンはガーリックの香りをほんのりと立てて、コンガリ焼けていた。このガーリックトーストがモカのブラック珈琲の味わいを引き立て非常に合う。何年も続けているがまったく飽きない組み合わせだ。
これだけ朝が遅いと慌てることもなく通勤も楽だ。溝の口の駅も早朝の慌ただしさが嘘のように、のんびりした雰囲気がある。ガラガラの電車に乗って通勤するなんて、会社員のときには考えられなかった。