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第09話_A+Bパート_仮想の平和、現実の敵

「さて、それでは次の課題に入りましょう。自国の"仮想敵国"や"友好国"を一人一国ずつ挙げて、その国とどのように向き合っているかを説明してください。分担は既にしてあると思います」


 グレースカレッジの多目的教室。今回アン先生の補佐を務める英国側のファシリテーターがそう口にすると、短期留学生たちの間に微かな緊張が走った。

 "仮想敵"という単語が、明らかに空気を変えた。


 日本組に配られていた用紙には、すでに国別の担当が書かれている。

 司が中国、エリナがロシア、遼が北朝鮮、ユウトが韓国……。


 遼が、真面目な顔つきで口を開いた。


「……あの、“仮想敵"っていう考え方自体が、もう古いと思うんです。対話と協調の時代ですし」


 それにうなずくように、ユウトが加える。


「はい、日本では外交努力で関係を改善する方向を重視しています。武力衝突は最後の最後まで避けるべきだと思います」


 そのとき、英国側のラージが小さく眉を寄せた。


「でも、それって理想論ですよね?

 日本がいくらそう思っていても、相手国が同じように考えていなければ意味がない」


「……それは、でも、現実的に、軍事的緊張を煽るような発言は控えるべきで……」


 そこで口を挟んだのはアデーラ──アフリカ系ナイジェリア出身の短期留学生だ。彼女は静かに、しかし確信を持って言った。


「私の家族の村は、三度、武装勢力に襲われました。対話の時代?

 それは抑止力が機能している国のポジショントーク、幻想の押し付けです。何もないところには、力が物を言います」


 その言葉に、場が凍る。


 日本側の生徒たちは口をつぐんだ。


 エリナが、そっと手を挙げた。


「……私は、父がウクライナ系です。クリミアで土地を失い、その後の戦争を経てウクライナは大きな傷を負い、多くの人が国外に出ました。私の父もその一人です。

 でも自国の痛みを語ったところで、誰が聞いてくれるでしょうか。確かに先の戦争では国際社会の支援を得ることができました。

 しかし、それもウクライナという国とその国民が自ら立つことで初めて得られたものでした。自ら戦わないものには手を貸さない。これも国際社会の現実だと思います。」


 その瞬間、アデーラが彼女を見た。わずかに、敬意の混じった視線で。


「でも、日本では、そういう話を一度もしませんでした。"語らないことで平和を保つ"って、すごく日本らしいと思う。

 だけど……それって、本当に守るべきものがある国の態度なのかなって、最近思うようになりました」


 そのとき、司が前を向いた。


「僕は……中国の担当だけど、正直、どう扱えばいいのかすら、わからなかった。

 でも、いま思った。僕たちは"向き合おうともわかろうともしなかった"んだって。日本は、過去の戦争の反省で"語らない"、問題自体をうやむやにすることで身を守ってきた。

 でも、そのせいで、いま自分の国の座標すら、ちゃんと描けてない」


 アン先生が、黒板に“国家の安全とは何か"という言葉を書いた。


「では、その上で、皆さんの国家は、自国民にとって本当に“安全"を保証しているでしょうか?」


 再び、沈黙。


 しかしその静寂を破ったのは──エリナや司ではなく、遼だった。


「……たしかに、僕たち、日本の若い世代は、ずっと“戦わなくて済んだ"からこそ、語らなくて済んだだけなのかもしれません」


「平和主義ありき、戦争放棄が当たり前だったけど……日本の中で言ってるだけ。世界の認めてる現実じゃなかった」


 葵がぽつりとつぶやいた。


 その言葉に、英国のラージがうなずく。


「日本はとても安全な国だ。国としての軍事力も一定水準に構築した。だからこそ、内向きには"世界は危険ではない"と錯覚させることも容易い。でもそれは、国境を超えた瞬間に消える幻想だよ」


 そして、アリアーヌ王女が静かに口を開いた。


「火星開発が始まるとき、真っ先に問われたのは“どこの国の技術で、誰が責任を取るのか"だった。

 宇宙は、誰のものでもない。だから、最も声の大きな者が、最初に地図を描くのよ」


 セオが、それを引き取るように話す。


「そして地図の線は、いつだって、誰かの“正義"と共に引かれる。

 それが国家であれ、企業であれ、あるいは……AIであっても」


 その言葉が落ち着くまで、誰も動けなかった。

 あるいは、あまりに文脈が錯綜していて空転したのかもしれない。英国の体制側と思われる彼らがかつての英国が引き起こした多数の国境問題を踏まえてなおこう発言することにどのような意味が刻まれるのか。


──この日、熊鷹の生徒たちはようやく、自分たちが内輪でなく、#世界に対して語る現実"を持たなければならないことを知ったのだった。



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