第02話_Bパート_並走者の、選択と
熊鷹高校の図書室、午後5時前。
夏至に近づく時期とはいえ、窓から差し込む光はすでに柔らかくなっていた。
エリナと鈴音は、資料閲覧席に並んで座っていた。前にはタブレット端末と、参考図書の山。
「やっぱり、説明会のあと声かけたの正解だったな。さすがあたし。」
鈴音が満足そうに腕を組む。エリナは一瞬だけ視線を上げて、口元に小さく笑みを浮かべた。
「……まあ、悪くはなかったかも。話の速度、合わせてくれるし」
「でしょー?言っとくけど、他の子と話すとき、わたしもっと早口だからね?」
タブレット上では、過去5年間の株価データとその推移を表すチャートが並んでいた。
「これは……リアルインテリジェンス証券のAI銘柄選定ロジックの公開パラメータ?」
「うん。学校のIDでログインすれば、ある程度までは見れるようになってる。投資クラブの先輩から聞いたんだ」
エリナが頷く。
「熊鷹投資クラブ、だったっけ?」
「“部”じゃなくて“自主ゼミ”扱い。生徒会も認可してないけど、実態は結構本気。英語で金融ニュース読んで、レポート出すような」
鈴音は指先でチャートを拡大して、隅の解説を指差した。
「で、見て見て。このアルゴリズム、去年からパラメータが1個増えてる。ニュースの感情スコアを加味するようになったの。テキストマイニングってやつ」
「……自然言語処理、改良されてきたからね。方向性としては理解できる」
エリナが頷き、さらに鈴音が続けた。
「でも、それって“AIに投資判断を任せる”ってことになるんじゃないの?いや、それ以上にニュースが当てになるのかっていう二重ファクトチェックが必要というか」
「ううん、どっちも**“任せきらないで、AIと並走する”**のが今の流れだよ。あたしが一番すごいと思ってるのは、葵のパートナー。
なんか“執事風”で、いちいちご丁寧で形式重視に見ええても、葵の言葉には静かに合わせてくる。あれ、本人の感情レベルに合わせて調整され続けてる」
「日野さん、便利ツールとしかAI見てなさそうだったのにね……変わったんだ?」
「たぶんね。“まじめな優等生”と"執事"のままなんだけど、たぶん最近ちょっとずつ“相棒”に近づいてる」
エリナがふっと息を吐いた。
「……相棒か。うちのは“アドバイザー”って感じかな。あくまで父の側から来てる存在だから」
「それはそれで強いよね。家庭のリソースあると、初期パラメータが段違い」
鈴音は指を鳴らす動作をして人差し指を立てたが、音はなかった。
「パートナー、私の隣に並ぶ。自分で選びたい。背景知識も動作環境もでもそれだけじゃなくって…」
中空を見つめていた目が少しうつろになり、言葉が誰に向かっているかあいまいだ。
「あ、ごめんごめん指鳴らすの癖でさ。テスト中にパチン!って鳴らしたら怒られちゃった。気を付けないと。」
エリナは、その言葉に目を細めた。
図書室の照明がゆるく入り、2人の間に一瞬だけ静寂が生まれた。
「……そうね。並ぶ相手として、ふさわしい自分、って考え方も、あるかもしれない」
「でしょ。あたし、そういうとこはちゃんと考えてんの。見た目より真面目なんだから」
「うん、そこは、見た目から読み取れなかった」
「褒めてんの?けなしてんの?」
エリナはふっと笑った。