第02話_Aパート_副業の、そのまた副業
熊本市中心から少し外れたカラオケビル、平日午後4時。
カラオケルームに反響する高音。鈴音の声がきれいに伸びると、画面のスコアがじわりと更新された。
文香は口を開けて天井を見ていた。
「……ほんとに、90点超えるんだ、アニソンで」
「むしろアニソンこそ練習の成果出やすいの。感情は控えめに、ピッチを機械目線で制御するのがコツ」
鈴音はペットボトルのお茶を一口飲むと、スマホで自分の配信アカウントを確認する。
直前に録った歌のショートクリップは、自動的に下書きに保存されていた。
文香がジト目で覗き込む。
「ねぇ……鈴ねえ、それどこまで本気なん?JK配信者枠とかでバズ狙ってるの?」
「いや、むしろ本気出す気ない方がバズるじゃん。副業ってことにしといた方が警戒されないし」
「“副業の副業”ってどういうこと……」
「本業は“学生”、副業は“AI投資家見習い”、副業の副業が“JK配信”ってこと。まあ、AIはともかく投資家はほんと始めたばっかだけど。」
文香は完全に目を細めている。
「うちの中学じゃ“AIなんてインチキ”って言ってる親まだいるよ。『手で覚えろ』って」
「それで覚えたことがAIに負けるなら、早めにどう戦うか考えないと。AIに負けたっていいけど“稼げない”のが負けなの」
文香がうつむく。制服の袖の端をいじる。
「……なんかね、鈴ねえ見てると、“自分はそこに行けない”って分かる気がしてつらい」
「なんで?」
「姉妹で同じ人間とは思えないんだけど。私、中2だよ?進路なんてまだ全然見えてないし」
鈴音が苦笑する。
「……まあ、文香まだ小さかったから覚えてないかもしんないけどさ。
父さんは口臭くて説教くさいロリコン豚野郎だったけど、今思えば人の才能を見抜く力はガチだったのかもしれない。
長女を小学校低学年から夫婦とAIで分担して褒め殺し式スパルタ。ひたすらノセておだてて勉強させまくって、それを動画でアップして小銭稼いで。
トチ狂って遠くのお嬢様中学をお受験させようとしてさ。
受験勉強に熱を上げすぎて肺炎こじらせてあっさり死んじゃったから本当のことなんてわからないけど。」
(文香から見たら踊るバカ三人だったよね)
「今は母さんの監獄カラオケがちょっと流行ってるけど、元々父さんの会社だし、今持ってるのはアタシたちのおかげじゃん?
あのメンヘラに金勘定なんてできるわけないし、今来てるバイトの娘たちだって叔父さんが上手いことやってくれてるけど、見るからに危うい。」
(しかも母さんを見る目やばい)
「でもそれでお姉ちゃんは勉強できるじゃん。熊鷹なんていったら地元はどこでも就職できるって聞いたよ」
「勉強が半端にできてもしょうがないよ。どこでも~くだりだって結局大学も出ろって話になるし。
熊鷹出て地元公務員、勝ち組って言われてた父さんが全部見せてくれたじゃん。
働くやつのところに仕事は集まるけど家族で暮らしてくのもやっと。しかも体壊して。
それで塾とか行かせるお金ないからって私の勉強見てくれたんだけど。
あれ?何の話だっけか。そう、必死だっただけって話。……はあ。溜息だよ」
文香がぽつりとこぼす。
「……お姉ちゃんが見せてくれたエリナさんのAI、あの執事みたいなやつ、羨ましかったな」
「あー、アッシュ。あれ、中身は家族で20年以上育てたガチ投資家チューンでしょ。プロ仕様AI。多分、親がやり手なんだよ。PTAとかで見るし」
「でも、エリナさん、ちゃんとあの人と話してた。大人って感じした。私なんかもう、AIもダメじゃん。」
沈黙が落ちる。
鈴音はスマホを伏せた。画面の輝度が下がる。
「……いいんだよ、文香。ほら、中2からJKも入れたらあと4年半もある。スポーツでも趣味でも、一歩踏み出せば何かあるって」
文香はゆっくりうなずいた。
カラオケの背景画面が自動的に新曲候補をスクロールしている。
「ねえ、鈴ねえ」
「ん?」
「……将来、AIと組んで仕事したいって思う?」
「仕事っていうか、自分と並ぶ相棒なら。
好きなもの、得意なこと、怖いこと。全部、AIと一緒に戦って、それから“自分で選び直す”のが、たぶん、未来」
文香が天井を見た。ふと、鼻をすする。
「うちのクラスの男子、配信であの説明会見て猫耳メイドにガチ恋してた」
「一条くんのやつ?バズってたよね、あれ」
「クラスでもちょっとした伝説になってる。……あれはあれで、羨ましかった」
「文香。羨ましい、って思ったら、逆にチャンスだよ」
鈴音は再びマイクを手に取った。
「“ああいうのいいな”って気持ち、ちゃんと温めておくと、
いつか自分の中で、それに向かう方法を探し始める」
選曲画面が流れ、次の曲が始まる。
「さ、文香。十八番いってみよ」
「……また、最後だけ姉らしい言い方する」
「当たり前。私はお姉ちゃんで、未来の投資家で、ちょっと歌が上手いJK配信者。」
小さな笑い声が重なって、曲が始まった。
その背後では、鈴音のローカルAIが静かに投資スクリーニングと予測演算を続けていた。